「三方よし」とは何か

年初に「今年は乱気流の時代になりますよ」と申し上げたわけですが、また、とんでもないことが起こりました。中国で新型コロナウイルスが拡がり、世界中に大きな影響を与えています。この間まで、中国政府は香港のデモで市民がマスクをしているのを止めさせろと「マスク禁止令」を発令しようとしていたわけですが、皮肉なことに習近平書記長ご自身がマスクを手放せないようになっています。

ここまで広がった理由としては、最初の発症から武漢封鎖までかなり時間が経っていたからで、その間に武漢市の人口の半分近い5百万人くらいが出て行ってしまったようです。なぜそんなことになったかと言うと、現場が悪い情報を隠蔽していたためだとか細菌兵器の開発を隠すためだとか言われています。

今後とも予期せぬことが次々に起こるかもしれません。

 

さて、今月は「三方よし」とは何かというテーマでお話をしたいと思います。経営セミナーなどに出ると、よく商売の基本は「三方よし」であると言われます。

「三方よし」とは、「売り手よし・買い手よし・世間よし」のことで、商売に際しては、自分の利益だけを考えてはだめで、お客様に満足してもらうと同時に、社会貢献もしなくてはならないという、商道徳的な意味で考えられているように思います。(坂本先生の本では『五方よし』のバランスの取れた経営が大事だと紹介されています。)

来期以降の経営を考えるにあたり、「三方よし」とは何かをもう一段深く考えてみようと思い立ち、12月と1月の2ヵ月続けて近江商人発祥の地である近江八幡へ行ってきたので、そこで考えたことをお話したいと思います。

 

「三方よし」のルーツは、近江商人

近江八幡市の日牟礼神社のあたりは、倉敷の美観地区にも似た景観で、小舟で堀めぐりができるようになっていて、そこに“近江商人とは”何かを説明する看板が立っていました。

どんなことが書かれているかというと、

“近江商人とは 近江で商いを行う商人ではなく、近江を本宅・本店とし、他国へ行商した商人の総称である。個別には「高屋商人、八幡商人、日野商人、湖東商人」などと呼ばれます。それぞれ特定の地域から発祥し、活躍した場所や取り扱う商品にも様々な違いがあるのも特徴です。”

と書いてあります。

近江は、織田信長や豊臣秀吉が商業政策として楽市・楽座を導入した地域です。戦国末期には高島商人が、京都・岩手を中心とする東北地方に出向き、呉服、油などを商いました。江戸初期には八幡商人がなんと北海道まで行って商いをしていました。江戸中期には日野商人が、北関東、東北、九州へと活躍の場所を拡げ、江戸後期に出てきた湖東商人は、信州、東国、京都、大阪、北海道で活躍しました。商っていたものは、繊維製品と地域の物産ですが、これが伊藤忠商事をはじめとする日本の総合商社の原型にもなっています。

また、近江聖人と称えられた中江藤樹が、儒教倫理を実践哲学(陽明学)として広めたことが、商道徳になっていったという流れもあります。ちなみに、岡山では中江藤樹のお弟子さんである熊沢蕃山が、地元の岡山に帰り、池田の殿様に陽明学を勧め、池田の殿様が世界最初の庶民学校である閑谷学校を津田永忠に作らせたわけです。

 

“近江商人とは”の看板には、近江商人語録も載っています。

冒頭に「商人の本務」として、次のように書かれています。

“商人に必要なのは才覚と算用と言われます。しかし、近江は巧妙な計算や企てを良しとせず、世の中の過不足を補い、需要と供給を調整することを本務としています

 

商売には、才覚と算用が必要である。才覚とは、商売センスのことでしょう。それと算用=算盤(ソロバン)勘定ができること、損得勘定ができる財務的スキルのことでしょう。

商人には、金儲けのセンスとスキルの両方が大切だというのが常識だが、近江商人は違うのだと言っています。そういう計算高い金もうけをよしとはせず、ひたすら世の中の過不足を補い、需要と供給を調整することが目的とすることを本務にしていると書いてあります。

私も、常々価格競争から脱却するためには、「有効供給の創造」をし、「WTPを創造する」ことが大事だと言い続けていますが、近江商人は、江戸時代から、日本国中を視野に入れて「有効供給の創造」を使命とし、国中を飛び回っていたわけです。

 

さらに、「商人倫理と販売戦略」として次のようなことが紹介されています。

“近江商人は江戸時代中期にはすでに複式簿記を確立させ、経営状況を把握していました。行商では遠い他国まで出かけることで、儲けたいという欲が自ずと出ますが、そうした欲望を抑えるため神仏への信心をもつことを進めるなど、卓越した経営感覚と倫理観を持ち合わせていました。そのような基礎の元に、人と同じ事をしていてはお客様の気持ちを掴めないと様々なアイデアを出しています” 

 

これもびっくりしたのですが、江戸時代に、すでに複式簿記できちんとした経理処理をしていたようです。どんぶり勘定などではなく、公明正大な経理処理をして、商売の内容を記録していたわけです。また、遠くの国まで出かけて、その土地にないものを売るので、いくら高く売っても構わないわけですが、そういうあくどい商売をしないように、行き過ぎた利益欲を抑えるために、信心を勧めたと書いてあります。これは、仏教で言う布施の心、喜捨の心を勧めたということでしょう。喜捨とは、喜んで捨てると書きますが、お金への過度な執着を捨てることです。商売の上手な人はお金に執着しやすいので気を付けないと身を滅ぼしてしまうからです。こういう卓越した経営感覚と倫理感覚、これは近江商人が「論語とそろばん」の双方を兼ね備えていたということです。

さらに、「武士は敬して遠ざけよ」ということで、

“地域経済を左右するほどの実力者となると、大名との付き合いも多くなります。しかし、近江商人は権力に依存して利益を得ることを良しとはしませんでした。”

と書いてあります。武士は尊敬すべきではあるが、その権力に頼って利益を上げるようなことはしないということです。こういうところにも、近江商人のプライド、矜持を感じていただけると思います。

 

セリオの経営戦略と近江商人道

当社の経営戦略と通常の競争戦略を比較すると、下記の表のような感じですが、結局、近江商人が目指していたものも同じ非競争戦略だと思いました。

 

①一般的には、吉野家の「早い、安い、うまい」に代表されるような、他社よりもBetterな商品・サービス、他社より安く、早いサービスを提供して差別化を図ろうとするわけです。しかし、セリオも近江商人も、他とはDifferentなもの、他にはできない何かを提供して差別化を図ることを目指しています。

➁さらに、競争に勝つためには、景気や流行を予測し売れそうなものを提供する必要があります。今冬のように暖冬だとダウンジャケット、スキーウエア等、寒いから売れるものが全く売れないでしょう。そのように外部環境の変化に影響されやすい商売は不安定なわけです。景気や流行の見込みが外れると大損しますし、他社と比較して価格を考えねばなりません。わが社では、景気や流行に関係なくWTPで提供することを考えましょうと言い続けています。景気や流行に関係なくお客が喜んで買いたくなるのが非競争戦略です。

③競争戦略では、勝者、敗者がでてきます。条件次第でお客さんに買うか否かが判断されるからです。それに対して非競争戦略には勝敗という概念はありません。わが社が目指しているのは、余人を以て替えがたい商いです。お客さんから是非セリオさんにやってもらいたい、セリオさんにしか頼めないと言っていただけるような仕事のことです。

④競争戦略は規模のメリットがあるため、大量生産、薄利多売が有利となり、大規模な合理化投資ができる大企業に非常に有利です。モノが不足している時代にはこの戦略が有効だったと言えます。たかだか50年前の話ですが、家にクーラーやカラーテレビがない時代には作れば作るほど売れた時代でした。そういう時代は、中小企業は勝ち組の大企業の言いなりになって下請けをしていたら、一生食いっぱぐれがなく、安心していられる時代でしたが、ご存じのようにそのような時代はとっくに終わりました。ニッチを狙い非価格競争戦略を実現するには小回りが利く中小企業が有利です。近江商人は、「武士は敬して遠ざけよ」で、当時から国や大企業に依存しない方針だったということです。

競争戦略においては、しばしば「勝ち組」「負け組」という概念を使います。先月、黒字化リストラの話をしましたが、先日も新聞にある大手IT企業が前年比50%増益であるにもかかわらず、50歳代の中堅社員を中心に何千人もリストラしようとしているという記事が掲載されていました。そういう時にリストラのリストに載せられた人は多分「負け組」と言われていると思います。個人的には、同じ会社の中に、「勝ち組」「負け組」を作るような会社の経営者は許しがたい気がします。なぜ助け合って、共存共栄しようとしないのでしょうか。

 

Ex.「半沢直樹」に見る減点主義

4月から、また「半沢直樹」のドラマがスタートするようですが、大銀行の人事評価の基本は減点主義です。私もいたのでよく知っていますが、個人を徹底して競わせる優勝劣敗の企業風土です。同じ支店の中で、ノルマを課して競わせるのです。ノルマを達成できず、×が付いたら、その一つの×で「負け組」に入ってしまうこともあります。仮に、シビアなノルマを達成しても、更に出世するには「勝ち組」の派閥に入らねばなりません。やっと派閥争いに勝利しても、このご時世「勝ち組」に入りさえすれば安泰だというのは甘い妄想です。そこからまた泥沼の競争が繰り広げられます。一方、一度「負け組」に入ったとしても、何をしても無駄だというわけではありません。敗者復活もあり得るのです。多分今度の半沢直樹はそういう展開になるのではないかと予測しています。

 

Ex.「十二番目の天使」に見る加点主義

わが社の基本はセルフヘルプを前提としたチーム戦です。チーム一岩となってOne Teamで力を高めていくことを目指しています。

私の愛読書である『12番目の天使』という小説は、アメリカの野球のリトルリーグを題材にした物語です。アメリカのリトルリーグには、チームに所属する子どもは、全員が必ず一度は守備につき、バッターとして出場しなくてはならないというルールがあります。この小説では、ティモシーという主人公の少年が、すごく守備が下手で肝心のところでエラーをするし、チャンスにバッターボックスに入っても三振しかしません。ところが、彼は何度失敗しても、悪びれることなく「僕は、毎日あらゆる面でよくなっている」「絶対、絶対あきらめないぞ!」と言い続け、必死に努力するのです。チームメイトたちは、いつしか、そんなティモシーを誇りに思うようになります。そんな物語です。

これは、ある塾の経営者に聞いた話ですが、例えば、チームで計算力を競うコンテストをしたとします。アメリカでは、計算がよく出来る子が偉いわけではなく、出来ない子がダメなわけでもない。チームでどう戦うか、どう総合力を高めるかを大切にするそうです。できる子は、できない子が少しでもできるようになるかを考え、できない子は、できる子からどうやって学ぶかを考えるのだそうです。そして、多様な社会の中で、多様な才能を受け入れていくためには。こういうコミュニケーションが必要だということを学ばせるのだそうです。私が言いたいOne Teamとはこういうことです。できる子ができない子に教える、できない子ができる子から学び取る、これこそが本当のコミュニケーション能力です。基本は、加点主義です。そして、チーム戦(For The Team)を覚えさせるのが教育であると思います。

その方は、ところが、日本ではそういう教え方をしていない。出来る子はどんどん伸ばしていき、出来ない子は補欠で出場機会が与えられないということになりがちだと言います。また、誰かがミスして試合に負けたら、あいつのせいで負けたということになり、チームにいられなくなるようなこともおきるのだそうです。そういう風に悪いことが起きると誰かに責任を押し付けて、追求していく、これが減点主義です。会社でも日本はそういう風土の会社はたくさんあると思います。

 

 

わが社の経営理念と「三方よし」の共通点とは

戦略的にはこのような事ですが、私が、何が言いたいかというと競争戦略をとっている会社の人が考える「三方よし」と、非競争戦略をとっている会社の人が考える「三方よし」では、全然違っているのではないかということです。そもそも近江商人が言っていた「三方よし」は、明らかに非競争戦略なのだが、そうは理解されていない面もあると感じました。

少し話は変わりますが、わが社の経営理念は、10年前、SERIO2.0(第二の創業)の際に、私が決めたことです。それは、決して「善いこと」をしようと決めたわけではありません。坂本先生の本に書いてあったからでもなく、稲盛さんなど有名な経営者が言っていたからでもありません。正直に言って、社長をやる上で、それ以外に「やる気(モチベーション)」が維持できなかったからです。私の個人的な信念だったわけですが、言葉を換えれば、それが「好き」だったからです。

たとえば、こうして朝礼で一時間近く話をするのも、毎月、社長塾と称し経営幹部を育てる研修をしているのも好きでやっていることです。毎回違う話をするので、仕込みにはそれなりに時間と労力がかかるのですが、やりたくてやっていることなので、努力感はありません。

その背景には、商売というものは、「~セネバナラナイ」という義務感でするものではなく、心底「好き」で「面白い」と思うことを自由意志でするものであるという基本姿勢があります。わが社の経営理念は、私がしたいこと、好きなことであり、仕事をする上でのドライバー(誘因)であるわけです。

皆さんには、どんなドライバーがありますか?それは、心の中に、ふつふつとエネルギーが湧き出てくる源泉、枯れない泉のことです。自家発電して、自分で自分のやる気を出せるもののことです。

私は、今回近江八幡を訪問し、近江商人とその末裔の商いを観察して、彼らが、天秤棒一つで、はるか遠く北海道や東北へ商売に行ったドライバーは何かを考えました。そして、彼らは「三方よし」をドライバーにしていたのではないかと思ったのです。

 

私が感じた近江商人のドライバーとしての「三方よし」

 

私が感じた「三方よし」とは、大好きなことをして(=自分よし)、それだけだと趣味になりますから、仲間の役に立ち(=相手よし)、お客さんに喜ばれ(=相手よし)、世の中の役に立つ(=世間よし)ということです。

それは、「強みを活かす」ということでもあり、「好き」がドライバー(誘因)になっている人は、努力が苦にならないどころか、努力とも思いません。努力即幸福であり、しかも好きなことをした結果、お金が儲かって、感謝までされるというインセンティブ(おまけ)までついてくるので、ますます好きになっていくわけです。これを収穫逓増の法則といいます。私は、近江商人は、商いは自由意志でするもので、自由には「選択の自由」と「創造の自由」があり、商いとはこの二つを駆使してするものだと考えていたのではないかと感じました。近江商人たちは、だれに強制されるのでもなく、自分の自由意思で「選択の自由」と「創造の自由」を駆使して日本中を飛び回っていたのだと思いました。そう考えると、その末裔が世界中を飛び回っている総合商社マンたちであるというのはすごく腑に落ちます。

 

ところが、「三方よし」が「義務感」「~セネバナラナイこと」だったらどうでしょうか?社長が、それは昔から続いているわが社の家訓であり、他社との商売に勝つための戦略だからと言って後継者や社員に「押し付けた」としたらどうでしょうか?「正しいことだから」とか、「先祖から続いているから」と言われるとなかなか逆らえるものではありません。しかし、たとえ、「いいこと」であろうと「ネバナラナイ」を強制されることは「自由」な発想を奪うことにつながるのではないかと思います。

こういう「ネバナラナイ族」の会社が、他社と競争して勝つことを自分よしとして、三方よしという価値観を強制された社員は、本来おまけであるはずの「昇給」や「出世」や「名誉」などの「インセンティブ」を誘因にしないと努力が続かないのではないかと思いました。

しかし、この手のインセンティブには、もらえばもらうほどありがたみがなくなるという収穫逓減の法則が働きますし、必ず限界があります。なぜなら商売は一本調子ではありませんし、好況も不況もあるからです。努力しても成果が出ないこともありますし、長い人生では、失敗もし、降格もあれば減俸もあるからです。

私がこれまでの人生で見てきた限りではありますが、「給料」や「肩書」など自分の自由にならないものをインセンティブ(=自分よし)にしている人は、極めてアゲインスト(逆境)に脆いという特徴があります。逆に、「大好き」を「自分よし」にしている人は、逆境になればなるほどモチベーションが上がるのです。困難に挑戦して、壁を乗り越えることがやりがいになるからです。

これは、どっちがいいとか悪いとかではなく、みなさんはどちらを選択しますかという問いかけです。会社の戦略としては、前者のような組織にはしたくないということは申し上げておきます。

 

わが社が目指す三方よしとは

 

売り手よし = 「好き」がドライバーになっている、努力が苦にならないから上達する

買い手よし =   お客さんの喜ぶことを心底考える、結果として成果が出る、感謝される

世間よし  =  ひいては世の中の役に立つ、見合った報酬が得られ、益々「好き」になる

こういう好循環にしていきたい、これが我が社の経営戦略であります。つまりは、お金で買えないもの(プライスレス)が一番お金を生む(プライスフル)という逆説があるということです。好きをドライバーにしていくと、より発展繁栄していくということです。

今後とも、そういう意味での「三方よし」をわが社の経営戦略として活かしていきたいと思います。

 

 

 

2020年以降の世界情勢と景気動向について

今月も、「SERIO4.0」 と名付けた来期から始まる中長期計画に関連する話をしたいと思います。

昨年来、「近い未来に起きることを考えれば、クリエイティブな人間になることが皆さんの幸せに大きく影響するだろう」という話をしました。それは、デジタル社会に代表される乱気流の時において、AIに代替されない「創造的な仕事」ができるかどうかにかかっているのではないかという問題提起でした。

これまでは、どちらかと言うとテクノロジーの変化に対しての話であったわけですが、今回のお話はもう少し広い視野を持って「日本を取り巻く世界の状況から会社の状況を俯瞰して」みようと思います。3か月前にも少しお話したとおり、米中の貿易摩擦問題、香港の問題等の海外の動きや消費税アップ後の景気動向や働き方改革等様々な国内の変化に対して今後わが社はどのようにかじ取りをしていくかという問題について考えてみたいと思います。

 

私は常々、経営者として私がすべき仕事は、会社のかじ取りをする上での大きな方向づけをすることと、会社の信用を構築することだと考えています反対に、できるだけ、やらないようにしている仕事は、業務の「管理」や「運営」に関わることです。それらは現場をよく知っている優秀な幹部の皆さんにお任せしています。その方が適切な判断ができますし、意思決定のスピードも速くなるからです。

会社の方向付けを考える上では、当然世の中の動きを知っておく必要があります。わが社のような地方の中小企業であっても、世界情勢や国内の経済に対するアンテナはきちんと立てていないといけないのです。

前回の中期計画がスタートする2017年の1月にもトランプ革命が今後世界経済にどういう影響を与えるかという考えを述べました(2017年1月「Think Big!」参照)が、今回もちょうど、次の3カ年計画がスタートする時期ですので、私が普段勉強している範囲ではありますが、皆さんにマクロの世界情勢と今後の景気動向に関する話をしておこうと思います。

≪国際情勢① 米国とイランの紛争≫

先日、「世の中はまさに乱気流の時代に突入した」と話しましたが、お正月早々、それを象徴するようなことが起きました。1月3日、アメリカがイランの革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害するという衝撃的な事件が発生したのです。

そのニュースをみて3年前に公開された「アイ・イン・ザ・スカイ」という映画を思い出しました。この映画は、現代の戦争はこうして起きるのだということを暴露するような映画でした。どういうストーリーかと言うと、イギリス軍の情報部隊がアフリカにいる国際的テロリストをドローンで四六時中監視しているうちに、大規模自爆テロの情報をつかむのです。そして、このテロリストを暗殺すべきかどうかを遠く離れたイギリスやアメリカの指令室や会議室で各国の色々な思惑を絡めて検討する過程を描くのが映画の前半です。

後半では、米国のドローンパイロットに攻撃命令が降るのですが、テロリストにミサイルを発射した際の殺傷圏内に幼い少女がいることが判明し、その少女を犠牲にしてでもテロリスト殺害すべきかどうか、果たして少女は助かるか否やというスリルとサスペンス満載の映画になっていたと思います。また、この映画は、戦争における正義とは何かを問うシリアスな作品でもあったと思います。興行的にはあまりヒットしていなかったようですが、実に面白い映画でした。

近代の戦争でITはこのように使われるということを理解する上でもとても参考になる映画でしたが、今回のソレイマニ司令官殺害もきっとこの映画のような感じで意思決定されたのだろうなと思った次第です。

 

話がそれてしまいましたが、お正月早々トランプ大統領がいきなり中東に軍事行動を起こしたのには世界中が震撼したのではないかと思います。

私が知っている情報を整理すると、一昨年のイランの核合意離脱を受けて、昨年5月くらいからアメリカはイランに原油輸出を禁ずるという経済的には非常に強硬な制裁措置を講じました。その直後、安倍首相がイランを訪問した際に日本のタンカーが攻撃されたり、国連でトランプ氏とロウハニ大統領が面談しようとしていた矢先にサウジの石油施設が攻撃されたりする事件が起きて、アメリカは、その首謀者がイランであると言っていました。しかし、そんなことをしてもイランに何の得もないことなので、これはイランを悪者にしようとするアメリカの自作自演だったのではないかという謀略説も流れていたように思います。

その後イランは、アメリカによる経済制裁の影響で、自国通貨が暴落し、前年比40%以上のインフレに見舞われ、GDPが年率10%近く落ち込むなど経済的に苦境に陥っています。国民は政府に対して経済問題をなんとかせよということで大規模なデモが起きていたのが昨年末ごろの状態であったと思います。

軍事的には、昨年暮れに、イラク領内の米軍施設がイラク・シリアの民兵組織によって攻撃され、アメリカの民間人がこれに巻き込まれて死亡するという事件が起こりました。この民兵組織に武器を与え、指揮を執っていたのがイランの革命防衛軍の特殊部隊コッズだったわけです。米軍はこれに対して報復する動きを示していたわけですが、年明け早々、イラク国内の民兵組織と接触していたソレイマニ司令官がいきなり殺害されたわけです。

アメリカ側から見れば、イラクやシリアの民兵組織に武器を与え指揮を執るイランの軍事指導者というのは、悪質なテロリストを陰で支援する存在であり、これを抹殺したのだというのが大義名分だと思います。しかし、イランという国自体は、パーレビ国王を追放したホメイニ革命以降、たしかに親米路線を取らなくなりましたが、北朝鮮のような独裁国家ではなく、選挙で大統領を選ぶ民主主義国家として生まれ変わっています。現在はロウハニ大統領がその任にあるわけですが、彼はきちんとした選挙で選ばれた大統領で、王族でも世襲でもありません。また、イスラム国家は、様々な宗教的戒律に縛られた非近代的国家というイメージもありますが、イランという国はイスラム教シーア派を代表する正統な宗教国家であり、国民の多くは自分の意思で宗教的信条を守っているのです。宗教指導者のハメネイ師は、神の意思を受け取る立場にあるという意味で国の最高権力者ではありますが、その宗教指導者が独裁するような国家運営をしておりません。

そんな国が、本当に米国の言う通りテロリスト支援国家なのかどうかは疑問の残るところではあります。個人的には、今のイランが先の大戦における日本と同じように感じられて仕方がありません。当時、日本は、ヒットラーのような天皇が支配する狂信的な侵略国家だと思われていました。そして、戦争に負けた後、日本人はそういう彼らの価値観を押し付けられて今では日本人が一番そう信じているところがあります。しかし、天皇は日本神道における最高権力者ではありましたが、ヒットラーのような存在ではありませんでしたし、日本は狂信的な侵略国家ではありませんでした。

従って、今回もイランは、太平洋戦争当時、日本が石油の輸入を封鎖され、米国との開戦に追い込まれたのと同じような背景があるかもしれません。

私は、イランという国が狂信的なテロリスト支援国家であると一方的に思い込むのはどうかと思います。イラクの民兵組織の軍事行動も、大国から経済制裁をくらった小国ができる精いっぱいのゲリラ的反発だったのかもしれませんが、現時点では何が真実か定かではありません。いずれにせよ、彼らは米国の思惑に反したことをし続けているわけです。

今回の一方的なソレイマニ司令官の殺害はイラン国民の怒りを爆発させました。その後イランは米国への報復措置として米軍施設を攻撃しましたが、死傷者は一切出ていません。ややこしくなったのは、イランがウクライナの旅客機を誤爆して撃墜してしまったことです。このため、現時点で、トランプ大統領がロウハニ大統領と面談し、平和解決への道を模索するという状況は遠のいたというべきでしょう。

 

話をもう少し俯瞰してみると、これまで、中東はイスラエルとサウジアラビアという親米的な国とイラン、イラク、シリアなどの反米的な(中国・ロシア寄り)の国が宗教的にも軍事的にも対立する図式になって来ていました。9.11やその後のイラク戦争、ISの問題などもありましたし、当然、中東の石油は、当然中国経済や欧州経済にも大きく影響を与えるわけで、中国が一帯一路の覇権国家路線を実現する上でも中東は大きな鍵を握っているわけで、アメリカがこれを阻止しようとする思惑はあるわけです。

また、イスラエルとの関係は同国の建国以来複雑ですし、イスラエルは核武装しているのになぜ自分たちはダメなのだというのがイランなどの言い分でしょう。更に同じイスラム教国であってもスンニ派の代表であるサウジアラビアとシーア派のイランは大変仲が悪く対立していることなども絡み合って、今後とも一触即発の状況が続くと思われます。これが中東情勢に関することです。昨年は、北朝鮮問題だけだったのが、今年は中東にも大きな戦争になりかねない火種が出てきたわけです。

 

≪国際情勢② 台湾総統選で蔡英文総統が圧勝≫

今年は、始まってまだ2週間ですが、国際的には大きなことが矢継ぎ早に起きました。それは、台湾の総統選、議員選挙で祭英文総統と民進党が予想をはるかに上回る得票数で圧勝したということです。これは明らかに香港の二の舞になりたくないという台湾国民の意思表示であったと思います。少し前までは、かなり中国経済依存の流れが出ていて、再選は厳しいという観測がなされていたので中国政府はショックだったと思います。今回の選挙に際して、習近平政権は台湾への旅行を禁じたり、中国取引をする企業への経済優遇策を打ち出したり、メディアで対立候補の映像しか映さなかったりして露骨なネガティブキャンペーンを繰り広げていたわけですが、結果はまったく逆になったわけです。

そういう意味で、香港市民による中国からの独立と自由を求める運動は大きな影響があったと言わざるを得ません。香港の人は、一時は中国に飲み込まれるか、逃げ出すかの二つの選択しかなかったような感じでしたが、若者を中心に多くの市民が中国政府の圧力に屈せず、自由を守るために命懸けで戦うという選択をしました。そして、この動きに台湾も影響を受けたわけです。

ニュースなどを見ていると、日本のマスコミは、中国に遠慮して、香港のデモを昔の日本の学生運動のように矮小化して伝えようとしているようでなりませんが、起きていることの本質は全く違います。この運動の背景には、全体主義国家化し、一国二制度などなし崩しにしようとする習近平政権への強い反発があるわけです。

「全体主義の起源」などの著作で有名なユダヤ人の政治哲学者ハンナ・アーレントによると、全体主義国家の定義は、①強制収容所があること、②粛清があること、③警察国家であること=監視社会であることの三点ですが、現在の中国はこれを兼ね備えています。

最近、朝日新聞などでも報道されていますが、中国のウイグル自治区、東トルキスタンでは、300万人ともいわれる大量のイスラム教徒が強制的に収容所に入れられており、唯物論教育を強制されていると言われていますし、数十万人規模での粛清がおこなわれているとも言われています。

また、中国は人口が14億人を突破したとのことですが、監視カメラは2億台を超え、今年には二人に1台の割合で、約7億台が設置されると言われています。買い物はすべて電子マネーでしか買えない状況なので、誰がどこで何を買ったか、どこで何をしたかは、すべてログがとられ、人々の生活や言動が全て当局に筒抜けになっています。IT企業は実質国営化される方向にあり、OMO(Online Merges with Offline)によって、完全なAI(電脳)監視国家が作り上げられようとしています。

ちなみに、旅行で中国に行くと、観光バスに乗る際に、乗客も必ずシートベルトをつけるよう指示されます。なぜなら、一人でもシートベルトを着けていないと、それが監視カメラにチェックされ、後日強制的に罰金を口座から引き落とされる仕組みになっているからです。そういう風に、いつどこでだれが何をし、何を言ったか、すべての言動が国に監視されているわけで、多分政府の悪口など言おうものなら大変なことになるのではないかと思います。もちろん言論の自由も表現・出版の自由もありません。

香港市民はそういう国に呑み込まれることに反発し続けていますし、台湾国民もその流れにNOをつきつけたわけです。香港市民が行っていることは、非常に勇気のいることで称賛に値することだと思います。この動きが中国本土に飛び火するかどうか。もしそうなった場合、中国政府はどう出るのかが今後注目されるところだと思いますし、もちろん、中国による沖縄への侵略圧力がどうなるのかも注視されます。

 

≪国際情勢③ ・米中貿易摩擦後の両国経済≫

3年前にも指摘した通り,トランプ大統領が、中国との貿易赤字を縮小するための施策を打ち出した背景には、中国経済が異常な速さで成長し、彼らはその経済力で軍事力を強化し、覇権国家化する動きを阻止する意図があったわけですが、これはアメリカの思惑通りに進んでいるように見えます。

中国経済は、日本をあっという間に抜き去りGDP12兆ドルの経済大国になりましたが、減速傾向にあるのは間違いありません。従って、一帯一路路線も変更を余儀なくされる可能性が高いと思われます。直接日本経済に与える影響としては、インバウンド消費が大きく落ち込む可能性があります。すでに中国政府は人民元の下落を防止するために海外での高額な買い物に課税を始めていますし、日本で安く仕入れたものを中国内で転売することに対して課税を強化するなど、インバウンド客の消費も規制し始めています。この事からも中国経済が下降局面に入っていると言えます。従って、中国経済やインバウンド客に過度に依存する業種や取引は注意しないといけないでしょう。また、中国経済の減速に伴い資金援助している国へ返済を要請する可能性も出てくるでしょう。すると、そうした国々との間で新たな軋轢を生む可能性も秘めています。

一方の、米国経済は、極めて好調で、年初来株価も高値を更新していますが、米国のアナリストたちの間では、引き続き好況を維持するという見方が強いようです。これは「トランポノミクス」と言われる経済政策が功を奏したからです。トランプ氏は中国に頼らず、自国の経済政策で大きく経済成長できることを証明しました。その中心は大幅な所得減税と法人減税や加速償却等の税制改革です。低金利政策と大減税によってGDPは19兆ドルに成長し、失業率もほぼゼロに近い数字が出ています。株価は連日最高値を更新し、住宅着工件数も過去最高を記録するなど、好景気が続いています。弾劾裁判など微妙な要素はあるものの、トランプ大統領は再選を目指してもう一段大幅な減税を打ち出すことが予測されています。

欧州経済では、「Brexit」(イギリスのEU離脱)がいよいよ実行段階になるでしょう。ジョンソン首相はサッチャーやチャーチルの路線を引き継ぎ、イギリスファーストで考えているようですが、これについては、また別の機会にお話します。

 

≪日本の景気動向≫

次に、我が国の2020年以降の景気動向を考えてみたいと思います。

経営者の多くは、今年はオリンピックがあるから大きく落ち込みはしないだろうが、その後は企業業績も下降局面に入り、消費税引き上げの影響で個人消費にも陰りが出てくるのではないかと考えていると思います。ちなみに、2019年7‐9月の名目GDPは伸びましたが、これは消費増税前の駆け込み需要の影響があったからです。増税後の2019年10-12月、2020年1-3月がどうなるか発表を待ちたいところではありますが、政府はキャッシュレスの5%還元キャンペーン等で落ち込みを何とかしのぎ、東京オリンピックまで景気好調を維持しようとしているのではないでしょうか。

そもそも日本は過去最長の経済成長を持続していると言われていますが、GDPの成長率は2四半期期連続でマイナスになっていないだけの横ばいで、規模としても550兆円(5兆ドル)しかなく、アメリカや中国に大きく水をあけられていますし、人口も増えていません。

前回の消費増税でせっかくのアベノミクス効果も帳消しになったのですが、企業業績が良かったこととインバウンド特需があったことで景気は悪化しなかったのです。

しかし、これからは、国際情勢とも相まって、企業業績にも陰りが生じてくると思います。その象徴するような記事が昨日出ていました。

昨日の(2020年1月13日)日経新聞の朝刊トップに、「黒字リストラ」拡大、デジタル化に先手という記事が掲載されていました。内容は、到底これから景気が良くなると思わせる記事ではありません。(以下記事抜粋)


好業績下で人員削減策を打ち出す企業が増えている。2019年に早期・希望退職を実施した上場企業35社のうち、最終損益が黒字だった企業が約6割を占めた。これらの企業の削減人員数は中高年を中心に計9千人超と18年の約3倍に増えた。企業は若手社員への給与の再配分やデジタル時代に即した人材確保を迫られている。業績が堅調で雇用環境もいいうちに人員構成を見直す動きで、人材の流動化が進む。

「黒字リストラ」で目立ったのが製薬業界だ。中外製薬は18年12月期に純利益が2期連続で過去最高を更新したが、19年4月に45歳以上の早期退職者を募集し172人が応募した。アステラス製薬も19年3月期の純利益が前期比35%増えるなか3月までに約700人が早期退職した。

高度技術を持つ人材や若手を取り込むため、高額報酬で競い合う構図も鮮明だ。NECは19年3月までの1年間に約3千人の中高年がグループを去る一方、新入社員でも能力に応じ年1千万円を支払う制度を導入した。富士通も2850人をリストラしたが、デジタル人材に最高4千万円を出す構想を持つ。

年功序列型の賃金体系を持つ大手企業では、中高年の給与負担が重い。厚生労働省によると、大企業では50~54歳(男性)の平均月給が51万円で最も高く、45~49歳も46万円だった。昭和女子大学の八代尚宏特命教授は「人手不足に対応するには中高年に手厚い賃金原資を若手に再配分する必要がある」と指摘する。

今年もこの流れは強まる見通しだ。味の素は20年1月から50歳以上の管理職の1割強に当たる100人程度の希望退職者を募集。20年に早期退職を実施する予定の企業は足元で9社(計1900人)あり、うち7社が19年度に最終黒字を見込む。


「人を大切にする経営学会」の会員が見たら激怒するような記事です。

(※坂本会長はこの記事に関するコメントを夕刊紙のコラムに執筆されました。特別にその生原稿をいただくことができましたので、文末に添付させていただきます)

この記事は黒字企業の中高年リストラを批判するどころか、奨励するニュアンスで書かれています。まさしく、こういう記事が正月早々紙面のトップを飾っていることが、日本経済のトレンドを意味していると思います。先の景気悪化を見越して、業績が黒字のうちに不要になった中高年の社員に退職金を積み増しして退職や転職を促す対策をとることが賢明だということです。こういう経営方針を打ち出す経営者は自分が高い給料を取ることが恥ずかしくないのでしょうか。実に許しがたいことであると思いますが、記事はむしろこれを正しい経営であると奨励しているように思えます。

これは、働き方改革以前の問題です。2020年は、40歳台、50歳代の働き盛りのサラリーマンにとって新たな受難の時代の幕開けでもあるということです。人生100年時代において、50歳はまだ折り返し地点にすぎません。50歳代の多くの幹部社員が、たとえリストラはされなくても、役職定年で給料は下がり、雇用延長で更に収入は激減し続けていくのです。この間、子供の教育費は増え続け、家のローンは払い続けなくてはいけません。家族に病人が出たり、親の介護が必要になったりする世代でもあります。ところが、年金は当分もらえませんし、給料が下がれば老後のために最低必要と言われる2千万円など貯めることはできないでしょう。経済的不安は募り、ストレスがたまるばかりでしょう。業績のいい会社ほどリストラが加速するとは何と皮肉なことでしょう。苦労して勉強し、他の人を押しのけていい学校、いい会社に入り、会社のために人生を捧げてきたのは、一体何のためだったのでしょう。そういう時代において、会社は何をどうすべきかが今後の大きな論点でもあるでしょう。

また、それとは別に、2020年以降、これまで世間から「いい会社」であると思われていた会社が、大量に消滅するかもしれません。その代表格が銀行…特に地方銀行であると私は思います。日銀のゼロ金利政策が長く続いていますが、経営的に一番影響を受けているのは銀行です。特に、地方銀行は預金と貸付の利鞘と国債の運用で収益を確保していたわけですが、ゼロ金利政策により収益源がない状況です。

日本の銀行のPBR(株価純資産倍率)は平均で0.4倍であり、この数字を見れば、銀行は存続そのものが危ういことを示しています。PBRは株価を一株当たり純資産で割った値ですが、要するに今その会社を清算したらいくらになるかということです。例えばA社が100万円の資産を持っていたら少なくとも100万円の価値がある会社と言えるでしょう。しかし、現在のPBRから見ると日本の銀行は100万円の資産を持っていても、40万円の価値しかないことになっているのです。一番少ないところでは10万円の価値しかないところもあります。日経新聞にも頻繁にそういう記事が掲載されていますし、時価総額が低くなりすぎて東証一部上場から外されそうになっている銀行もあります。

かたや、ベンチャー企業やスタートアップ企業の中にはPBRが200倍の企業も多くあるのですが、銀行はそういう会社が育っていく際になかなかお金が貸せません。相変わらず過去の業績や返済余力、担保があるかどうかでしかお金が貸せないからです。これは金融庁がそういう風にお金を貸しなさいと指導しているので仕方がないのです。実に気の毒なことですが、個人的には、地方銀行の8割はいつなくなっても不思議ではありませんし、メガバンクも半分でいいと思います。

前回お話した2025年の崖に向けて今年は銀行も大変な時代になっていくでしょう。従って、取引先として銀行に依存し過ぎている企業も気を付けるべきでしょう。

また、働き方改革の影響もあり、正社員と派遣社員の区別がなくなってきたり、副業が認められて来たりして、会社で働くことの意味が変わってくる時代にもなるでしょう。人手不足は加速し、コンビニも時短営業や正月休業等の問題がでてきて、撤退する店も増えています。この間まで出店ラッシュを続けていたセブンイレブンですら1000店閉鎖するとの話もありますし、大手の百貨店も閉店するところが出てくるでしょう。

ということで、国際情勢と日本経済の現状をざっと俯瞰してきましたが、昨年来申し上げている通り乱気流の時代にいよいよ突入したということです。

わたしたちは、乱気流の時代に躍進していきたいと思います。

そのためのキーワードはやはり「セルフヘルプの精神」であると思います。

人生100年時代に躍進する人間になるには、何歳からでも新しい努力を開始し、新しい能力を身につけ、新しい仕事にチャレンジする人間に変化することです。

気を付けてほしいことは、たとえ環境が大きく変化しても、あなた自身が変化しなければ何も変わらないということを知っておいてください。

大事なことは、あなた自身が、あなたがなりたい変化そのものになることです。

未来とは、あなたがなしとげた変化であり、あなたがなしとげた変化のみがあなたの未来なのです。

そういう未来を描くための中期計画にしていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。 

(※参考)坂本会長のコラム生原稿 

            黒字リストラ問う

 

 希望退職者を募集する。つまり、リストラをする大企業が、最近、再び増加している。よりひどいのは、そのうちの約60%は黒字企業、なかには、前年比10%どころか30%を超える程、好業績の企業も存在する。

  赤字企業のリストラも許しがたいが、より問題なのは、黒字企業のリストラである。いかなる理由があるにせよ、こうした正しくない・お天道様に顔向けできないような経営を行う企業が多数派である限り、わが国経済はもとより、社会の未来も危うい。

 それは、本コーナーで筆者が繰り返し述べているように、企業経営の最大・最高の使命・目的は、5人の幸せの追求・実現である。そして、とりわけ重要かつ大切な人は、社員とその家族だからである。

業績も勝つことも重要ではあるが、それはあくまで使命・目的である社員とその家族の幸せの実現のための、手段・結果としての重要度に過ぎないのである。リストラをされた社員や、その家族で幸せを実感できる人など世界中に誰一人としていないからである。

 このことは、会長・社長をはじめとした役員が、「自分自身が社員だったら…とか、自分自身が社員の家族であったら…」と考えれば、よく分かることである。

 筆者はよく、「社員であった頃のことを忘れた人が、たまたま会長や社長、さらには役員になると、ろくなリーダーにならない…」という意味がこれである。

 ともあれ、こうしたリストラを平然と行う企業に怒りを覚えるのは、これら大半の企業の会長・社長、そして役員は、リストラをお詫びするどころか、あたかも自身の成果のように誇り、依然居心地のいい椅子に座り続けているという点である。

 加えて言えば、これら企業の大半の役員報酬は5000万円以上、なかには1億円どころか3億円以上の役員も存在しているという点である。わが国就業者の平均が約400万円前後であることを踏まえると、想像を絶する報酬と言わざるを得ない。

 例え話で恐縮ではあるが、もしも筆者が、これら企業の役員であったならば、黒字企業のリストラはあり得ないが、赤字企業であったとしても、その場合は、自分の報酬を大幅(社員並み)に下げ、一人でも多くの社員とその家族の命と生活を守る決断をすると思われる。

 もとよりそれは、誰が考えても、そうした経営が正しいからであり、自然の摂理に合っているからである。

長い歴史を調べてみると「正しい経営は決して滅びない…、欺瞞に満ちた経営・誰かの犠牲の上に成り立つ経営はやがて滅びる…」のであり、このことを心すべきである。

 

Yes, I can!

※2020年元旦の山陽新聞「私のほうふ」に掲載させていただいた内容を紹介いたします。


新年明けましておめでとうございます。

IoTやAIの利用が当たり前になり、デジタルトランスフォーメーションが加速する時代に突入し、迫りくる「2025年の崖」が話題になっています。IT業界では、これまでのような「管理」や「運営」をするための仕事から、新しい事業を「創造」し、「守り育て」、「発展」させるための仕事へとマインドセットを変えることが求められるでしょう。

それは、日々「創造」し、日々「新しい挑戦」をし続ける時代の幕開けでもあると感じています。これまでだれも考えつかなかった新しい「サービス」を創り出し、これまでなかった「ソリューション」を発明することへの挑戦はワクワクすることですが、厳しく困難な道でもあります。

先日お目にかかった、世界的発明をした先輩経営者は、壁にぶつかるたびに、「Yes, I can!」「Yes, I can!」と自分を励ましながら挑戦を続けたと教えてくださいました。これに倣い、私の今年のほうふは、「Yes, I can!」を合言葉に、日々経営を「創造」していくことです。

どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。


本年が皆様にとりまして、より良い一年でありますよう心より祈念申し上げます。

「創造的な仕事」をするために

今月も、「SERIO4.0」 と名付けた来年から始まる中長期計画のメインテーマである『Be Creative!  How to become a Creative Person』についてお話したいと思います。

年末も近づき、恒例の人生計画を更新する時期になりました。このテーマは、来年の人生計画手帳の目標に書く私の『ありたい姿』でもあります。クリエイティブな人間になりたいと思い、How to become a Creative Personを日々考え、Yes, I can!と毎日毎日唱えていると私のような凡人でも何か創造的な仕事ができるようになるのではないかと思っています。

前々回、前回は、近い未来に起きることを考えれば、クリエイティブな人間になることが皆さんの幸せに大きく影響すると思いますよという話をしました。それは、デジタル社会に代表される乱気流の時代において、AIに代替されない「創造的な仕事」ができるかどうかにかかっているのではないかという問題提起でした。

セリオの会社のロゴマークは鳥の羽がモチーフですが、隼のように自由に羽ばたくようになりたいというイメージを表しています。自由に羽ばたける環境はこの10年で作ってきました。それは、社員が自分の意思で自分の将来を決めることができる―「選択の自由」を持つ会社にしてきたということです。では、なぜ、SEIRIO4.0なのかというと、それは、社員が会社から与えられた選択肢を選ぶ「選択の自由」の次の段階である「創造の自由」を行使する段階を目指しましょうということです。私自身も社員の皆さんも翼を持ち自由に飛翔していける会社にしていきたいのです。

 

今日は「創造的な仕事をするために」というテーマで、ヒントになる事例をご紹介したいと思います。

最初にプロローグとして、私の経験をお話します。題して「成功の入り口」です。

 

成功の入り口」

 

順調に歩んできた人生でしたが、

30歳後半からいくつか大きな失敗をしました。

反省し、努力してもまた失敗し、挫折して、傷つき、

自分はダメなのではないかと思うこともありました。

 

とうとう失業して、仕事もなくなり、途方に暮れていた時、ある人から、

「あなたもやっと成功の入り口に立てたね」と言われたのです。

 

これは、私にとって大きな『一転語』でした。

 

ものの見方、考え方を全く逆にしてくれた言葉です。

この一言がなかったら、永年苦労して歩んできた道を引き返していたかもしれません。

 

その後、色々な経験をし、不思議な縁でこの会社の経営者になり、

「社員の幸福を実現する」という終わりのない目標を経営理念に掲げました。

 

何度か、自分の力だけではどうにもならないような苦境に立たされたこともありましたが、その度に「これでやっと成功の入り口に立てた」と言い聞かせてきました。

 

 

経営者として、私の最大の仕事は「祈る」ことだと思い、毎月ご祈願を続けています。

奇跡やご利益を祈ったことはありません。

理念実現のために、自分の心の汚れを落とし、心の中の発動機を回させてくださいと祈るのです。

 

もうひとつ、経営者としての大切な仕事として、大きな困難を乗り越え、

奇跡的な成功を収めてこられた先輩経営者の方々に教えを乞うことを続けています。

皆さん、偶然や奇跡に頼ることなく、失敗の山を踏み越え、

淡々と苦難や困難に向き合ってこられた方々です。

その方々に共通していること。

 

それは、名誉や地位や財産などには目もくれず、高貴な義務を自らに課し、自分を鍛え続けてきた事実と限りない優しさです。

 

2年かかるか、3年かかるか、10年かかるか、分からないことを実現したいと「思い」、実践し続けている人がいたら、変人どころか気が狂っているように見えるかもしれません。

でも、それが「創造的な人間」になるための王道なのではないかと思います。

 

ちょっと解説します。

順調に歩んできた人生でした、というのは、ある程度そうだったのではないかと思います。地方ではありますが、比較的有名な私立中学・高校に入り、現役で大学に合格し、就職の際にも、オイルショック後の就職難の時代ではありましたが、一発で第一志望の大きな銀行に入り、都心の支店で数年過ごした後、丸の内の本店に異動し、有名な大企業ばかりを担当するという、サラリーマンとしては絵にかいたようなエリートコースを歩んできたわけです。

34歳で銀行を辞めてからも、次の組織で数年は順調だったのですが、役員的な立場になった40歳前くらいから、自分でも天井にぶつかったのがわかりました。今考えれば、あまりにも出世が速すぎたのと、しばらく力を貯めてから再起しなさいという意味での温情人事だったと思うのですが、左遷や降格も経験し、かなり落ち込みました。反省し、努力しても方向性が間違っているので、努力逆転になって失敗する繰り返しでした。挫折して、傷つき、自分はダメなのではないかと思うこともありました。軽い“うつ状態”になっていたと思います。そして、とうとう失業して、仕事もなくなり、家族を抱え、収入もなくなってしまったのです。

そんな時、「あなたもやっと成功の入り口に立てたね」と言われたのです。

これは、本当に、本当に私の人生観を180度変えてしまうくらいのまさに『一転語』でしたが、最初は、まったく意味が分かりませんでした。「今がまさに人生のドン底、失意のドン底だね。」と言われるならわかりますが、なぜこれが「成功の入り口」なんだろうと思いました。そして、幸い金銭的な貯えがあったので、この意味が本当に理解できるまで、1年くらいエネルギーを充電しよう、焦って仕事探しをするのはやめようと思い、毎日たくさん書物を読んだり、精神統一をしたりしてずっとその意味を考え続けました。

そして、私なりの答えを見つけたのです。今まで私が成功していたと思ってきたことは、本当の意味の成功ではなかった、これまでニセモノの成功を求めていたが、今やっと本物の成功への入り口に立てたのだという風に思えるようになりました。

どういうことかと言うと、それまでの私は、外部のモノサシで測れる基準—世間的に有名であることとか、高い年収とか、同期より早く出世することとか、地位や役職とか、そういうものを得ることが成功だと思い、それを手に入れようと必死に努力してきたことが分かりました。そして、誰かが引いてくれた成功のレールの上を他の人より早く走ることが成功だと考えていたのです。要するに成功の基準、幸福の基準が外部にあったのです。

ところが、人生の半分くらいに来た時に、そのレールから見事に脱線し、転落してしまったおかげで、これまでとは全く違うレールを自分で敷いて走るスタート地点に立てたのだと思ったのです。それは挫折でも失敗でもなく、自分だけの成功、自分の内なるモノサシで測ることのできる成功です。

 

そういう意味で、ものの見方、考え方を全く逆にしてくれた言葉です。本当にこの言葉に出会えたことに感謝しています。この一言がなかったら、永年苦労して歩んできた道を引き返していたかもしれません。

その後、色々な経験をし、不思議な縁でこの会社の経営者になり、「社員の幸福を実現する」という終わりのない目標を経営理念に掲げました。これまでご紹介したように、その後何度か、自分の力だけではどうにもならないような苦境に立たされたこともありましたが、その度に「これでやっと成功の入り口に立てた」と言い聞かせてきました。

 

経営者としての、私の最大の仕事は「祈る」ことだと変わったことが書いてありますが、これは常日頃本当に実行していることです。私は、毎月ご祈願をすることを自分に課しています。社員の皆さんが幸福になり健康でありますようにと祈ることはありますが、商売繁盛、事業成功という名目で奇跡やご利益を祈ったことはありません。ではどういうことを祈るのかと言うと、心が汚れていないか教えてくださいと祈っています。経営判断をしていく際に、私利私欲にとらわれることなく、私心なく純粋に理念実現のために、神様に見られても恥ずかしくない心で経営をさせてくださいと祈るのです。要するに、祈願は私にとって心の中の発動機を回すためのルーチンなのです。

 

もうひとつ、経営者としての大事な仕事として、大きな困難を乗り越え、奇跡的な成功を収めてこられた先輩経営者の方々に教えを乞うことを続けています。

まずは坂本先生です。先週はなんと4日間もご一緒させていただきました。本日は、以前朝礼でも紹介したことがある社会福祉法人雲南ひまわり福祉会の田本事務局長さんがゲスト参加してくださっていますが、もちろん当法人とのご縁をくださったのは坂本先生です。田本さんは、若い方ですが尊敬すべき立派な経営者です。福祉の業界では、離職者が多く大変なのですが、40数名の職員が在籍している雲南ひまわりさんはなんと8年間もひとりの退職者も出していません。6割、7割退職するのが当たり前の業界で、一人も辞めないのは奇跡です。2019年3月に「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」を受賞され、先般、人財部の皆さんたちと一緒に訪問し、その秘密を教えていただきました。

特徴的なことは、職員の定着や退職ゼロを目標にはしていないことです。退職ゼロというのはあくまでも結果であって目標ではないのです。様々な試行錯誤というか失敗の山を踏み越え、淡々とできることを実践してこられた結果が退職者ゼロという「奇跡」になったわけです。

私が理念を制定した時、最初に坂本先生にご紹介をお願いしたのが徳武産業の十河会長と日本レーザーの近藤会長です。

徳武産業は、高松のはずれの田んぼの真ん中にある小さな会社です。そんなところで世界中のお年寄りが安心してはける靴を作りたいという崇高な使命感で経営を続けておられます。結果的に介護用の靴のシェアでは日本ではトップになっていますが、それは結果にすぎないのです。この会社のすごいところは、いいものを世の中に広げるために特許をとっていないことです。12月9日NHK「逆転人生」に十河会長が出演されるそうですので、ぜひご覧ください。

近藤会長は当社のMBOの師匠でもあります。お二人とも結果的には奇跡のような経営を実践されていますが、直接お話を聞けば聞くほど、偶然でも奇跡でもありません。色々な苦難や困難に遭遇するたびに、社員のため、世のため、人のためを願い乗り越えてこられた方々です。

東海バネの渡辺会長や天彦産業の樋口社長は、人を大切にする経営、非価格競争経営など経営者としての「あり方」を教えてくださる師匠です。

 

こうした方々に共通していることは、名誉や地位や財産などには目もくれず、高貴な義務を自らに課し、自分を鍛え続けてきた事実と限りない優しさです。会社では厳しいが、性根が優しい方々ばかりで、親しくさせていただき、勉強させてもらっています。

 

2年かかるか、3年かかるか、10年かかるか分からないことを実現したいと「思い」、実践し続けている人がいたら、変人どころか気が狂っているように見えるかもしれません。というのは、多分そういう人を現在進行形で見るとちょっと大丈夫かという気がするわけです。

 

でも、それが「創造的な人間」になるための近道ではなく、王道なのではないか、これが今日の私の問題提起です。今日は、その実例とも言うべき方、偶然や奇跡に頼らないで、失敗の山を乗り越えて「創造的な仕事」をした方を二人ご紹介します。ぜひ一緒に考えていただきたいと思います。

 

一人目はこの方です。

 

William Kamkwamba(1987~)

先日の台風の影響で千葉県の一部地域が長期間停電になり、大変なことになりました。しかし、世界に目を向けると、まだ十億人以上の人たちが電気のない生活をしているそうです。当然、そういう国では食べ物にも困っています。世界の人口が80億人と言われていますが、なんとそのうちの10億人もの人が電気もなく、食べ物にも困る生活をしているのです。最初にご紹介するのはそういう国に生まれた少年が起こした小さな奇跡の話です。

 

今から20年ほど前の話です。東アフリカのマラウイという世界でいちばん貧しいといわれる小さな国にウィリアム・カムクワンバという少年が住んでいました。マラウイにも、自動車やラジオなどの電化製品が普及していましたが、彼の住んでいた田園地帯では、電気も引かれておらず、依然呪術師が一番権威を持っていました。国民の8割は農民で、自給自足の生活をしていました。生きていくためには、自分の畑で主食のトウモロコシを育てなければなりません。彼も、お父さんと朝から晩まで炎天下の畑を耕すのが毎日の仕事でしたが、彼の両親は、子供の教育が大事だと考え、苦しい家計の中から学校に行かせてくれました。しかし、マラウイの中学校は授業料を払えなくなると退学させられてしまいます。

ウィリアムは、小さいころから、モノが動く仕組みがどうなっているか知りたくてたまりませんでした。「ラジオはなぜ遠くの人の声を伝えることが出きるのか?」「自動車はなぜ動くのか?」「CDプレーヤーはなぜ音が出るのか?」などと大人に聞いて回りましたが、誰一人としてきちんと答えられる人はいませんでした。そこで彼はその疑問を自分で解くことにしました。何をしたかと言うと、ゴミ捨て場に捨ててあった壊れたラジオを分解し、むき出しの回路基板をじっと眺めて、リード線の一本一本が、どんな目的でどうつながっているかを考え続け、太い針金を熱してジョイントを溶かしたりつないだりして考えたそうです。

「誰がリード線をこんなふうにつなぐことを考えたのだろう。その人はこんなに素晴らしい知識をどうやって手に入れたのだろう」などと考えながら、試行錯誤を繰り返すうちに、彼はいつしかラジオの構造が理解できるようになりました。さらに周波数と受信の仕組みも理解できるようになり、とうとう壊れたラジオを修理できるようになったのです。そして、中学校に入るころには、捨てられていた電池をつなぎ合わせ、残っている電力でラジオを動かすことに成功し、ラジオ修理で小遣いを稼げるようにすらなります。

そんなころです。マラウイに大雨が降り、川は氾濫し、洪水になり田畑の作物は全滅してしまいました。その後、日照りが続いたため、主食であるトウモロコシの収穫は激減し、大飢饉になり、とうとう餓死者が出始めました。政府の援助も行き届かず、ウィリアムの住んでいた地域の商店街はゴーストタウン化し、彼の家でも一日一食の生活を余儀なくされました。もちろん学費を納めるどころではなくなり、彼は学校にも行けなくなりました。

多くの若者は、その地域を出ていくか、刹那的な欲望を満たそうと自堕落な生活に走りましたが、ウィリアムは父親の手伝いをするかたわら、誰も行かなくなった小学校の図書館に通い、英語で書かれた本を読もうと、独学で必死に勉強を始めました。特に、彼は、一番知りたかった機械を動かす仕組みが書いてある物理学の教科書の本を繰り返し、繰り返し読みました。

ある日、ウィリアムは『エネルギーの利用』というアメリカの教科書を手に取ります。その本には、風車を使って電力を発生させることができると書いてありました。そして、こう考えたそうです。

風が風車の羽を回し、ダイナモの中の磁石を回転させ、電力を生み出す。ダイナモにリード線をつなげば、何にでも-特に電球に-電力をあたえることができる。つまり、風車さえあれば、僕たちは電気が使えるようになるのだ。

風車があれば、ほかのマラウイの人々と一緒に7時に寝るのではなく、一晩じゅうでも起きて、本を読んでいられる。

しかし、それ以上に重要なのは、風車があれば、ポンプで水をくみ上げ、飲料水や灌漑用水に利用できることだ。

揚水ポンプを僕の家の浅い井戸につなげば、年二回の収穫が可能になる。マラウイじゅうが食糧不足になる12月と1月の時期にぼくたち家族はその年二度目に収穫したトウモロコシのたくさん詰まった袋を運んでいるのだ。

その本を見ながら、書棚のそばに佇み、ぼくは自分の風車を作ろうと決意した。

(ウィリアム・カムクワンバ著「風をつかまえた少年」P218-219より抜粋)

 

ゴミ捨て場から色々な部品を探して拾ってきます。ボロボロの材料で風車を組み立てました。ペダルをこぐと発電する自転車のダイナモを風車に接続し、発電する装置です。それを櫓の上にくくりつけました。とうとう彼は、全く自分だけの力で、ゴミ捨て場から拾ってきた材料で風力発電のための装置を完成させたのです。そして、ついにそれを動かす日がやってきました。

「これはなんだね?」

「風で電力を起こすんです。これから見せるよ。」

「そんなことはできっこない。」

ぼくの家族以外に30人ほどの大人が集まり、子供たちも同じくらいいた。彼らは僕を指さしていた。

「この子の頭がどこまでいかれているか、みんなで見届けようや。」

さぁ行け。きみの出番だ。

ぼくはスポークをつかむと、ぐいと引き抜いた。羽がまわりはじめた。

「もっと早くまわってくれ」とぼくは祈った。

ちょうどその時、強い風が僕の身体に吹きつけ、羽が狂ったようにまわりはじめた。

もう一方の手に握りしめた電球を見つめ、奇跡が起こるのを待った。

ちらりと電球が光った。

それがやがて煌々と輝く堂々とした光に変わった。

心臓が破裂しそうになった。

「見ろよ。」誰かが言った。「電気がついてる!」

「あの子が言ってたことはほんとうだったんだ!」

全員が信じられないと言った眼を大きく見開いていた。

「ぼくは狂ってなんかいない!そう言っただろ?」

見物していた人々がひとり、またひとりと喝采の声をあげはじめた。

「ワチタブイナ(よくやった)!」

「すごいぞ!ウィリアム!」

「まさか、こんなことをやってのけるなんて!」

(ウィリアム・カムクワンバ著「風をつかまえた少年」P264-267より抜粋)

 

この話はしばらくして、マラウイの大学の先生に伝わり、イギリスの放送局に伝わり、彼はTEDに2回出演しています。TEDとは多くの科学的な研究をした人がスピーチをする番組です。是非YouTubeでご覧ください。一回目は、彼は高校生の時に初めて呼ばれました。英語もまだたどたどしい頃です。その後、色々な方の援助で米国の大学に進学し、現在では世界中で啓蒙活動を続けています。この話は映画になり、今年の夏には日本でも公開されました。

これが最初の「創造的な人」の事例です。

 

 

中村裕さん(1927-1964)

1927年 中村裕(ゆたか)さんは大分県別府市に生まれました。

1952年 九州大学医学専門部を卒業後、 同大学の整形外科医局に入局しました。 福岡県の炭鉱労働者の事故と向き合ううちに、当時未開の分野であった医学的リハビリテーション研究の道を歩み始めました。

1960年  中村さんは、リハビリ研究のため欧米へ派遣されることになります。そして、英国のストーク・マンデビル病院で、脊椎損傷患者の治療で世界的な名声を得ていたルードヴィッヒ・グットマン博士の指導を受けることになります。グットマン博士は、ヨーロッパ中央部の生まれですが、ナチスの迫害を逃れて亡命してきたユダヤ人でした。

 

グットマン博士は、中村さんに「ここの脊椎損傷患者の85%は6か月の治療と訓練で社会復帰をしている」と語りました。中村さんは半信半疑でした。なぜなら、当時日本では脊椎損傷患者は「再起不能」が常識だったからです。重度障がい者といえば聞こえはいいですが、患者は「生きるしかばね」であり、「死んだも同然」の扱いを受けていたのです。「どうせ、日本の若い医者だからからかわれたのだろうが、もし何か特別な治療法があるなら日本に持って帰ろう」そう考えた中村さんは、グットマン博士の手術を見学しました。しかし、その技術は自分たちとあまり変わりませんでした。中村さんは他の医師に「どんな秘密があるのか」と尋ねると、「グットマン博士は神様でも魔術師でもないよ」と軽くあしらわれてしまいました。

その後も中村さんは「秘密」をつきつめようとレントゲン写真を調べたりしましたが、さっぱり分かりません。ところが、あるとき、回診の際に医者と看護師以外の人間が混じっていることに気付きました。それは当時の日本には存在しなかった、理学療法士や作業療法士、ソーシャルワーカー、就職斡旋員の人たちでした。そして、信じられない光景を目にします。

中村さんは、車いすの患者がバスケットボールをしているのを見て衝撃を受けます。「何だ、これは。考えられない・・・」当時の日本では、車いすの障がい者は社会生活を行うことさえ難しく、ましてスポーツをすることなど考えられなかったからです。

中村さんはグッドマン博士に聞きます。

「一体なぜスポーツなんですか?」

「彼らには腕力や全身の体力をつける事が必要なのだよ。彼らはこれからの人生の長い時間を車椅子で生活していかなければならない。だから自分の行きたい所に行けるようにならなければならんのだ。」

「自分の力で。」

「そう、そして、スポーツをするのにはもう一つ大きな意味がある。体のリハビリだけではなく、心のリハビリだよ。」

「スポーツをすればそれをとおして仲間も増える。それにスポーツをすることで自分に自信もついてくるし、自然と今までより明るく積極的な性格にもなってくる。障害という困難を乗り越えてでも、もう一度社会に出て自分の力で生きていこうという意欲がわいてくるんだよ。」

(「太陽の仲間たちよ」より抜粋)

グットマン博士の言葉です。

 『患者に、失われたものを数えるのではなく、残された機能を最大限に生かすことを教える』

『患者が完全に社会復帰できるまで面倒を見るのが医療である』

これは正に中村さんにとっての一転語だったのではないかと思います。

日本の常識では考えられない、しかし正しい博士の考え方とシステムに接し、中村さんは決意します。

「グットマン博士!私に障害者のスポーツのことをもっと教えてください。」

「日本の障害者にもやらせてあげたい。心の痛手を治してあげたいのです!」

ところがグットマン博士の反応は冷ややかなものでした。

「本当に君にできるかな?」

「以前にも君と同じことを言った日本人はたくさんいたんだよ。しかし、いまだに実行している者はだれもいない。」「おそらく君もその一人だろう。」

 

この言葉に挑むように、帰国した中村さんは、患者にスポーツを奨励することを主張しましたが、すぐに大きな壁にぶつかります。医師たちからは「せっかくよくなったのに、また悪くなったらどうするんですか。患者に何かあったら責任が取れるのですか?」「余計なことを考えるな。医者の仕事は患者を治療することだけで十分なのだ」と反対されます。

また、患者の家族からは、「あんたは、障害者を連れ出して、サーカスのような見世物をやって金もうけでもしようと考えているのか!?」とまで言われます。

今回、中村さんの一生を書いた本を何冊か読んだのですが、この方は、批判や障害が出てくるたびに、逆にそれをバネにして奮起するような印象を受けました。絶対に逃げない、絶対に他人のせいにしない、絶対にやり抜くタイプの方だと思います。

中村さんが帰国して1年くらいたった1962年、地元の医師や行政を説得し、当時世界で唯一の障害者スポーツ大会だった、イギリスのストーク・マンデビル大会に、二人の日本人選手を送り込むことに成功します。その費用は、すべて中村さんが借金し、愛車を売って工面しました。そして「君にできるかな」と冷めた目で見られていたグットマン博士からも「よく頑張ったね」と温かく迎えられたのです。

 

去年、中村さんの一生が向井理さん主演で、NHKでドラマ化されましたが、その題名は「太陽を愛した人~1964あの日のパラリンピック」ですが、中村さんは「東京パラリンピックを創った男」として知られています。

 

東京オリンピックの興奮冷めやらぬ1964年11月8日、中村さんの努力で23カ国428名が参加して東京パラリンピックが開催されました。中村さんは日本選手団団長に選ばれ、日本の成績は金メダル1、銀メダル5、銅メダル4で、全体では13番目という成績でした。大会は無事終わりましたが、中村博士は複雑な思いに駆られていました。外国人選手は試合後も行動的で明るく、ほとんどの人が仕事を持っており健常者と同じような生活をしていましたが、一方、日本選手は弱々しく顔色も暗く、53人中仕事をしているのはわずか5人、他は自宅か療養所で世話を受けていたからです。

中村さんは「これからは慈善にすがるのではなく、身障者が自立できる施設を作る必要がある」と解団式で述べました。

そして、中村さんは、パラリンピック終了からわずか1年足らずの1965年10月、故郷大分の別府市に、障害者が働き、生活することを支援するための施設「太陽の家」を開設します。障害者を保護することが目的だったそれまでの施設とは違い、仕事やスポーツへの参加機会を作ることで障害者が経済的に自立し、地域社会に溶け込む基盤としての施設です。開所当初は、設備が十分に整ってはおらず、小さな作業所で7名の障害者が木工や洋装などを行う小規模な仕事からのスタートでした。

当時、中村さんの病院では多くの脊椎損傷患者を抱えていましたが、一般企業への就職の道は閉ざされていたからです。保護や慈善ではなく「チャリティよりも働く機会を」「世に心身障害者はあっても仕事に障害はあり得ない。」がモットーでした。それにしても、病院の院長として回診をし、外来患者の診察もし、障害を持った子供の施設の園長を務めながら、関係先の役所や団体に交渉を続け続けた体力と気力は驚異的ですが、何よりもすさまじいまでのタイムマネジメントだったと思います。中村さんは本当に不眠不休の行動だったと思います。

中村さんは、その後満足に給料も払えない作業所のような仕事ではなく、近代的な最先端工場で社会復帰させ、きちんと給料を稼いで納税する側に立たせたいと願い、企業訪問を開始します。しかし、突然の訪問に、どこに行っても門前払いされる日々が続きました。

最初に道を開いたのはオムロンの創業者立石一真氏でした。「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という社憲に照らし、障害者の雇用を促進することを決め、「オムロン太陽の家」を設立します。次に、ソニーの井深さんとホンダの本田宗一郎さんが名乗りを上げます。

本田さんの言葉です。

“この世に『障害者』という人種はいない。また、同じ人は一人もいない。人にはそれぞれ他にはない個有のすばらしい『持ち味』がある。その違いを互いに認め合う中に、一人の人間としての自立が生まれる。”

 

その後、三菱商事、デンソー、富士通などが次々に共同出資会社を設立しています。現在は、施設入所者だった重度障害者が取締役工場長として経営に参画し、立派に社会人として使命を果たしていらっしゃいます。別府市にある「太陽の家」には、障害者が利用するために設計されたスーパーマーケットや銀行もあります。

 

9月に開催された「人を大切にする経営学会」主催の見学会で私も訪問してきました。

障がい者用のカウンターのある銀行、車いすでも操作できるATM、障がい者が働くスーパーマーケット、そして、現在の太陽の家の全体の理事長と坂本先生です。理事長は三菱商事で会長職を経て就任された重度の障がい者の方です。

壁にはこんな言葉が掲げられています。

太陽の家の未来

君達の幸福は、全て誰にもまけない高質度の製品を作る

君達自身の努力にかかっている

太陽の家の社員は被護者ではなく労仂者であり後援者は投資者である

 

当日、三菱商事太陽というITの会社で説明してくださったのは、耳の不自由な方でした。オムロン太陽の家では、手足が不自由な方が精密な部品の組み立てをしていましたが、障がい者の方々だけのこれほど大きな会社を見たのは本当に初めてでびっくりしました。

中村さんは57歳という若さで亡くなりましたが、それから数十年経った今では、中村さんがまいた種が大きく花開いているのだと思いました。

 

冒頭のメッセージです。

 

2年かかるか、3年かかるか、10年かかるか、分からないことを実現したいと「思い」、実践し続けている人がいたら、変人どころか気が狂っているように見えるかもしれません。

でも、それが「創造的な人間」になるための王道なのではないかと思います。

       

今日は、偶然や奇跡に頼らないで、苦難や困難の山を乗り越えて「創造的な仕事」をした人を二人ご紹介しました。

何か参考になれば幸いです。

乱気流時代に生き延びる知恵 (脱・「思考停止」のススメ)

『令和』の幕開けは乱気流時代

今年もあと二ヵ月を残すのみとなってきましたので、今年を振り返ってみたいと思います。

何といっても、今年は元号が変わり『令和』の時代に入りました。10月22日には、新しい天皇陛下がご即位を宣言される「即位礼正殿の儀」が執り行われました。その日は国民の休日になり、国内外から様々な方がお祝いをするというおめでたいことがありました。また、ラグビーワールドカップでは日本チームの大活躍に国中が熱狂しました。令和の時代は明るいスタートであったようにも見えます。

一方、今年は、台風襲来で想定外の被害がもたらされました。9月の台風15号では、強風で千葉県を中心に大きな被害が出ました。風でゴルフ練習場のポールが倒れて近隣の家が破壊されるというとんでもないことが起きましたし、停電になって何週間も復旧しないということが起きました。いくら大きな台風とはいえ、首都圏の「電力供給」体制がこれほどぜい弱だとは思いませんでした。翌月の台風19号の時は、通過が予測された地域の人たちは前回のような強風を警戒しました。神奈川にある私の自宅でも窓にガムテープを貼ったりしていたのですが、今度は雨でした。これも予想をはるかに上回る被害が出ました。長野や千葉、群馬、栃木、宮城など広い範囲で70もの川が氾濫し、140か所で堤防が決壊するなど甚大な被害をもたらしました。気の毒だったのは、台風が通り過ぎてもう収まったと思ってから上流にたくさん降った雨で下流の川の水かさが増したため、川が氾濫して亡くなられた方がいらっしゃったことです。空中から撮影した映像を見ていると、私が子供のころ、まだきちんと堤防などができていない時代に見た映像のようで、本当にこれは『令和』の時代のことなのだろうかという感じでした。さらに、その被害が冷めやらぬ中、沖縄では突然、世界遺産の首里城が炎上するというショッキングなニュースが飛び込んできました。

国内の経済政策をみると、「働き方改革」ということで、仕事を長くするのはやめて、もっと休みなさい、早く帰りましょうということを政府が制度化しました。そして、10月には消費税が10%に上がりました。個人的には、税金を下げるから安心してたくさん休みなさいというのは理解できますが、税金は上げるけど休めというのには、それで本当に大丈夫だろうかという気はしないでもありません。

世界に目を向けると、ご存知の通り、米国・中国の貿易をめぐる対立は依然収まる気配がありません。また、中国関連では、香港のデモが過熱しています。7月に本郷常務と深圳と香港に視察に行ったのですが、そのころはまだのんきに香港の市内観光などもできたのですが、その後デモが過熱化し、今だったらとても行ける状況にはないと思います。また、北朝鮮は、相変わらず飛翔体と称するミサイルを発射していますし、お隣の韓国では、徴用工問題以降、異常なほど反日政策が活発になっています。日本製品の不買運動や安倍首相を糾弾する集会なども開かれているようです。韓国と取引のある会社には売上等にも影響が出ていますが、それ以上に韓国経済は深刻な状況にあるという話も聞いています。

こうして振り返ってみると、おめでたいこともありましたが、大きな災害や異変もあり、国内外のできごとを見るにつけ、『令和』の幕開けは何が起きるかわからない「乱気流の時代」であるといえるのではないかと思います。そこで、今日は、これからも続くであろう乱気流時代を生き延びるための知恵というテーマでお話しをしたいと思います。

 

乱気流時代を生き延びるにはどうしたらいいか?という問いに対して、ドラッカーは明確に4つの指針を述べています。(ダイヤモンド社刊『われわれはいかに働きどう生きるべきか』第8章「乱気流の時代を生きる」参照)

何もドラッカーがいうことは何もかも正しいというつもりはありません。しかし、私が、数十年間、色々な本を読み、実際に経営をしてみて、この本の中で、ドラッカーが分かりやすい言葉で言い切っていることが、極めて理にかなっていると思ったので、それをご紹介したいと思った次第です。

 

Managing In Turbulent Times(乱気流の時代に生き残るための4つの知恵)

  1.資源を機会に集中すること

  2.資源の生産性を上げること

  3.成長をマネジメントすること

  4.人の育成に注力すること

 

この4項目の私たちが心がけるべきことについて今日は話したいと思います。

 

1.資源を機会に集中せよ

ドラッカーは次のように言っています。

 

自らの資源、エネルギー、時間、人財を“真に重要なもの”に集中せよ

機会を追求するために、脂肪を削ぎ落とせ

 

これは、変化が激しいときや何が起こるかわからないときほど、また弱者であればあるほど肝に銘ずべきことではないかと思います。さらに、これは会社だけではなく個人にも言えることだと思います。あれもこれも手を出すのはやめ、最も重要なことに集中せよ、絞り込めということです。別の言い方で言うと、持てる強みを一点に集中せよということだと思います。

会社には、お金、時間、人など、色々な資源がありますし、皆さん一人ひとりも同様の資源を持っていますが、その持っている資源を一点に集中しなさいということです。

そして、どこに集中するかというと“真に重要なもの”に集中せよと言っています。

従って、何が真に重要なことか、先ずはそれを見極めることが一番重要なことであり、難しいことでもあるでしょう。そのために大事なことは、先ず、“真に重要なもの”とは何かを考えつづけることだと思います。そして、実際に、これだと決めたなら、他を捨ててでもそのことに集中することであると思います。

個人レベルの話では、自分の自由になる時間をどう使うかということでしょう。皆さんの中にも、時間があるとスマホをいじっていたり、テレビを見たり、ゲームをやっていたりする習慣がついている人はたくさんいると思いますが、それは“真に重要なもの”に時間という貴重な資源を集中しているとは決して言えないでしょう。たまに気分転換にゲームをするならともかく、その細切れの時間をもっと有意義なことに振り替えることもできたはずです。自分にとって大事なものは何か、それに対して時間やエネルギーをどう配分するかを考え、実践している人と実践していない人には時間が経てば経つほど大きな差が生まれるということです。乱気流の時代に生き残れるかはまず、ここにかかっているということではないかと思います。

 

また、機会を追求するためには、脂肪をそぎ落とせと言っています。同じことですが、大事なものに集中するためにはそうでないことをやめなさいということです。これは、特に仕事において言えることです。もし、あなたが、真に重要でないことに時間をかける癖がついていたら、すぐにやめるべきです。というのは、先月も言いましたが、これまでずっとやってきたからこれからも惰性でやるという現状維持の発想が最もイノベーションを阻害するからです。これは決して他人ごとではありません。皆さん自身の日常業務に当てはめて、自分は本当に重要なものに時間を集中しているかどうか考えてください。

 

ここで、先日訪問した会社の創業者の方の事例を紹介します。

先日、豊田市の郊外にある、加茂精工株式会社という精密部品を製造している会社を訪問してきました。色々な工作機械で精密部品を削りだしている会社だったので、製造システム第一本部の社員と一緒に行ったのですが、周りにはゴルフ場しかないところで、よくまぁこんな山奥に工場を作ったものだという印象でした。

ご担当の方から工場内をくまなくご案内いただいた後で、創業者であり、同社の製品を発明した発明家でもある今瀬憲司会長からお話を伺いました。

こちらの会社にお邪魔しようと思ったきっかけは「人を大切にする経営学会」の中部支部のセミナーで今瀬会長のご講演を拝聴したからです。会長は岐阜県美濃加茂市のご出身で、加茂精工という会社名もご自分の出身地にちなんだものだそうです。1964年に工業高校を出た後、愛知県内の自動車部品メーカーに就職し、機械設計を習得されたそうです。その後、言われたことだけをするのに耐えられなくなって独立し、1977年に自宅で小さな設計事務所を開業したそうです。そのころの仕事は、部品メーカーから仕様書をもらい、それを設計図に起こすという創造性のない仕事でした。食べていくためには仕方がないとはいえ、自分はオリジナルの設計がしたくて独立したのに、一生このままではいけないと一念発起して、自社製品を開発して自主独立のメーカーになることを目指し、1980年に加茂精工を設立したそうです。道は険しかったそうですが、試行錯誤を繰り返し、1986年にボール減速機を開発、その後も多くのオリジナル機械部品を開発し、海外でも特許を取得して、現在では従業員80名ほどの開発型部品メーカーに成長しています。2016年にはNHKの『スゴ技(わざ)』という番組で、単三電池たった3個で小さなモーターを回し、歯車の性能で冷蔵庫を持ちあげられるかという対決をして見事勝利するなどして紹介されたそうです。

会長は『小さな工場のものづくり魂』(幻冬舎刊)という本を出されています。この本の中に現状維持で凝り固まった下請け企業の実態を描く次のような一説があります。

下請けメーカーは「この厳しい時代に少なくとも食べてはいける。仕事がないよりはマシ。」と考え、目の前の仕事をこなすことに精一杯になります。

その結果、新規取引先の開拓や新製品開発などに取組む余力がなくなり、「思考停止」した状態になってしまいます。

この「思考停止」状況は、発注先にとっては好都合。「思考停止」した下請け先であれば、自社の要求に従順に対応してくれるので扱いやすいからです。

しかし、ひとたび景気が悪くなれば簡単に切り捨てられ、倒産や廃業の憂き目に会うのです。少ない利益で十分な体力もつけられず、滅私奉公しているだけでは明るい未来が見えるはずはありません。

目の前の仕事ばかりをして、思考停止になっていると、大きな変化が来た時に生き延びることができなくなるということです。以前、ワイルドダックという話(理念本セリオ第2巻参照)をしました。渡り鳥のカモであっても湖で永年餌をもらい飼いならされると、飛べなくなってしまう。ワイルドダックでなくなると、大雪が降って湖の水かさが増しただけで生き延びていけなくなるという話です。今瀬会長は、このワイルドダックではなくなった状態こそ、自社の利益しか考えない発注先にとっては大変好都合なのだとおっしゃっています。なぜなら、「思考停止」になった下請け先ほど扱いやすいものはなく、自社の要求に従順に、多少理不尽なことでも、言った通りに一生懸命やってくれるからです。

「思考停止」状態になるとはそういうことです。わが社の兄弟会社で、今はセリオデベロップメントと名前を変えましたが、以前の東洋電器という会社はまさにそういう会社でした。長年、自社設備も持たず、技術者も育成せず、ひたすら大手メーカーの注文にこたえることだけを考えて仕事をしていたと思います。パナソニックやシャープの下請けをしていたのですが、まさにひとたび景気が悪くなれば簡単に切り捨てられ、倒産や廃業の憂き目に会う”ことになりました。

発注先の急な業績悪化や景気の変動などは、先ほど申し上げた千葉の台風や長野の千曲川の氾濫よりも確率は高いと考えるべきでしょう。私が何を言わんかとしているかというと、中小企業経営において「思考停止」状態ほど恐ろしいものはないということです。その理由を会長はご自身の著書にこう明確に書いておられます。

低コストを売りにする発注先は、他社との競争に勝つため、下請け先に今まで以上の「コストダウン」と「納期短縮」を要求します。結局、好況時も不況時も下請け企業は、常にこの課題から逃れることはできず、やがてこの終わりのないレースに疲弊してしまいます。

大手から押し付けられた仕様書どおりに、言い値で、納期どおりに作っても、品質が担保されるわけではありません。こんな「官僚的なものづくり」をしていては、ワクワクなどするはずがありません。

変化の大きな時代だからこそ、「自分の会社の未来は自分で切り開く」という気概を今まで以上に持って臨まねばならないのではないでしょうか。

“真に重要なこと”は、他社にマネのできないような品質の良い成果物やサービス、ソリューションを提供することでしょう。ところが、発注先から“真に重要なこと”は、言われた通りに「コストダウン」や「納期」を守ることであり、常にそれを優先することだと教えられ、そこで頭が「思考停止」してしまった企業には、注文通り、寸分たがわず作ることが最高の「品質」だとしか考えられないのです。

 

SERIO4.0のテーマは 脱・「思考停止」のススメ

前回、わが社がセリオ4.0を合言葉に次のステップにイノベーションするにはクリエイティブになること(Be Creative!)キーワードだという話をしましたが、それは「思考停止」から脱却し、自分の頭で考えて自分の未来を切り開こうということです。

皆さんは未来工業という会社の名前を聞いたことがありますか。「日本でいちばん大切にしたい会社」にも選出され、坂本先生の本やいろいろなところで紹介されていますが、山田さんという方が創業した岐阜県にある有名な会社です。この会社には、会社中に“常に考える”という言葉が書いてあるのですが、以前訪問した際に、それが標語でもスローガンでもなく、この会社ではごく当たり前のことになっているように思えました。加茂精工さんも未来工業さんも、“常に考える”ことが仕事の中心概念になっている会社であり、“真に重要なこと”に集中している会社です。

 

脱・「思考停止」を実践するには、“真に重要なものは何か?何を取り、何を捨てるべきか?”を考えて、考えて、考え抜くことです。ただ漫然といつもと同じことをしたり、言われた通りに仕事をしたりしているだけではいけません。たとえば、何かの機会に他の会社を見学することもあると思いますが、単にどんな風に何を作っているかということを見るだけでなく、その会社にどんな風土が育成されているかどうかを見ようとするといいでしょう。そういう目に見えないものが見られるようになることも考えを深めるためには大事なことだと思います。

あと、最近とても気になるのが、いつの間にか「コピペ」を習慣化している方が結構多いのではないかということです。コピペ文化に染まることは、典型的な「思考停止」パターンでしょう。以前、会議の時に、本郷常務が、本当の意味で技術者が育たない原因としてそれを指摘していたと思います。「最近、自分で考えてコードを書いてない。どこかでコードをさがし、それをコピペして使っている人が多い。だから自分の頭で考えることのできる技術者が育たないのだ。」と言っていたと思います。大学の論文などもそういうのが多いそうです。皆さんも、インターネット等からかコピペして仕事が終わったように思っているとしたら厳しく自戒して、習慣を変えないといけません。それは、やってみれば難しいことではないはずです。最初は戸惑うかもしれませんが、どうすればもっと良い成果が出せるかを考え続けていくうちに面白くなり、気が付くと24時間考える癖がついてくるはずです。行き詰ったら、イノベーションして、それまでのやり方を捨てることです。そうして毎日毎日考え続けていくうちに創意工夫する力が現われてくるのです。これが、ドラッカーが指摘する乱気流を生き延びるための一番目の心得です。

 

2.資源の生産性を上げよ

二番目に、ドラッカーは、

資源の生産性を上げよ。

あらゆる資源の生産性が危機的な状況にある。

あらゆる資源が不足する

と述べています。

下の数字は何の数字かと言うと、ある「キーワード」が掲載された日経新聞の記事の数の推移です。

2011年に89件だったのが、2018年には4336件と急激に増えていますが、皆さん、その「キーワード」が何であるかわかりますか?

それは「人手不足」という言葉だそうです。

ドラッカーは、もっと何年も前に「あらゆる資源が不足する」と言い切っていたわけですが、その予言どおり、まさに現代は人財という資源が不足する時代になっていると言えるでしょう。

 

しかし、最近の人手不足は、これまでのような単純な人手不足ではありません。それは、人出不足と言われている反面、AIの普及によってなくなる仕事もたくさんあるからです。例えば、先日もある大手銀行の役員と話をしていたのですが、その方は「最近は人出不足で困っている。いい学生が全然採れないし、採ってもすぐ辞めてしまう」と言っていました。しかし、一方で、その銀行では、今後数年以内に一万人単位で人員を減らすことを公表しています。それは、キャッシュレス化を進めたり、形式的なローン審査のようにAIがしたほうが間違いなくできることはAIにやらせたり、フィンテックを駆使した業務改革を行ったりすることで、そういう業務に従事していた社員が要らなくなるからでしょう。

つまり、一言に人手不足と言っても、有用な人財という意味での人が不足しているということで、AIに取って代わられるような仕事をしていた人は逆に不要になっているのです。

 

これから起きる深刻な事態は、これまで有名大学を卒業した方々がやっていた知的業務と言われていた仕事の多くをAIが代替してしまうことでしょう。皆さんも、どこかで今後10年間にAIに代替される職種100とかいうリストを見たことがあると思いますが、かつて工場にロボットや自動生産の機械が導入されたときに、ブルーワーカーが大量に失業したのと同じことが起きることもあり得るのです。すでにある大手コンピューター会社では、AI人材を年収数千万円で雇うと言っている一方で、45歳以上の社員については、希望退職者を募るなどして1万人近くリストラをすると公表しています。このように、多くの会社が深刻な人手不足で悩む一方で、リストラを加速させ、街には失業者があふれるという不思議な社会が近づいているようにも思います。多分、AIに仕事を奪われた人は、低賃金の単純作業に再就職するか、失業するかの選択を迫られることになるでしょう。

だとすれば、これからの時代、なんで勝負するのか?そこが問われるわけです。AIが普及する時代にAIの得意なことで人間が勝負を挑むのは、先の大戦で米軍のB29爆撃機を竹やりで撃退しようとしたのと同じようなものでしょう。

先ずは、これまで当たり前だったことが変わってきていることを受け入れることでしょう。先ほども言いましたが、最近大企業の採用担当者は、「いい人材がまったく採用できない」と嘆いています。しかも、やっと採用しても、多くの大企業で大量の社員が入社3年以内に退職しています。それは、これまで有効だった大学というスクリーニングが機能しなくなっていることを意味しているのだと思います。

これまで、大企業などでは、偏差値の高い大学に進学できた人や資格試験に合格した人に対して、相当高い確率で「出世」が担保されていました。高卒と大卒、大卒でも有名大学を出たか、難しい資格を取ったかどうかで生涯賃金に大きな違いが生じていたため、子供に「いい大学」に行かせることは、親にとって比較的ローリスク・ハイリターンな投資でした。企業側にしてみても、偏差値の高い大学に入学できる学力のある人さえ採用していればよく、そういう人は実際の業務でも高いパフォーマンスを発揮することを実証していたわけです。従って、名門と言われるような会社は、どこも、表向きは人物本位などと言いつつも、実態は出身大学や出身学部、成績や資格等を重視した採用をしてきました。ところが、この図式が崩れ、ツケが回ってきています。そのことは、今回皆さんにお届けした理念本「セリオ」第5巻にも巻頭言でこのように書きました。

 

“本書では、近年すさまじい勢いで加速するデジタル革命にも言及しましたが、時代の流れはどんどん変化しています。人生という川の途中で岩場にたどり着いたからといって以前のように安心していてはいられなくなりました。有名大学に合格しさえすれば安心、特定の大企業に入社しさえすれば安心、この資格を取りさえすれば安心と思われていた「幸福への入場券」はいつの間にか使えなくなりました。本書は、そうした時代背景の中、「社員の幸福実現」という経営理念実現に対して、経営者としてどう向き合うべきかという決意を述べたものです。”

 

これは皮肉でも何でもありません。世の中は、学歴や資格ではなく、AIやITでは代替不能な人財が求められる時代に変わっているのです。しかも、そうした柔軟な発想で自ら価値創造できるようなクリエイティブな人財は、思考停止状態の古い体質の企業などは見向きもしないため、ますます人手不足は加速しています。

 

ここで、経営者としてなすべきことは、第一に資金の生産性を上げることです。これは私の得意分野でもありますが、資金の生産性向上は『財務的思考』ができるかどうかにかかっています。ここは時間の都合もあるので今日は深入りしません。

次に、時間の生産性を上げることです。いつも申し上げていますが、あらゆる資源のうち最も高価なものは「時間」です。タイムベースマネジメントとは、分かりやすく言えば、同じ時間で今の二倍の生産性を上げることです。先ほどの今瀬会長のようにクリエイティブな仕事をすれば、二倍どころか何百倍、何千倍にもなるでしょう。そういう人財はAI時代にも間違いなく引っ張りだこになるでしょう。

 

3.成長をマネジメントせよ

ドラッカーは、成長には三つの種類があると言っています。

三つの成長とは、

①健全な成長

主要資源の生産性を上げる成長

②害はあっても益のない不健全な成長

資源の生産性を上げもせねば下げもしない

脂肪太りのような成長

③命を危うくする悪性の成長

がん細胞の増殖のような成長

であり、自社の成長を悪性のものへ導いてはならないと締めくくっています。

 

さて、この「健全な成長」「不健全な成長」「悪性の成長」とはどんな成長でしょうか?

ずばり、わが社で言えば、「健全な成長」とは「社員の幸福実現」を筆頭にいわゆる「五方よし」の経営を促進する成長でしょう。そして、それを阻害するようなものが「不健全な成長」であり、真逆の経営をすることが「悪性の成長」でしょう。

たとえば、目先の売上や利益を増やすために、

・「より下請け的な仕事」

・「より価格競争の厳しい仕事」

・「より景気頼り、市況頼り、国の政策頼りの仕事」

などを増やす経営で成長させることでしょう。

また、先述の通り、経営者が「思考停止」状態に陥って、過去こうして成功したからこれからもそうするというような経営で大きくしていけば、やがて間違いなく事業は成り立たなくなるでしょう。

 

また、気をつけておかねばならないこととして、坂本先生がおっしゃる通り、大企業と中小企業はまったく違う生き物だということを認識しておくことです。“像が蟻より優れているわけではない”ように、企業も、決して大きいから優れているわけではないということを理解し、従業員数や売上高なども、自社にとって適正な規模にとどめることも知恵だと思います。

「単に大きくなること」は成長ではなく、膨張にすぎません。それには何の意味もないのです。従って、経営担当者は、自らの組織が大きくなる必要があるか否かを知っておかねばなりません。そのためには、自らの事業が成長に適した市場か否か、成長してよい健全な事業であるか否かをしっかり見定めておくことが大事です。そういう意味でも、「思考停止」経営は、特に変化が激しい時ほど「不健全な成長」を助長し、「悪性の成長」を促すことになってしまいます。これは、経営幹部だけが考えればいいということではなく、社員のみなさんの未来に大きくかかわることだけに、自分のこととして考えるべきテーマであると思います。

先ほども申し上げましたが、ATMの導入で銀行の窓口が消滅したように、デジカメの普及で街のDPE屋さんが姿を消したように「すでに起きている未来」では、AIに代替される大量の仕事(約47%)が消滅すると言われています。

「人を大切にする経営」とは、お人よしの温情主義経営ではありません。本来AIに代替すべき仕事をさせたまま、飼い殺し的に雇用を維持するような経営ではなく、AIにできる仕事は積極的にAIにやらせ、社員にはAIにはできない、より高いWTPを創造する仕事ができるように導いていくことだと思います。

 

4.人財の育成に注力せよ

 

4つ目の心得は、人財育成です。

人を育成し、責任ある地位につけることが今日ほど求められている時代はない。

人財を生産的な存在に高めることこそがマネージャーにとって最大のチャレンジである。

 

AI時代に必要な人財とは、“有効供給の創造”や“WTPの創造”ができる人財だと思います。それは「自分の頭で考えることのできる」人財でもあります。皆さんは、それをあまり難しく考える必要はありません。「考える力」は、生まれつきの部分もありますが、努力の余地もたくさんあるからです。そのためには、先ほども申し上げたように、先ずは、コピペの習慣を捨て、自分の頭で考える習慣をつけることです。

 

以上、今月は、乱気流時代を生き延びるための知恵として

  1.資源を機会に集中すること

  2.資源の生産性を上げること

  3.成長をマネジメントすること

  4.人の育成に注力すること

について話をしました。

来月も引き続き、SERIO4.0のキーワードであるBe Creative! How to become a Creative Personをテーマにお話したいと思います。