「創造的な仕事」をするために

今月も、「SERIO4.0」 と名付けた来年から始まる中長期計画のメインテーマである『Be Creative!  How to become a Creative Person』についてお話したいと思います。

年末も近づき、恒例の人生計画を更新する時期になりました。このテーマは、来年の人生計画手帳の目標に書く私の『ありたい姿』でもあります。クリエイティブな人間になりたいと思い、How to become a Creative Personを日々考え、Yes, I can!と毎日毎日唱えていると私のような凡人でも何か創造的な仕事ができるようになるのではないかと思っています。

前々回、前回は、近い未来に起きることを考えれば、クリエイティブな人間になることが皆さんの幸せに大きく影響すると思いますよという話をしました。それは、デジタル社会に代表される乱気流の時代において、AIに代替されない「創造的な仕事」ができるかどうかにかかっているのではないかという問題提起でした。

セリオの会社のロゴマークは鳥の羽がモチーフですが、隼のように自由に羽ばたくようになりたいというイメージを表しています。自由に羽ばたける環境はこの10年で作ってきました。それは、社員が自分の意思で自分の将来を決めることができる―「選択の自由」を持つ会社にしてきたということです。では、なぜ、SEIRIO4.0なのかというと、それは、社員が会社から与えられた選択肢を選ぶ「選択の自由」の次の段階である「創造の自由」を行使する段階を目指しましょうということです。私自身も社員の皆さんも翼を持ち自由に飛翔していける会社にしていきたいのです。

 

今日は「創造的な仕事をするために」というテーマで、ヒントになる事例をご紹介したいと思います。

最初にプロローグとして、私の経験をお話します。題して「成功の入り口」です。

 

成功の入り口」

 

順調に歩んできた人生でしたが、

30歳後半からいくつか大きな失敗をしました。

反省し、努力してもまた失敗し、挫折して、傷つき、

自分はダメなのではないかと思うこともありました。

 

とうとう失業して、仕事もなくなり、途方に暮れていた時、ある人から、

「あなたもやっと成功の入り口に立てたね」と言われたのです。

 

これは、私にとって大きな『一転語』でした。

 

ものの見方、考え方を全く逆にしてくれた言葉です。

この一言がなかったら、永年苦労して歩んできた道を引き返していたかもしれません。

 

その後、色々な経験をし、不思議な縁でこの会社の経営者になり、

「社員の幸福を実現する」という終わりのない目標を経営理念に掲げました。

 

何度か、自分の力だけではどうにもならないような苦境に立たされたこともありましたが、その度に「これでやっと成功の入り口に立てた」と言い聞かせてきました。

 

 

経営者として、私の最大の仕事は「祈る」ことだと思い、毎月ご祈願を続けています。

奇跡やご利益を祈ったことはありません。

理念実現のために、自分の心の汚れを落とし、心の中の発動機を回させてくださいと祈るのです。

 

もうひとつ、経営者としての大切な仕事として、大きな困難を乗り越え、

奇跡的な成功を収めてこられた先輩経営者の方々に教えを乞うことを続けています。

皆さん、偶然や奇跡に頼ることなく、失敗の山を踏み越え、

淡々と苦難や困難に向き合ってこられた方々です。

その方々に共通していること。

 

それは、名誉や地位や財産などには目もくれず、高貴な義務を自らに課し、自分を鍛え続けてきた事実と限りない優しさです。

 

2年かかるか、3年かかるか、10年かかるか、分からないことを実現したいと「思い」、実践し続けている人がいたら、変人どころか気が狂っているように見えるかもしれません。

でも、それが「創造的な人間」になるための王道なのではないかと思います。

 

ちょっと解説します。

順調に歩んできた人生でした、というのは、ある程度そうだったのではないかと思います。地方ではありますが、比較的有名な私立中学・高校に入り、現役で大学に合格し、就職の際にも、オイルショック後の就職難の時代ではありましたが、一発で第一志望の大きな銀行に入り、都心の支店で数年過ごした後、丸の内の本店に異動し、有名な大企業ばかりを担当するという、サラリーマンとしては絵にかいたようなエリートコースを歩んできたわけです。

34歳で銀行を辞めてからも、次の組織で数年は順調だったのですが、役員的な立場になった40歳前くらいから、自分でも天井にぶつかったのがわかりました。今考えれば、あまりにも出世が速すぎたのと、しばらく力を貯めてから再起しなさいという意味での温情人事だったと思うのですが、左遷や降格も経験し、かなり落ち込みました。反省し、努力しても方向性が間違っているので、努力逆転になって失敗する繰り返しでした。挫折して、傷つき、自分はダメなのではないかと思うこともありました。軽い“うつ状態”になっていたと思います。そして、とうとう失業して、仕事もなくなり、家族を抱え、収入もなくなってしまったのです。

そんな時、「あなたもやっと成功の入り口に立てたね」と言われたのです。

これは、本当に、本当に私の人生観を180度変えてしまうくらいのまさに『一転語』でしたが、最初は、まったく意味が分かりませんでした。「今がまさに人生のドン底、失意のドン底だね。」と言われるならわかりますが、なぜこれが「成功の入り口」なんだろうと思いました。そして、幸い金銭的な貯えがあったので、この意味が本当に理解できるまで、1年くらいエネルギーを充電しよう、焦って仕事探しをするのはやめようと思い、毎日たくさん書物を読んだり、精神統一をしたりしてずっとその意味を考え続けました。

そして、私なりの答えを見つけたのです。今まで私が成功していたと思ってきたことは、本当の意味の成功ではなかった、これまでニセモノの成功を求めていたが、今やっと本物の成功への入り口に立てたのだという風に思えるようになりました。

どういうことかと言うと、それまでの私は、外部のモノサシで測れる基準—世間的に有名であることとか、高い年収とか、同期より早く出世することとか、地位や役職とか、そういうものを得ることが成功だと思い、それを手に入れようと必死に努力してきたことが分かりました。そして、誰かが引いてくれた成功のレールの上を他の人より早く走ることが成功だと考えていたのです。要するに成功の基準、幸福の基準が外部にあったのです。

ところが、人生の半分くらいに来た時に、そのレールから見事に脱線し、転落してしまったおかげで、これまでとは全く違うレールを自分で敷いて走るスタート地点に立てたのだと思ったのです。それは挫折でも失敗でもなく、自分だけの成功、自分の内なるモノサシで測ることのできる成功です。

 

そういう意味で、ものの見方、考え方を全く逆にしてくれた言葉です。本当にこの言葉に出会えたことに感謝しています。この一言がなかったら、永年苦労して歩んできた道を引き返していたかもしれません。

その後、色々な経験をし、不思議な縁でこの会社の経営者になり、「社員の幸福を実現する」という終わりのない目標を経営理念に掲げました。これまでご紹介したように、その後何度か、自分の力だけではどうにもならないような苦境に立たされたこともありましたが、その度に「これでやっと成功の入り口に立てた」と言い聞かせてきました。

 

経営者としての、私の最大の仕事は「祈る」ことだと変わったことが書いてありますが、これは常日頃本当に実行していることです。私は、毎月ご祈願をすることを自分に課しています。社員の皆さんが幸福になり健康でありますようにと祈ることはありますが、商売繁盛、事業成功という名目で奇跡やご利益を祈ったことはありません。ではどういうことを祈るのかと言うと、心が汚れていないか教えてくださいと祈っています。経営判断をしていく際に、私利私欲にとらわれることなく、私心なく純粋に理念実現のために、神様に見られても恥ずかしくない心で経営をさせてくださいと祈るのです。要するに、祈願は私にとって心の中の発動機を回すためのルーチンなのです。

 

もうひとつ、経営者としての大事な仕事として、大きな困難を乗り越え、奇跡的な成功を収めてこられた先輩経営者の方々に教えを乞うことを続けています。

まずは坂本先生です。先週はなんと4日間もご一緒させていただきました。本日は、以前朝礼でも紹介したことがある社会福祉法人雲南ひまわり福祉会の田本事務局長さんがゲスト参加してくださっていますが、もちろん当法人とのご縁をくださったのは坂本先生です。田本さんは、若い方ですが尊敬すべき立派な経営者です。福祉の業界では、離職者が多く大変なのですが、40数名の職員が在籍している雲南ひまわりさんはなんと8年間もひとりの退職者も出していません。6割、7割退職するのが当たり前の業界で、一人も辞めないのは奇跡です。2019年3月に「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」を受賞され、先般、人財部の皆さんたちと一緒に訪問し、その秘密を教えていただきました。

特徴的なことは、職員の定着や退職ゼロを目標にはしていないことです。退職ゼロというのはあくまでも結果であって目標ではないのです。様々な試行錯誤というか失敗の山を踏み越え、淡々とできることを実践してこられた結果が退職者ゼロという「奇跡」になったわけです。

私が理念を制定した時、最初に坂本先生にご紹介をお願いしたのが徳武産業の十河会長と日本レーザーの近藤会長です。

徳武産業は、高松のはずれの田んぼの真ん中にある小さな会社です。そんなところで世界中のお年寄りが安心してはける靴を作りたいという崇高な使命感で経営を続けておられます。結果的に介護用の靴のシェアでは日本ではトップになっていますが、それは結果にすぎないのです。この会社のすごいところは、いいものを世の中に広げるために特許をとっていないことです。12月9日NHK「逆転人生」に十河会長が出演されるそうですので、ぜひご覧ください。

近藤会長は当社のMBOの師匠でもあります。お二人とも結果的には奇跡のような経営を実践されていますが、直接お話を聞けば聞くほど、偶然でも奇跡でもありません。色々な苦難や困難に遭遇するたびに、社員のため、世のため、人のためを願い乗り越えてこられた方々です。

東海バネの渡辺会長や天彦産業の樋口社長は、人を大切にする経営、非価格競争経営など経営者としての「あり方」を教えてくださる師匠です。

 

こうした方々に共通していることは、名誉や地位や財産などには目もくれず、高貴な義務を自らに課し、自分を鍛え続けてきた事実と限りない優しさです。会社では厳しいが、性根が優しい方々ばかりで、親しくさせていただき、勉強させてもらっています。

 

2年かかるか、3年かかるか、10年かかるか分からないことを実現したいと「思い」、実践し続けている人がいたら、変人どころか気が狂っているように見えるかもしれません。というのは、多分そういう人を現在進行形で見るとちょっと大丈夫かという気がするわけです。

 

でも、それが「創造的な人間」になるための近道ではなく、王道なのではないか、これが今日の私の問題提起です。今日は、その実例とも言うべき方、偶然や奇跡に頼らないで、失敗の山を乗り越えて「創造的な仕事」をした方を二人ご紹介します。ぜひ一緒に考えていただきたいと思います。

 

一人目はこの方です。

 

William Kamkwamba(1987~)

先日の台風の影響で千葉県の一部地域が長期間停電になり、大変なことになりました。しかし、世界に目を向けると、まだ十億人以上の人たちが電気のない生活をしているそうです。当然、そういう国では食べ物にも困っています。世界の人口が80億人と言われていますが、なんとそのうちの10億人もの人が電気もなく、食べ物にも困る生活をしているのです。最初にご紹介するのはそういう国に生まれた少年が起こした小さな奇跡の話です。

 

今から20年ほど前の話です。東アフリカのマラウイという世界でいちばん貧しいといわれる小さな国にウィリアム・カムクワンバという少年が住んでいました。マラウイにも、自動車やラジオなどの電化製品が普及していましたが、彼の住んでいた田園地帯では、電気も引かれておらず、依然呪術師が一番権威を持っていました。国民の8割は農民で、自給自足の生活をしていました。生きていくためには、自分の畑で主食のトウモロコシを育てなければなりません。彼も、お父さんと朝から晩まで炎天下の畑を耕すのが毎日の仕事でしたが、彼の両親は、子供の教育が大事だと考え、苦しい家計の中から学校に行かせてくれました。しかし、マラウイの中学校は授業料を払えなくなると退学させられてしまいます。

ウィリアムは、小さいころから、モノが動く仕組みがどうなっているか知りたくてたまりませんでした。「ラジオはなぜ遠くの人の声を伝えることが出きるのか?」「自動車はなぜ動くのか?」「CDプレーヤーはなぜ音が出るのか?」などと大人に聞いて回りましたが、誰一人としてきちんと答えられる人はいませんでした。そこで彼はその疑問を自分で解くことにしました。何をしたかと言うと、ゴミ捨て場に捨ててあった壊れたラジオを分解し、むき出しの回路基板をじっと眺めて、リード線の一本一本が、どんな目的でどうつながっているかを考え続け、太い針金を熱してジョイントを溶かしたりつないだりして考えたそうです。

「誰がリード線をこんなふうにつなぐことを考えたのだろう。その人はこんなに素晴らしい知識をどうやって手に入れたのだろう」などと考えながら、試行錯誤を繰り返すうちに、彼はいつしかラジオの構造が理解できるようになりました。さらに周波数と受信の仕組みも理解できるようになり、とうとう壊れたラジオを修理できるようになったのです。そして、中学校に入るころには、捨てられていた電池をつなぎ合わせ、残っている電力でラジオを動かすことに成功し、ラジオ修理で小遣いを稼げるようにすらなります。

そんなころです。マラウイに大雨が降り、川は氾濫し、洪水になり田畑の作物は全滅してしまいました。その後、日照りが続いたため、主食であるトウモロコシの収穫は激減し、大飢饉になり、とうとう餓死者が出始めました。政府の援助も行き届かず、ウィリアムの住んでいた地域の商店街はゴーストタウン化し、彼の家でも一日一食の生活を余儀なくされました。もちろん学費を納めるどころではなくなり、彼は学校にも行けなくなりました。

多くの若者は、その地域を出ていくか、刹那的な欲望を満たそうと自堕落な生活に走りましたが、ウィリアムは父親の手伝いをするかたわら、誰も行かなくなった小学校の図書館に通い、英語で書かれた本を読もうと、独学で必死に勉強を始めました。特に、彼は、一番知りたかった機械を動かす仕組みが書いてある物理学の教科書の本を繰り返し、繰り返し読みました。

ある日、ウィリアムは『エネルギーの利用』というアメリカの教科書を手に取ります。その本には、風車を使って電力を発生させることができると書いてありました。そして、こう考えたそうです。

風が風車の羽を回し、ダイナモの中の磁石を回転させ、電力を生み出す。ダイナモにリード線をつなげば、何にでも-特に電球に-電力をあたえることができる。つまり、風車さえあれば、僕たちは電気が使えるようになるのだ。

風車があれば、ほかのマラウイの人々と一緒に7時に寝るのではなく、一晩じゅうでも起きて、本を読んでいられる。

しかし、それ以上に重要なのは、風車があれば、ポンプで水をくみ上げ、飲料水や灌漑用水に利用できることだ。

揚水ポンプを僕の家の浅い井戸につなげば、年二回の収穫が可能になる。マラウイじゅうが食糧不足になる12月と1月の時期にぼくたち家族はその年二度目に収穫したトウモロコシのたくさん詰まった袋を運んでいるのだ。

その本を見ながら、書棚のそばに佇み、ぼくは自分の風車を作ろうと決意した。

(ウィリアム・カムクワンバ著「風をつかまえた少年」P218-219より抜粋)

 

ゴミ捨て場から色々な部品を探して拾ってきます。ボロボロの材料で風車を組み立てました。ペダルをこぐと発電する自転車のダイナモを風車に接続し、発電する装置です。それを櫓の上にくくりつけました。とうとう彼は、全く自分だけの力で、ゴミ捨て場から拾ってきた材料で風力発電のための装置を完成させたのです。そして、ついにそれを動かす日がやってきました。

「これはなんだね?」

「風で電力を起こすんです。これから見せるよ。」

「そんなことはできっこない。」

ぼくの家族以外に30人ほどの大人が集まり、子供たちも同じくらいいた。彼らは僕を指さしていた。

「この子の頭がどこまでいかれているか、みんなで見届けようや。」

さぁ行け。きみの出番だ。

ぼくはスポークをつかむと、ぐいと引き抜いた。羽がまわりはじめた。

「もっと早くまわってくれ」とぼくは祈った。

ちょうどその時、強い風が僕の身体に吹きつけ、羽が狂ったようにまわりはじめた。

もう一方の手に握りしめた電球を見つめ、奇跡が起こるのを待った。

ちらりと電球が光った。

それがやがて煌々と輝く堂々とした光に変わった。

心臓が破裂しそうになった。

「見ろよ。」誰かが言った。「電気がついてる!」

「あの子が言ってたことはほんとうだったんだ!」

全員が信じられないと言った眼を大きく見開いていた。

「ぼくは狂ってなんかいない!そう言っただろ?」

見物していた人々がひとり、またひとりと喝采の声をあげはじめた。

「ワチタブイナ(よくやった)!」

「すごいぞ!ウィリアム!」

「まさか、こんなことをやってのけるなんて!」

(ウィリアム・カムクワンバ著「風をつかまえた少年」P264-267より抜粋)

 

この話はしばらくして、マラウイの大学の先生に伝わり、イギリスの放送局に伝わり、彼はTEDに2回出演しています。TEDとは多くの科学的な研究をした人がスピーチをする番組です。是非YouTubeでご覧ください。一回目は、彼は高校生の時に初めて呼ばれました。英語もまだたどたどしい頃です。その後、色々な方の援助で米国の大学に進学し、現在では世界中で啓蒙活動を続けています。この話は映画になり、今年の夏には日本でも公開されました。

これが最初の「創造的な人」の事例です。

 

 

中村裕さん(1927-1964)

1927年 中村裕(ゆたか)さんは大分県別府市に生まれました。

1952年 九州大学医学専門部を卒業後、 同大学の整形外科医局に入局しました。 福岡県の炭鉱労働者の事故と向き合ううちに、当時未開の分野であった医学的リハビリテーション研究の道を歩み始めました。

1960年  中村さんは、リハビリ研究のため欧米へ派遣されることになります。そして、英国のストーク・マンデビル病院で、脊椎損傷患者の治療で世界的な名声を得ていたルードヴィッヒ・グットマン博士の指導を受けることになります。グットマン博士は、ヨーロッパ中央部の生まれですが、ナチスの迫害を逃れて亡命してきたユダヤ人でした。

 

グットマン博士は、中村さんに「ここの脊椎損傷患者の85%は6か月の治療と訓練で社会復帰をしている」と語りました。中村さんは半信半疑でした。なぜなら、当時日本では脊椎損傷患者は「再起不能」が常識だったからです。重度障がい者といえば聞こえはいいですが、患者は「生きるしかばね」であり、「死んだも同然」の扱いを受けていたのです。「どうせ、日本の若い医者だからからかわれたのだろうが、もし何か特別な治療法があるなら日本に持って帰ろう」そう考えた中村さんは、グットマン博士の手術を見学しました。しかし、その技術は自分たちとあまり変わりませんでした。中村さんは他の医師に「どんな秘密があるのか」と尋ねると、「グットマン博士は神様でも魔術師でもないよ」と軽くあしらわれてしまいました。

その後も中村さんは「秘密」をつきつめようとレントゲン写真を調べたりしましたが、さっぱり分かりません。ところが、あるとき、回診の際に医者と看護師以外の人間が混じっていることに気付きました。それは当時の日本には存在しなかった、理学療法士や作業療法士、ソーシャルワーカー、就職斡旋員の人たちでした。そして、信じられない光景を目にします。

中村さんは、車いすの患者がバスケットボールをしているのを見て衝撃を受けます。「何だ、これは。考えられない・・・」当時の日本では、車いすの障がい者は社会生活を行うことさえ難しく、ましてスポーツをすることなど考えられなかったからです。

中村さんはグッドマン博士に聞きます。

「一体なぜスポーツなんですか?」

「彼らには腕力や全身の体力をつける事が必要なのだよ。彼らはこれからの人生の長い時間を車椅子で生活していかなければならない。だから自分の行きたい所に行けるようにならなければならんのだ。」

「自分の力で。」

「そう、そして、スポーツをするのにはもう一つ大きな意味がある。体のリハビリだけではなく、心のリハビリだよ。」

「スポーツをすればそれをとおして仲間も増える。それにスポーツをすることで自分に自信もついてくるし、自然と今までより明るく積極的な性格にもなってくる。障害という困難を乗り越えてでも、もう一度社会に出て自分の力で生きていこうという意欲がわいてくるんだよ。」

(「太陽の仲間たちよ」より抜粋)

グットマン博士の言葉です。

 『患者に、失われたものを数えるのではなく、残された機能を最大限に生かすことを教える』

『患者が完全に社会復帰できるまで面倒を見るのが医療である』

これは正に中村さんにとっての一転語だったのではないかと思います。

日本の常識では考えられない、しかし正しい博士の考え方とシステムに接し、中村さんは決意します。

「グットマン博士!私に障害者のスポーツのことをもっと教えてください。」

「日本の障害者にもやらせてあげたい。心の痛手を治してあげたいのです!」

ところがグットマン博士の反応は冷ややかなものでした。

「本当に君にできるかな?」

「以前にも君と同じことを言った日本人はたくさんいたんだよ。しかし、いまだに実行している者はだれもいない。」「おそらく君もその一人だろう。」

 

この言葉に挑むように、帰国した中村さんは、患者にスポーツを奨励することを主張しましたが、すぐに大きな壁にぶつかります。医師たちからは「せっかくよくなったのに、また悪くなったらどうするんですか。患者に何かあったら責任が取れるのですか?」「余計なことを考えるな。医者の仕事は患者を治療することだけで十分なのだ」と反対されます。

また、患者の家族からは、「あんたは、障害者を連れ出して、サーカスのような見世物をやって金もうけでもしようと考えているのか!?」とまで言われます。

今回、中村さんの一生を書いた本を何冊か読んだのですが、この方は、批判や障害が出てくるたびに、逆にそれをバネにして奮起するような印象を受けました。絶対に逃げない、絶対に他人のせいにしない、絶対にやり抜くタイプの方だと思います。

中村さんが帰国して1年くらいたった1962年、地元の医師や行政を説得し、当時世界で唯一の障害者スポーツ大会だった、イギリスのストーク・マンデビル大会に、二人の日本人選手を送り込むことに成功します。その費用は、すべて中村さんが借金し、愛車を売って工面しました。そして「君にできるかな」と冷めた目で見られていたグットマン博士からも「よく頑張ったね」と温かく迎えられたのです。

 

去年、中村さんの一生が向井理さん主演で、NHKでドラマ化されましたが、その題名は「太陽を愛した人~1964あの日のパラリンピック」ですが、中村さんは「東京パラリンピックを創った男」として知られています。

 

東京オリンピックの興奮冷めやらぬ1964年11月8日、中村さんの努力で23カ国428名が参加して東京パラリンピックが開催されました。中村さんは日本選手団団長に選ばれ、日本の成績は金メダル1、銀メダル5、銅メダル4で、全体では13番目という成績でした。大会は無事終わりましたが、中村博士は複雑な思いに駆られていました。外国人選手は試合後も行動的で明るく、ほとんどの人が仕事を持っており健常者と同じような生活をしていましたが、一方、日本選手は弱々しく顔色も暗く、53人中仕事をしているのはわずか5人、他は自宅か療養所で世話を受けていたからです。

中村さんは「これからは慈善にすがるのではなく、身障者が自立できる施設を作る必要がある」と解団式で述べました。

そして、中村さんは、パラリンピック終了からわずか1年足らずの1965年10月、故郷大分の別府市に、障害者が働き、生活することを支援するための施設「太陽の家」を開設します。障害者を保護することが目的だったそれまでの施設とは違い、仕事やスポーツへの参加機会を作ることで障害者が経済的に自立し、地域社会に溶け込む基盤としての施設です。開所当初は、設備が十分に整ってはおらず、小さな作業所で7名の障害者が木工や洋装などを行う小規模な仕事からのスタートでした。

当時、中村さんの病院では多くの脊椎損傷患者を抱えていましたが、一般企業への就職の道は閉ざされていたからです。保護や慈善ではなく「チャリティよりも働く機会を」「世に心身障害者はあっても仕事に障害はあり得ない。」がモットーでした。それにしても、病院の院長として回診をし、外来患者の診察もし、障害を持った子供の施設の園長を務めながら、関係先の役所や団体に交渉を続け続けた体力と気力は驚異的ですが、何よりもすさまじいまでのタイムマネジメントだったと思います。中村さんは本当に不眠不休の行動だったと思います。

中村さんは、その後満足に給料も払えない作業所のような仕事ではなく、近代的な最先端工場で社会復帰させ、きちんと給料を稼いで納税する側に立たせたいと願い、企業訪問を開始します。しかし、突然の訪問に、どこに行っても門前払いされる日々が続きました。

最初に道を開いたのはオムロンの創業者立石一真氏でした。「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という社憲に照らし、障害者の雇用を促進することを決め、「オムロン太陽の家」を設立します。次に、ソニーの井深さんとホンダの本田宗一郎さんが名乗りを上げます。

本田さんの言葉です。

“この世に『障害者』という人種はいない。また、同じ人は一人もいない。人にはそれぞれ他にはない個有のすばらしい『持ち味』がある。その違いを互いに認め合う中に、一人の人間としての自立が生まれる。”

 

その後、三菱商事、デンソー、富士通などが次々に共同出資会社を設立しています。現在は、施設入所者だった重度障害者が取締役工場長として経営に参画し、立派に社会人として使命を果たしていらっしゃいます。別府市にある「太陽の家」には、障害者が利用するために設計されたスーパーマーケットや銀行もあります。

 

9月に開催された「人を大切にする経営学会」主催の見学会で私も訪問してきました。

障がい者用のカウンターのある銀行、車いすでも操作できるATM、障がい者が働くスーパーマーケット、そして、現在の太陽の家の全体の理事長と坂本先生です。理事長は三菱商事で会長職を経て就任された重度の障がい者の方です。

壁にはこんな言葉が掲げられています。

太陽の家の未来

君達の幸福は、全て誰にもまけない高質度の製品を作る

君達自身の努力にかかっている

太陽の家の社員は被護者ではなく労仂者であり後援者は投資者である

 

当日、三菱商事太陽というITの会社で説明してくださったのは、耳の不自由な方でした。オムロン太陽の家では、手足が不自由な方が精密な部品の組み立てをしていましたが、障がい者の方々だけのこれほど大きな会社を見たのは本当に初めてでびっくりしました。

中村さんは57歳という若さで亡くなりましたが、それから数十年経った今では、中村さんがまいた種が大きく花開いているのだと思いました。

 

冒頭のメッセージです。

 

2年かかるか、3年かかるか、10年かかるか、分からないことを実現したいと「思い」、実践し続けている人がいたら、変人どころか気が狂っているように見えるかもしれません。

でも、それが「創造的な人間」になるための王道なのではないかと思います。

       

今日は、偶然や奇跡に頼らないで、苦難や困難の山を乗り越えて「創造的な仕事」をした人を二人ご紹介しました。

何か参考になれば幸いです。

乱気流時代に生き延びる知恵 (脱・「思考停止」のススメ)

『令和』の幕開けは乱気流時代

今年もあと二ヵ月を残すのみとなってきましたので、今年を振り返ってみたいと思います。

何といっても、今年は元号が変わり『令和』の時代に入りました。10月22日には、新しい天皇陛下がご即位を宣言される「即位礼正殿の儀」が執り行われました。その日は国民の休日になり、国内外から様々な方がお祝いをするというおめでたいことがありました。また、ラグビーワールドカップでは日本チームの大活躍に国中が熱狂しました。令和の時代は明るいスタートであったようにも見えます。

一方、今年は、台風襲来で想定外の被害がもたらされました。9月の台風15号では、強風で千葉県を中心に大きな被害が出ました。風でゴルフ練習場のポールが倒れて近隣の家が破壊されるというとんでもないことが起きましたし、停電になって何週間も復旧しないということが起きました。いくら大きな台風とはいえ、首都圏の「電力供給」体制がこれほどぜい弱だとは思いませんでした。翌月の台風19号の時は、通過が予測された地域の人たちは前回のような強風を警戒しました。神奈川にある私の自宅でも窓にガムテープを貼ったりしていたのですが、今度は雨でした。これも予想をはるかに上回る被害が出ました。長野や千葉、群馬、栃木、宮城など広い範囲で70もの川が氾濫し、140か所で堤防が決壊するなど甚大な被害をもたらしました。気の毒だったのは、台風が通り過ぎてもう収まったと思ってから上流にたくさん降った雨で下流の川の水かさが増したため、川が氾濫して亡くなられた方がいらっしゃったことです。空中から撮影した映像を見ていると、私が子供のころ、まだきちんと堤防などができていない時代に見た映像のようで、本当にこれは『令和』の時代のことなのだろうかという感じでした。さらに、その被害が冷めやらぬ中、沖縄では突然、世界遺産の首里城が炎上するというショッキングなニュースが飛び込んできました。

国内の経済政策をみると、「働き方改革」ということで、仕事を長くするのはやめて、もっと休みなさい、早く帰りましょうということを政府が制度化しました。そして、10月には消費税が10%に上がりました。個人的には、税金を下げるから安心してたくさん休みなさいというのは理解できますが、税金は上げるけど休めというのには、それで本当に大丈夫だろうかという気はしないでもありません。

世界に目を向けると、ご存知の通り、米国・中国の貿易をめぐる対立は依然収まる気配がありません。また、中国関連では、香港のデモが過熱しています。7月に本郷常務と深圳と香港に視察に行ったのですが、そのころはまだのんきに香港の市内観光などもできたのですが、その後デモが過熱化し、今だったらとても行ける状況にはないと思います。また、北朝鮮は、相変わらず飛翔体と称するミサイルを発射していますし、お隣の韓国では、徴用工問題以降、異常なほど反日政策が活発になっています。日本製品の不買運動や安倍首相を糾弾する集会なども開かれているようです。韓国と取引のある会社には売上等にも影響が出ていますが、それ以上に韓国経済は深刻な状況にあるという話も聞いています。

こうして振り返ってみると、おめでたいこともありましたが、大きな災害や異変もあり、国内外のできごとを見るにつけ、『令和』の幕開けは何が起きるかわからない「乱気流の時代」であるといえるのではないかと思います。そこで、今日は、これからも続くであろう乱気流時代を生き延びるための知恵というテーマでお話しをしたいと思います。

 

乱気流時代を生き延びるにはどうしたらいいか?という問いに対して、ドラッカーは明確に4つの指針を述べています。(ダイヤモンド社刊『われわれはいかに働きどう生きるべきか』第8章「乱気流の時代を生きる」参照)

何もドラッカーがいうことは何もかも正しいというつもりはありません。しかし、私が、数十年間、色々な本を読み、実際に経営をしてみて、この本の中で、ドラッカーが分かりやすい言葉で言い切っていることが、極めて理にかなっていると思ったので、それをご紹介したいと思った次第です。

 

Managing In Turbulent Times(乱気流の時代に生き残るための4つの知恵)

  1.資源を機会に集中すること

  2.資源の生産性を上げること

  3.成長をマネジメントすること

  4.人の育成に注力すること

 

この4項目の私たちが心がけるべきことについて今日は話したいと思います。

 

1.資源を機会に集中せよ

ドラッカーは次のように言っています。

 

自らの資源、エネルギー、時間、人財を“真に重要なもの”に集中せよ

機会を追求するために、脂肪を削ぎ落とせ

 

これは、変化が激しいときや何が起こるかわからないときほど、また弱者であればあるほど肝に銘ずべきことではないかと思います。さらに、これは会社だけではなく個人にも言えることだと思います。あれもこれも手を出すのはやめ、最も重要なことに集中せよ、絞り込めということです。別の言い方で言うと、持てる強みを一点に集中せよということだと思います。

会社には、お金、時間、人など、色々な資源がありますし、皆さん一人ひとりも同様の資源を持っていますが、その持っている資源を一点に集中しなさいということです。

そして、どこに集中するかというと“真に重要なもの”に集中せよと言っています。

従って、何が真に重要なことか、先ずはそれを見極めることが一番重要なことであり、難しいことでもあるでしょう。そのために大事なことは、先ず、“真に重要なもの”とは何かを考えつづけることだと思います。そして、実際に、これだと決めたなら、他を捨ててでもそのことに集中することであると思います。

個人レベルの話では、自分の自由になる時間をどう使うかということでしょう。皆さんの中にも、時間があるとスマホをいじっていたり、テレビを見たり、ゲームをやっていたりする習慣がついている人はたくさんいると思いますが、それは“真に重要なもの”に時間という貴重な資源を集中しているとは決して言えないでしょう。たまに気分転換にゲームをするならともかく、その細切れの時間をもっと有意義なことに振り替えることもできたはずです。自分にとって大事なものは何か、それに対して時間やエネルギーをどう配分するかを考え、実践している人と実践していない人には時間が経てば経つほど大きな差が生まれるということです。乱気流の時代に生き残れるかはまず、ここにかかっているということではないかと思います。

 

また、機会を追求するためには、脂肪をそぎ落とせと言っています。同じことですが、大事なものに集中するためにはそうでないことをやめなさいということです。これは、特に仕事において言えることです。もし、あなたが、真に重要でないことに時間をかける癖がついていたら、すぐにやめるべきです。というのは、先月も言いましたが、これまでずっとやってきたからこれからも惰性でやるという現状維持の発想が最もイノベーションを阻害するからです。これは決して他人ごとではありません。皆さん自身の日常業務に当てはめて、自分は本当に重要なものに時間を集中しているかどうか考えてください。

 

ここで、先日訪問した会社の創業者の方の事例を紹介します。

先日、豊田市の郊外にある、加茂精工株式会社という精密部品を製造している会社を訪問してきました。色々な工作機械で精密部品を削りだしている会社だったので、製造システム第一本部の社員と一緒に行ったのですが、周りにはゴルフ場しかないところで、よくまぁこんな山奥に工場を作ったものだという印象でした。

ご担当の方から工場内をくまなくご案内いただいた後で、創業者であり、同社の製品を発明した発明家でもある今瀬憲司会長からお話を伺いました。

こちらの会社にお邪魔しようと思ったきっかけは「人を大切にする経営学会」の中部支部のセミナーで今瀬会長のご講演を拝聴したからです。会長は岐阜県美濃加茂市のご出身で、加茂精工という会社名もご自分の出身地にちなんだものだそうです。1964年に工業高校を出た後、愛知県内の自動車部品メーカーに就職し、機械設計を習得されたそうです。その後、言われたことだけをするのに耐えられなくなって独立し、1977年に自宅で小さな設計事務所を開業したそうです。そのころの仕事は、部品メーカーから仕様書をもらい、それを設計図に起こすという創造性のない仕事でした。食べていくためには仕方がないとはいえ、自分はオリジナルの設計がしたくて独立したのに、一生このままではいけないと一念発起して、自社製品を開発して自主独立のメーカーになることを目指し、1980年に加茂精工を設立したそうです。道は険しかったそうですが、試行錯誤を繰り返し、1986年にボール減速機を開発、その後も多くのオリジナル機械部品を開発し、海外でも特許を取得して、現在では従業員80名ほどの開発型部品メーカーに成長しています。2016年にはNHKの『スゴ技(わざ)』という番組で、単三電池たった3個で小さなモーターを回し、歯車の性能で冷蔵庫を持ちあげられるかという対決をして見事勝利するなどして紹介されたそうです。

会長は『小さな工場のものづくり魂』(幻冬舎刊)という本を出されています。この本の中に現状維持で凝り固まった下請け企業の実態を描く次のような一説があります。

下請けメーカーは「この厳しい時代に少なくとも食べてはいける。仕事がないよりはマシ。」と考え、目の前の仕事をこなすことに精一杯になります。

その結果、新規取引先の開拓や新製品開発などに取組む余力がなくなり、「思考停止」した状態になってしまいます。

この「思考停止」状況は、発注先にとっては好都合。「思考停止」した下請け先であれば、自社の要求に従順に対応してくれるので扱いやすいからです。

しかし、ひとたび景気が悪くなれば簡単に切り捨てられ、倒産や廃業の憂き目に会うのです。少ない利益で十分な体力もつけられず、滅私奉公しているだけでは明るい未来が見えるはずはありません。

目の前の仕事ばかりをして、思考停止になっていると、大きな変化が来た時に生き延びることができなくなるということです。以前、ワイルドダックという話(理念本セリオ第2巻参照)をしました。渡り鳥のカモであっても湖で永年餌をもらい飼いならされると、飛べなくなってしまう。ワイルドダックでなくなると、大雪が降って湖の水かさが増しただけで生き延びていけなくなるという話です。今瀬会長は、このワイルドダックではなくなった状態こそ、自社の利益しか考えない発注先にとっては大変好都合なのだとおっしゃっています。なぜなら、「思考停止」になった下請け先ほど扱いやすいものはなく、自社の要求に従順に、多少理不尽なことでも、言った通りに一生懸命やってくれるからです。

「思考停止」状態になるとはそういうことです。わが社の兄弟会社で、今はセリオデベロップメントと名前を変えましたが、以前の東洋電器という会社はまさにそういう会社でした。長年、自社設備も持たず、技術者も育成せず、ひたすら大手メーカーの注文にこたえることだけを考えて仕事をしていたと思います。パナソニックやシャープの下請けをしていたのですが、まさにひとたび景気が悪くなれば簡単に切り捨てられ、倒産や廃業の憂き目に会う”ことになりました。

発注先の急な業績悪化や景気の変動などは、先ほど申し上げた千葉の台風や長野の千曲川の氾濫よりも確率は高いと考えるべきでしょう。私が何を言わんかとしているかというと、中小企業経営において「思考停止」状態ほど恐ろしいものはないということです。その理由を会長はご自身の著書にこう明確に書いておられます。

低コストを売りにする発注先は、他社との競争に勝つため、下請け先に今まで以上の「コストダウン」と「納期短縮」を要求します。結局、好況時も不況時も下請け企業は、常にこの課題から逃れることはできず、やがてこの終わりのないレースに疲弊してしまいます。

大手から押し付けられた仕様書どおりに、言い値で、納期どおりに作っても、品質が担保されるわけではありません。こんな「官僚的なものづくり」をしていては、ワクワクなどするはずがありません。

変化の大きな時代だからこそ、「自分の会社の未来は自分で切り開く」という気概を今まで以上に持って臨まねばならないのではないでしょうか。

“真に重要なこと”は、他社にマネのできないような品質の良い成果物やサービス、ソリューションを提供することでしょう。ところが、発注先から“真に重要なこと”は、言われた通りに「コストダウン」や「納期」を守ることであり、常にそれを優先することだと教えられ、そこで頭が「思考停止」してしまった企業には、注文通り、寸分たがわず作ることが最高の「品質」だとしか考えられないのです。

 

SERIO4.0のテーマは 脱・「思考停止」のススメ

前回、わが社がセリオ4.0を合言葉に次のステップにイノベーションするにはクリエイティブになること(Be Creative!)キーワードだという話をしましたが、それは「思考停止」から脱却し、自分の頭で考えて自分の未来を切り開こうということです。

皆さんは未来工業という会社の名前を聞いたことがありますか。「日本でいちばん大切にしたい会社」にも選出され、坂本先生の本やいろいろなところで紹介されていますが、山田さんという方が創業した岐阜県にある有名な会社です。この会社には、会社中に“常に考える”という言葉が書いてあるのですが、以前訪問した際に、それが標語でもスローガンでもなく、この会社ではごく当たり前のことになっているように思えました。加茂精工さんも未来工業さんも、“常に考える”ことが仕事の中心概念になっている会社であり、“真に重要なこと”に集中している会社です。

 

脱・「思考停止」を実践するには、“真に重要なものは何か?何を取り、何を捨てるべきか?”を考えて、考えて、考え抜くことです。ただ漫然といつもと同じことをしたり、言われた通りに仕事をしたりしているだけではいけません。たとえば、何かの機会に他の会社を見学することもあると思いますが、単にどんな風に何を作っているかということを見るだけでなく、その会社にどんな風土が育成されているかどうかを見ようとするといいでしょう。そういう目に見えないものが見られるようになることも考えを深めるためには大事なことだと思います。

あと、最近とても気になるのが、いつの間にか「コピペ」を習慣化している方が結構多いのではないかということです。コピペ文化に染まることは、典型的な「思考停止」パターンでしょう。以前、会議の時に、本郷常務が、本当の意味で技術者が育たない原因としてそれを指摘していたと思います。「最近、自分で考えてコードを書いてない。どこかでコードをさがし、それをコピペして使っている人が多い。だから自分の頭で考えることのできる技術者が育たないのだ。」と言っていたと思います。大学の論文などもそういうのが多いそうです。皆さんも、インターネット等からかコピペして仕事が終わったように思っているとしたら厳しく自戒して、習慣を変えないといけません。それは、やってみれば難しいことではないはずです。最初は戸惑うかもしれませんが、どうすればもっと良い成果が出せるかを考え続けていくうちに面白くなり、気が付くと24時間考える癖がついてくるはずです。行き詰ったら、イノベーションして、それまでのやり方を捨てることです。そうして毎日毎日考え続けていくうちに創意工夫する力が現われてくるのです。これが、ドラッカーが指摘する乱気流を生き延びるための一番目の心得です。

 

2.資源の生産性を上げよ

二番目に、ドラッカーは、

資源の生産性を上げよ。

あらゆる資源の生産性が危機的な状況にある。

あらゆる資源が不足する

と述べています。

下の数字は何の数字かと言うと、ある「キーワード」が掲載された日経新聞の記事の数の推移です。

2011年に89件だったのが、2018年には4336件と急激に増えていますが、皆さん、その「キーワード」が何であるかわかりますか?

それは「人手不足」という言葉だそうです。

ドラッカーは、もっと何年も前に「あらゆる資源が不足する」と言い切っていたわけですが、その予言どおり、まさに現代は人財という資源が不足する時代になっていると言えるでしょう。

 

しかし、最近の人手不足は、これまでのような単純な人手不足ではありません。それは、人出不足と言われている反面、AIの普及によってなくなる仕事もたくさんあるからです。例えば、先日もある大手銀行の役員と話をしていたのですが、その方は「最近は人出不足で困っている。いい学生が全然採れないし、採ってもすぐ辞めてしまう」と言っていました。しかし、一方で、その銀行では、今後数年以内に一万人単位で人員を減らすことを公表しています。それは、キャッシュレス化を進めたり、形式的なローン審査のようにAIがしたほうが間違いなくできることはAIにやらせたり、フィンテックを駆使した業務改革を行ったりすることで、そういう業務に従事していた社員が要らなくなるからでしょう。

つまり、一言に人手不足と言っても、有用な人財という意味での人が不足しているということで、AIに取って代わられるような仕事をしていた人は逆に不要になっているのです。

 

これから起きる深刻な事態は、これまで有名大学を卒業した方々がやっていた知的業務と言われていた仕事の多くをAIが代替してしまうことでしょう。皆さんも、どこかで今後10年間にAIに代替される職種100とかいうリストを見たことがあると思いますが、かつて工場にロボットや自動生産の機械が導入されたときに、ブルーワーカーが大量に失業したのと同じことが起きることもあり得るのです。すでにある大手コンピューター会社では、AI人材を年収数千万円で雇うと言っている一方で、45歳以上の社員については、希望退職者を募るなどして1万人近くリストラをすると公表しています。このように、多くの会社が深刻な人手不足で悩む一方で、リストラを加速させ、街には失業者があふれるという不思議な社会が近づいているようにも思います。多分、AIに仕事を奪われた人は、低賃金の単純作業に再就職するか、失業するかの選択を迫られることになるでしょう。

だとすれば、これからの時代、なんで勝負するのか?そこが問われるわけです。AIが普及する時代にAIの得意なことで人間が勝負を挑むのは、先の大戦で米軍のB29爆撃機を竹やりで撃退しようとしたのと同じようなものでしょう。

先ずは、これまで当たり前だったことが変わってきていることを受け入れることでしょう。先ほども言いましたが、最近大企業の採用担当者は、「いい人材がまったく採用できない」と嘆いています。しかも、やっと採用しても、多くの大企業で大量の社員が入社3年以内に退職しています。それは、これまで有効だった大学というスクリーニングが機能しなくなっていることを意味しているのだと思います。

これまで、大企業などでは、偏差値の高い大学に進学できた人や資格試験に合格した人に対して、相当高い確率で「出世」が担保されていました。高卒と大卒、大卒でも有名大学を出たか、難しい資格を取ったかどうかで生涯賃金に大きな違いが生じていたため、子供に「いい大学」に行かせることは、親にとって比較的ローリスク・ハイリターンな投資でした。企業側にしてみても、偏差値の高い大学に入学できる学力のある人さえ採用していればよく、そういう人は実際の業務でも高いパフォーマンスを発揮することを実証していたわけです。従って、名門と言われるような会社は、どこも、表向きは人物本位などと言いつつも、実態は出身大学や出身学部、成績や資格等を重視した採用をしてきました。ところが、この図式が崩れ、ツケが回ってきています。そのことは、今回皆さんにお届けした理念本「セリオ」第5巻にも巻頭言でこのように書きました。

 

“本書では、近年すさまじい勢いで加速するデジタル革命にも言及しましたが、時代の流れはどんどん変化しています。人生という川の途中で岩場にたどり着いたからといって以前のように安心していてはいられなくなりました。有名大学に合格しさえすれば安心、特定の大企業に入社しさえすれば安心、この資格を取りさえすれば安心と思われていた「幸福への入場券」はいつの間にか使えなくなりました。本書は、そうした時代背景の中、「社員の幸福実現」という経営理念実現に対して、経営者としてどう向き合うべきかという決意を述べたものです。”

 

これは皮肉でも何でもありません。世の中は、学歴や資格ではなく、AIやITでは代替不能な人財が求められる時代に変わっているのです。しかも、そうした柔軟な発想で自ら価値創造できるようなクリエイティブな人財は、思考停止状態の古い体質の企業などは見向きもしないため、ますます人手不足は加速しています。

 

ここで、経営者としてなすべきことは、第一に資金の生産性を上げることです。これは私の得意分野でもありますが、資金の生産性向上は『財務的思考』ができるかどうかにかかっています。ここは時間の都合もあるので今日は深入りしません。

次に、時間の生産性を上げることです。いつも申し上げていますが、あらゆる資源のうち最も高価なものは「時間」です。タイムベースマネジメントとは、分かりやすく言えば、同じ時間で今の二倍の生産性を上げることです。先ほどの今瀬会長のようにクリエイティブな仕事をすれば、二倍どころか何百倍、何千倍にもなるでしょう。そういう人財はAI時代にも間違いなく引っ張りだこになるでしょう。

 

3.成長をマネジメントせよ

ドラッカーは、成長には三つの種類があると言っています。

三つの成長とは、

①健全な成長

主要資源の生産性を上げる成長

②害はあっても益のない不健全な成長

資源の生産性を上げもせねば下げもしない

脂肪太りのような成長

③命を危うくする悪性の成長

がん細胞の増殖のような成長

であり、自社の成長を悪性のものへ導いてはならないと締めくくっています。

 

さて、この「健全な成長」「不健全な成長」「悪性の成長」とはどんな成長でしょうか?

ずばり、わが社で言えば、「健全な成長」とは「社員の幸福実現」を筆頭にいわゆる「五方よし」の経営を促進する成長でしょう。そして、それを阻害するようなものが「不健全な成長」であり、真逆の経営をすることが「悪性の成長」でしょう。

たとえば、目先の売上や利益を増やすために、

・「より下請け的な仕事」

・「より価格競争の厳しい仕事」

・「より景気頼り、市況頼り、国の政策頼りの仕事」

などを増やす経営で成長させることでしょう。

また、先述の通り、経営者が「思考停止」状態に陥って、過去こうして成功したからこれからもそうするというような経営で大きくしていけば、やがて間違いなく事業は成り立たなくなるでしょう。

 

また、気をつけておかねばならないこととして、坂本先生がおっしゃる通り、大企業と中小企業はまったく違う生き物だということを認識しておくことです。“像が蟻より優れているわけではない”ように、企業も、決して大きいから優れているわけではないということを理解し、従業員数や売上高なども、自社にとって適正な規模にとどめることも知恵だと思います。

「単に大きくなること」は成長ではなく、膨張にすぎません。それには何の意味もないのです。従って、経営担当者は、自らの組織が大きくなる必要があるか否かを知っておかねばなりません。そのためには、自らの事業が成長に適した市場か否か、成長してよい健全な事業であるか否かをしっかり見定めておくことが大事です。そういう意味でも、「思考停止」経営は、特に変化が激しい時ほど「不健全な成長」を助長し、「悪性の成長」を促すことになってしまいます。これは、経営幹部だけが考えればいいということではなく、社員のみなさんの未来に大きくかかわることだけに、自分のこととして考えるべきテーマであると思います。

先ほども申し上げましたが、ATMの導入で銀行の窓口が消滅したように、デジカメの普及で街のDPE屋さんが姿を消したように「すでに起きている未来」では、AIに代替される大量の仕事(約47%)が消滅すると言われています。

「人を大切にする経営」とは、お人よしの温情主義経営ではありません。本来AIに代替すべき仕事をさせたまま、飼い殺し的に雇用を維持するような経営ではなく、AIにできる仕事は積極的にAIにやらせ、社員にはAIにはできない、より高いWTPを創造する仕事ができるように導いていくことだと思います。

 

4.人財の育成に注力せよ

 

4つ目の心得は、人財育成です。

人を育成し、責任ある地位につけることが今日ほど求められている時代はない。

人財を生産的な存在に高めることこそがマネージャーにとって最大のチャレンジである。

 

AI時代に必要な人財とは、“有効供給の創造”や“WTPの創造”ができる人財だと思います。それは「自分の頭で考えることのできる」人財でもあります。皆さんは、それをあまり難しく考える必要はありません。「考える力」は、生まれつきの部分もありますが、努力の余地もたくさんあるからです。そのためには、先ほども申し上げたように、先ずは、コピペの習慣を捨て、自分の頭で考える習慣をつけることです。

 

以上、今月は、乱気流時代を生き延びるための知恵として

  1.資源を機会に集中すること

  2.資源の生産性を上げること

  3.成長をマネジメントすること

  4.人の育成に注力すること

について話をしました。

来月も引き続き、SERIO4.0のキーワードであるBe Creative! How to become a Creative Personをテーマにお話したいと思います。

SERIO4.0 「すでに起きている未来」に向けて

※このコラムは、毎月月初に行われる本社朝礼で、社員向けにお話した内容を文章化したものです。

これは10月1日に本社で内定式が行われた際の写真です。来年度は11名の方が入社してくださる予定です。来年は新卒としては初めて外国人の学生さんが入社してくれますが、彼らが入ってくる2020年度から新しい中期経営計画がスタートします。下期から幹部の皆さんが計画を立ててくださるわけですが、今月は、その参考になる話をしたいと思います。

今日は、『SERIO4.0』というタイトルを付けましたが、これが来期スタートする中期計画のタイトルでもあります。なぜこのタイトルにしたかというと、これまでとは発想のステージが変わることを印象付けたかったからです。

経営計画を立てるときにどういう着眼点で立てたらよいかということは、3年前の経営計画を立てる際にも朝礼で数回に分けて細かくお話ししました(理念本セリオ・第3巻参照)が、一貫して言い続けていることは「すでに起きている未来」にミートするということです。この「すでに起きている未来」という言葉を私はよく使いますが、これは1990年台にドラッカーの本の題名にもなった言葉です。ドラッカーがポスト資本主義社会としての知識社会を表現した際に、それは「すでに起きている未来(Future that has already happened)」であると表現したのですが、その言葉に象徴されるドラッカーの考え方が当時30代後半ではじめて経営と向き合うことになった私の心にものすごく響きました。それは、未来というのは、当てずっぽうに予測するようなものではなく、現在の中にすでに起きているのだという考え方です。現在すでに起きている未来の種を原因と結果の流れでしっかり見ればそこには未来が確実に見えてくるものだということです。それから30年くらいたったわけですが、「すでに起きている未来は何か」を考えてきたつもりです。

ということで、今月は、私が社長になってから、これまでわが社で行ってきたイノベーションを時系列的に整理しつつ、これから向き合うであろう「すでに起きている未来」について話をしたいと思います。

 

1.SERIO2.0(2014-2016)で実施したイノベーションについて

 

分かりやすくするために、創業以降私が社長になるまでをSERIO1.0の時代とさせていただきました。SERIO2.0で実施したことは一言で言えば『理念経営への大イノベーション』です。これは、第二の創業と言っても過言ではないくらい、会社経営のあり方を土台から変える大転換であったと思います。会社の存在意義と経営目的を「社員の幸福を実現する」ことであると明確にした上で、そのためにどうやったらGoing Concernできるのか自分で考え実行するということを方針としました。そして、それまでは社長が行っていた経営判断を現場で行えるようにあらゆる仕組みを変えました。

会社経営的には、「人を大切にする経営学会」などで紹介されている他社の事例と同じようにコペルニクス的な大転換であったと思います。

具体的なイノベーションは以下の通りです。

 

第一に、MBOによってオーナー経営から独立(Independent)し、脱・同族経営を実現しました。

創業されたオーナーご一族が所有していた株式を役員幹部が全株引き取ったわけですが、これは全国的に見ても、未だに事例が少ないくらい画期的なことでした。これで社員が自主的に自由に経営できる基盤ができたわけです。

 

第二に、真の自由を実現するSelf Help型の組織風土を醸成し、脱・指示待ち型組織を実現しました。

最初の3カ年計画は「Rising計画」という名称にしたわけですが、これは新しい太陽を昇らせたいという思いで付けた名称です。これまでは、オーナーが太陽のような存在で皆さんを照らしていましたが、今度は社員の皆さん一人ひとりが新しい太陽となり、自分で会社を照らし、世の中を照らす会社になってほしいという思いを込めてつけたわけです。そのキーワードがSelf Helpです。各人が幸せになる義務があるのだから、誰かの指示を待つのではなく、自分で考えて、自分で責任をとって、自分で行動し、自分と仲間の幸せを実現していきましょうということです。

 

第三に、イノベーションを恐れない組織へ転換し、脱・現状維持を図りました。

イノベーションの方向性としては、知力ベースマネジメントとタイムベースマネジメントを打ち出しました。脱・現状維持というのは非常に重要な考え方です。以前も申し上げましたが、反対意見とか否定的な意見は決してネガティブ思考、マイナス思考ではないのです。イノベーションを恐れない組織に変えていく上で、最もこれを阻害する否定的な考え方とは何かというと、それは「今のままでいいじゃないか」という現状維持の発想です。何かやろうとした場合に、それはこういう理由でよくないとか、ダメだというのは、決して否定的な考え方ではなく、単なる反対意見です。そういう反対意見を言うことは、結構勇気もいりますし、エネルギーがいります。実は、発展を一番阻害するのは、「何もしないでいい、今までこうだったからこのままでいい」という現状維持の発想であり、これこそが否定的な考え方なのです。そこでそれを捨てましょうと強調したわけです。

要するに、すでに起きている未来に向かって、マインドセットを変えるという戦略が実施できる基礎固めをしたのがSERIO2.0であったと思います。

 

2.SERIO3.0(2017‐2019)で実施したイノベーションについて

SERIO3.0に相当する次の3ヵ年で行ったイノベーションはどんな内容だったかというと、

第一に、WTPの創造を明確な経営目標としました。

WTPという考え方は経営理念を制定した際からずっと掲げてはいましたが、具体的に計画としてチャレンジしたのは、次の3ヵ年計画からでした。そこで、これまで見たことのないような新しい顧客満足を創造し、新しいWTPを創造してほしいという願いを込めて、New Frontier計画という名前にしました。これは、脱・下請け宣言であり、脱・価格競争へのチャレンジでもあったかと思います。

 

第二に、業務内容的には受託開発型への業態転換を行い、脱・派遣型ビジネスを実施しました。

以前、当社は、新卒の社員を大手企業の保守メンテナンス要員として派遣する人材派遣型ビジネスが主体でした。こういう業務形態は、IT業界では一般的なものですし、経営サイドとしては、毎月安定的にキャッシュが入ってくるというメリットがありますが、人材育成という観点で見ると、十分な社員教育がしにくい業務形態であるため、IT業界の技術的な変化にともなってスキル的なミスマッチが起きやすく、また収入的にもなかなか上昇が見込めないため、非常に退職率が多いというデメリットがありました。極端な言い方ではありますが、ヒトという資源を使い捨てにする傾向が強いビジネスであるため、以前は当社も退職率が非常に高く、同期入社の6割、7割が辞めていくという状況でした。当社は昨年創業30周年を迎えましたが、入社20年目以上の方は少なく、多分8割以上の方が辞めていると思います。それは派遣型ビジネスを続ける限り必然的に起こることなので、理念に照らしてそういうビジネスモデルから脱却したわけです。

第三に、“人を大切にする経営”への脱皮です。人本主義経営、見えない資産経営への転換と言ってもよいと思いますが、脱・収益重視経営であり、脱・株主重視経営でもあります。

これは、まだまだ途上ではありますが、着実にそうした風土が根付きつつあると思います。これがSERIO3.0の内容であると思います。

 

3.SERIO4.0(2020‐2022)で取り組むべき「すでに起きている未来」への対応とは?

さて、ここからが今日の本題です。これからお話する内容の大半は、3年くらい前から役員が話をしていることであり、すでに幹部の方々は認識していることではありますが、来年から始まるSERIO4.0を考える際のヒントとして、協力会社の方々へもお話しておきたいと思います。

 

先ず、申し上げておきたいことは、計画を立てるに際しての前提は変わらないということです。経営理念を貫くという姿勢はピクリとも変わりません。“ちはやふる経営”とも言ってきましたが、これは不動です。また、基本的な戦略も変わりません。特に、すでに起きている未来に向かって、マインドセットを変えるということです。先ほども申し上げましたが、組織は直ぐ現状維持に陥るため、よほど意識しておかないとマインドセットをチェンジすることはできません。これが成功するためのキーワードだということを知っておいてほしいと思います。

 

エピソード① 「岡山県知事へのお礼状」

 

先月も少し話しましたが、8月末に、スタンフォード大学で開催された「米日カウンシル」に参加される岡山県の伊原木隆太知事に随行してシリコンバレーに行かせていただきました。この視察の内容については、山陽新聞に2回ほど掲載され、OHKでも夕方のニュースで特集されたそうです。私は、以前このコラムでもご報告したことがありますが、5年前に知事が訪問された際にも随行させていただきました。当社以外には、県内の4つの会社の社長さんと社員の方が参加されましたが、どの会社も随行は今回が初めてでしたが、皆さんシリコンバレーでビジネスのきっかけをつかんで、自社の製品を世界的に展開したいという熱い思いを持たれている素晴らしい方々ばかりでした。

シリコンバレーには、これまでも業界の視察等で何度か訪問させていただいていますが、現地で活躍されている日本人のコンサルタントの方やスタートアップの経営者の方とお話する機会はほとんどありませんでした。今回は、知事とご一緒に話を聞くという機会をいただけたため、そういう方々にたくさん会うことができました。帰国後、県知事にお礼のお手紙を書いたので、その手紙の一部を引用しつつ、今私が感じている「すでに起きている未来」についてお伝えしたいと思います。

 


岡山県知事 井原木 隆太様
関係各位様

お礼と所感

セリオ株式会社 壹岐 敬

 この度は、米国ご出張に随行させていただき真にありがとうございました。知事並びに企画していただいた県庁の関係各位、ならびにご一緒いただいた企業の皆さまに厚く御礼申し上げます。

今回同行された他の企業様方とは違い弊社は海外での事業展開を考えているわけではなく、私の目的は、シリコンバレーで「すでにおきている未来」をできるだけ生の感覚で感じ取り、次の事業展開に生かすことでした。

具体的に申し上げれば、ビジネスモデルの変革の推進です。

世界で日本車が爆発的に売れたのは、長持ちする性能、燃費の良い車が安く買えることが一番の要因だったと思います。しかし、その競争力の背景にはエンジンや燃費の向上が数年単位でしか変わらなかったことがあります。しかし、これは年々級数的に性能が伸びる半導体や、新しい性能向上が毎月の様に加えられるソフトウェアの業界には当てはまりません。「長く故障しない」という価値よりも、「より便利になる」方の価値が高くなっているわけであり、私もこれまでもそこに着眼して当社のビジネスの方向性を転換してまいりました。

日本では、ソフトウェア業界においても、未だにお客様に、より完成度の高い製品(システム)をお届けすることが目的で、その後のメンテナンスは補助にすぎません。

ところが、この数年米国や中国を訪問した際に見てきたことは、システムを納品した後にどんどんリアルタイムで新しい付加価値(機能)を付け加えるビジネススタイルでした。

それはiPhoneやAmazonのアプリだけではなく、基幹システムにおいても自動車等のソフト開発においても実施されていました。

アジャイル開発とかDevOpsとかマイクロサービス化とかいろいろ言い方はありますが、重要なことは抜本的なイノベーションへの決断だと思います。

今回の訪米でも、巨大なレガシーシステムを抱えた企業が大胆なビジネスモデルの転換をしてきた生の事例を聞かせていただけたことは本当にありがたいことでした。

 


 

お礼状の冒頭にこういうことを書いたのですが、ここに書いてあるように「丈夫で長持ち」という価値よりも、「どんどん便利になる」という価値へのマインドセットの転換がシリコンバレーではもう何年も前からなされており、それは「すでに起きている未来」であるというところがポイントです。

ソフト開発的に言えば、システムを構築した後、リアルタイムでどんどん新しい付加価値(機能)を付け加える開発スタイルが米国や中国では普通になっています。そして、こうしたソフトウェアの開発は、従来のウォーターフォール型とは違う次元の開発の仕方になっています。それを、SoRとSoEの違いとか、アジャイルとか、DevOpsとか、マイクロサービスとか色々な言い方で言っているわけです。いずれにせよ、この数年、米国や中国ではそういうスタイルに変わっているのに、日本だけは一向に変わらないような気がします。その理由は、たくさんあると思いますが、やはり現状維持傾向が強く、「とりあえずこのままでいいのではないか」と思っているからではないかと思います。逆に、ここのところのマインドセットを変えれば新しい未来は開かれるのではないかと思います。そういう意味での「抜本的なイノベーションへの決断」これが、われわれが取り組みたいSERIO4.0なのです。

 

エピソード② SUBSCRIPTION  BUISINESS MODELについて

 

「すでに起きている未来」は、モノがあふれている世界(マテリアルワールド)であり、断捨離など捨てることそのものがブームになる時代、モノを増やしたくない時代でもあります。こうしたニーズに応えて登場したビジネスが最近いろんな業界で話題になっているサブスクリプション型のビジネスモデルです。衣料品の月額着放題はかなり一般的になってきましたし、最近では、カレーが月額3千円で食べ放題などというお店ができています。

 

このサブスクリプション型のビジネスモデルでは、「より便利になる」ことがネットを通じたソフトの更新で可能になることが最大の特徴です。皆さんもご存じのようにiPhoneとガラケーの違いもここにありました。従来の売り切り型ビジネスであれば、一度商品化した後で機能を追加するためには、機種変更して買いなおすか、回収して部品を交換したりせねばなりませんでした。ところがネットを通じてソフトの更新ができることで簡単にできるようになったわけです。

このビジネスモデルの特徴は、購入はあくまでもきっかけ(もしくは囲い込み)であることです。世の中の商売は、ソフトウェアの更新によってお金を稼ぐビジネスへと移行しています。中国のWeChatやアリペイがこの典型ですし、アマゾンもそうです。彼らは、もともとはゲームのサイトだったり、ネット通販のサイトだったりしたわけですが、その後ソフトウェアの更新によってコンテンツも機能も変化し、様々なサービスが課金型で受けられるようになっています。

かつてウィンドウズで世界を席巻したマイクロソフト社は、売り切り型のビジネスの典型企業でしたが、モバイルフォンOSへのビジネスチャンスを逃がしたあたりから時価総額ランキングが急低下しました。ビル・ゲイツは、全社のマインドセットを変えるためにインド人のサティア・ナデラ氏をCEOに抜擢し、ナデラ氏は『Hit Refresh(リフレッシュボタンをヒットせよ)!』を掲げて経営体制を一新し、SUBSCRIPTION型のクラウドビジネスに大転換して、時価総額上位に再浮上しました。ナデラ氏の著書には、わかりやすく「すでに起きている未来」への取り組み方が書かれています。それは、これから皆さんが体験するソフト開発にも間違いなく直結することでもあると思います。

 

エピソード③ SUBSCRIPTION BUSINESS MODELにおける企業業績について

 

また、このビジネスモデルへの変化は財務会計にも影響をもたらしています。どういうことかというと、サブスクリプションモデルでは、事業規模にもよりますが、初期投資が大きいため、足元の会計的な利益は下がる傾向にあり、アマゾンのようにずっと赤字が続くこともあるのです。確かに足元の利益は出ないのですが、長期的に使い続けてもらうことで現在の顧客の満足度を高め、将来の顧客も含めた囲い込みが可能になり、未来のキャッシュを生み出していくビジネスモデルなので、そこを投資家は評価しているのです。つまり、スナップショット的な会計的利益よりも、未来の利益の総額が評価される時代へ変わっているということです。

最近セミナーなどでよく使われる表で、企業の時価総額ランキングの比較表があります。その表を見ると、30年前は日本企業が30社くらいランクインしていて、上位は日本企業が独占していました。私が在職していた住友銀行など当時は世界で第3位だったのですが、今は残念なことに完全にランク外です。単年度では、メガバンクも近時大変立派な利益を計上しているのですが、株価に反映しないのは、長期的に見てビジネスモデルが評価されていないからです。日本企業では、トヨタ自動車が30位台にかろうじて1社入っているだけで、大半はGAFAに代表される米国のIT企業やアリババやテンセント等の中国の企業です。そういう会社の中には、単年度決算で見れば赤字の会社もありますし、配当もしていない会社もあります。日本では相変わらず、足元の利益を重視することが主流ですが、世界的には将来どれだけキャッシュを生むかが評価されているのです。最近、事業承継のためのM&A案件が増えていますが、そういう時の企業価値を考える際にもその傾向性はあるようです。私は、ビジネスモデルが時代遅れになっているのに、BS上に資産があるからその会社に価値があると考えるのはとんでもないことだと思います。いずれにせよ、我々は、未来にどれだけ価値を生んでいけるかを考える会社になることが大事だと思います。

 

 

自動車業界は消滅した?

 

「すでに起きている未来」の話を続けます。先日、名古屋で開催された「 オートモーティブ ワールド-クルマの先端技術展- 」という展示会を見学に行ってきました。地域的に自動車関連の会社が多いため大変多くの来場者で会場は混みあっていましたが、この展示会に行って一番感じたことは、自動車業界というのはもうなくなったのではないかということです。なぜなら、トヨタ自動車の副社長の基調講演から始まり、セミナーもたくさんあったのですが、車そのものの性能や乗り心地がどうかとかいう話はほとんどなかったからです。大半がCASE(Connected, Autonomous, Sharing & Service, Electric)に関連した話で、シリコンバレーで聞くような話でした。

ほんの100年くらい前に世の中の移動手段は馬車から自動車へと移行したわけですが、それと同じくらいの変化が現在ただいま起きているのではないでしょうか。大切なことは、「すでに起きている未来」として、CASE等の変化が既存の自動車業界をかつての馬車の立場に追い込もうとしていることでしょう。そして、その変化を主導しているのはIT技術だということです。

 

少し、話は変わりますが、最初に「iPhone」が登場した時に、日本の携帯電話メーカーの多くは、「うちでも作れる」と考えたそうです。しかし、そう考えた会社は一社も残っていません。それはなぜでしょうか。多分、彼らには「iPhone」がモノとしてしか理解できなかったのだと思います。ところが、「iPhone」が提供したWTPはサービスそのものだったわけです。彼らが、購入後に消費者が体験する満足感(User Experience: UX)を追求していたことが理解できなかったからではないかと思います。

今度は、自動車においても同じ間違いを冒すこともあります。例えば、テスラ―の車の構造を調べて「この車ならうちでも作れる」という発想に陥ってしまうようなことです。しかし、大切なのは「作れるかどうか」ではなく、「UXを創造(デザイン)できるか」です。どんな性能の車を作るかではなく、イーロン・マスクのような発想ができるかが問われているのだと思います。デザイン・シンキングは当たり前のことになってきていますし、そういう意味で、つくづく自動車業界という概念がなくなっていることを感じました。ちも、「自分たちの業界はここまででいいのだ」という固定観念に閉じこもり、「自分たちはここまでしかしないのだ」という自己限定をしていたら、きっとWTPを提供できなくなるに違いありません。

エピソード④ MaaSの世界

 

くだんのセミナーでは、MaaS(Mobility as a Service)に関連した話をたくさん聞くことができました。UBERやLyft、WAYMO、テスラ―等MaaS関連企業の最新動向や、シリコンバレーのスタートアップ企業や北欧で進んでいる移動サービスなどの話です。WAYMOという会社は聞いたことがない方もいると思いますが、グーグル(アルファベット)の子会社で自動運転関連のサービスを提供する会社です。

MaaSとは、車を所有したいというニーズではなく、移動したいというニーズにミートしたビジネスで、今までの販売モデルとは全く違うサービス(UX)を提供する巨大なビジネスチャンスであると思います。移動サービスは、95%の車が眠っている状況を打破し、稼働率を高め、シェアリングを前提として、いかに安く、補償等を含めた便利な選択肢を提供できるかが問われています。シェアリングについては、中国でもシェアバイクなどの事例を見てきましたが、行くたびにサービスの概念が変わっているので、変化スピードの速さには驚かされるばかりです。

具体的には、UBERやLyft 、WAYMOのように自動運転とシェアリングを掛け合わせた移動体自体のサービスを提供する会社移動情報に関連したプラットフォームを提供する会社の二つに大別されるようです。移動情報サービスとは、たとえば地点間移動の最適化を図るサービスです。ある地点まで行くのに、UBERを使ったらいいか、自動運転タクシーがいいかなどを瞬時に選択したり、その場合相乗りは可能かどうかなどの情報を提供したりすることです。また、ダイナミックプライシングという需給状況に応じた価格設定のサービスもこれに含まれます。たとえば渋滞の状況に応じて価格が変わるようなサービスのことです。また、移動コストを広告費化するサービスもあります。これは、日本でもアリババがインバウンド客向けに実施しています。日本を訪ねる中国からの旅行者をAIが選別して、高い買い物をしそうな人には、関空に降り立つと同時に携帯に「最寄りのアウトレットまで無料リムジンが送迎し、ホテルまでお送りします」などというメールが入るのです。そのリムジンの費用はアウトレットのお店が持つわけで、要するに移動コストを広告費化するわけです。データを活用することで、こういうサービスも増えてくるでしょう。

また、移動目的に応じてカスタマイズされた車内でのコンテンツサービスを提供する会社も続々と登場しています。

 

エピソード⑤ 2025年の崖

 

昨年、通産省が、『2025年の崖』と題して、「日本企業は大きな技術的負債を抱えており、このままではDXを実現できず2025年以降毎年最大12兆円の経済損失が発生するだろう」というレポートを提出し、警鐘をならしました。最近、この『2025年の崖』を乗り越えるにはどうしたらいいかということがいろいろなところで話題になっています。

日本企業のIT投資は、ほとんどが会社を運営していくための基幹システム等のランザビジネス(現行ビジネスの維持・運営)に用いられており、その金額は莫大です。ところが、そうした投資がビジネスモデルを変えるわけでもなく、直接的な収益を生むわけでもありません。しかも、過去の巨大システムのメンテナンスに莫大な費用がかかるため新しいビジネスを展開するための投資ができないのです。もし、この状態が今のままずっと続くと、2025年には日本の産業全体が崖から転落していく可能性があるのだということです。

先日、菅田将暉さんが主演した『アルキメデスの大戦』という映画を観たのですが、これと2025年の崖のイメージが重なりました。この映画は、アメリカとの開戦に際して、限りある貴重な資源を投入するなら、もっと戦争に役立つ航空母艦を作るべきで、お金ばかりかかって戦略上なんの役にも立たない巨大な戦艦を作ってはいけないということを理論的に証明し、その建造を阻止するための方法をあの手この手で考える科学者の話です。「日本は戦艦大和と心中する気なのか?」問うシーンがありましたが、巨大なモノリスシステムとともに倒れようとしている日本の産業界とダブって見えたわけです。

会計的な言い方をすれば、IT投資の不良資産化が進み、『IT負債』と化してはいないかということです。このことは、何年も前から指摘されてきたことではありますが、このレポートでようやく尻に火が付いた感があります。技術的にはモノリスからマイクロサービスへの転換だと思いますが、これも、当然ながらSERIO4.0の中心的なテーマとなるでしょう。

 

 

最後に

飛行機が発明されたことで航空業ができたように、テクノロジーが変わるとビジネスモデルも変わります。1976年創業のApple Computerは最初パソコンの会社でしたが、「iPhone」がヒットした2007年に社名をAppleに変えました。その後、ハードからソフトの流れに反応し、「iPhone」の販売から動画やゲームに軸足を移し始めています。

私たちも、単にこの分野が儲かりそうだとか、本業が思わしくないからという受動的な発想ではなく、テクノロジーの進化とそれに伴う消費者の生活スタイルの変化をとらえ、次のスタンダードになるキーテクノロジーは何かを先読みして、主体的に大胆に船の進路を変えていきたいものです。それは、「うちでも作れるかどうか」ではなく、「UXを創造(デザイン)できるか」に挑戦することではないかと思います。

そういう意味で、私は、SERIO4.0(2020-2022)の Main ConceptはズバリBe Creative!( 創造的な人になろう)ということであり、  How to become a Creative Personであると思います。

 

 

来月からは、創造的になるとはどういうことなのかを考えていきたいと思います。

 

当社の人事方針について

先月に引き続き当社の「人事についての考え方」について話をします。

まずは、前回のおさらいです。最初に、総論的な話をしました。

一番目は、経営における人事の役割についてということでした。

経営について、当社では、経営とは「ヒト・モノ・カネ・情報」等の経営資源を使ってそれらの合計以上の成果を生み出すことと定義しています。なかでも「ヒト」は最も重要な経営資源(人財)であり、企業の経営資源は結局「ヒト・ヒト・ヒト」であり、ヒトは目的資源でもあるということです。従って、経営が上手くいっているかどうかは、儲かっているかどうかではなく、いかに人を生かして成果を上げているかが問われることになるのです。そういう意味で人事は大切であるということです

 

二番目に、「人事」と「財務」は組織の動脈ともいうべき重要なもので、ここを切られると組織は死んでしまう、だから経営責任者は最後までこの二つの機能の責任を放棄してはいけないという話をしました。「営業力」「技術力」「商品力」など、会社には色々なコア・コンピタンスともいうべき強みがあるわけですが、それを生かすも殺すも「財務」と「人事」にかかっているからです。

 

三番目に、従って“経営センス”の良し悪しは「財務」と「人事」を上手に回せるかということにかかっているという話をしました。

以上が総論で、次に本題である当社の人事方針について話をしました。と言ってもこの数年間実践していることです。従って、今回方針を改めるわけではありませんが、一度整理しておくということです。

 

 1.実力主義(=貢献主義)

最初は実力主義ということですが、これは二つの意味があります。

ひとつは、学歴、職歴、性別、縁故、国籍等は一切昇格や昇進に影響しないという意味の実力主義であるということです。その理由は環境も人間(人材・人財)も変化していくからです。

これをなぜ冒頭に申し上げたかというと、この会社では、以前はそういうものが人事に大きく影響していたからです。

もうひとつは短期的な業務実績だけを評価するという意味での実力主義ではなく、どれだけ社員の幸福を実現する実力があるかが問われるのだということです。

 

2.「強み」を生かす(=適材適所)(理念本①P36参照)

次に、適材適所を心がけるということで、これは私が社長就任以来ずっと言い続けている「強みを生かす」ということと同じですよということです。

基本方針は、個々人の長所を見つけ、それを評価し貢献してもらうことです。

そして、これまで昇進において重要視してきたポイントは「自分への厳しさ」(克己心)であるということでした。役職が上がれば上がるほど謙虚になり、勉強が必要になる組織を目指しているという話をしました。

「自分への厳しさ」と同じくらい大切なのが「他人への優しさ」であり、これも重要ポイントにすべきなのでしょうが、それは今後教育していこうと考えています。

 

3.抜擢人事と敗者復活戦

これは実力主義であれば当たり前のことなのですが、ある程度の抜擢人事はありうるということです。

これも私がこの会社の社長になる以前にはなかった方針なので、あえてこれを強調したわけです。当時は、役員は株主のご一族だけでしたし、本部長・支店長等の幹部は大口取引先出身の方ばかりでした。

経営理念変更後、新体制に移行するに際して私が選抜した幹部の皆さんは、その時点ではマネジメントに必要な見識や能力が十分備わっていない方ばかりでしたので、ある意味全員抜擢人事だったわけです。まさに、できるかどうかわからないが、チャンスを与えて任せてみる。一定の時間を与え、教育を施し、その内容に基づいて自分で考え、試行錯誤をしていくうちにだんだん育ってくるだろう、という楽観的な考え方でやってきました

多少の失敗もありましたが、概ね立派に成長してくださっていますし、たとえ失敗して降格になったとしても敗者復活戦はあるので、失敗を恐れないで挑戦してほしいと思っています。

 

4.見識のある幹部の育成(=風通しのよい組織と権限移譲の前提)

人事を考えるうえで、「風通しの良い職場」にするにはどうしたらいいかということを念頭に置いているという話でした。口で言うだけでは「風通しの良い職場」にはならないのです。私は、そのためには「部下の意見を聞く耳を持ち」、「衆知を集めることができる」組織にする必要があり、その前提として幹部に一定の見識が必要であると考えているので、それをできる限り実践しているということを申し上げました。

また、幹部に思い切って権限を委譲するにも幹部に見識があることが前提です。なぜなら幹部にしっかりとした見識がないと無政府状態のようになってしまう可能性があるからです。

 

おさらいは以上で、ここからが、今日の話です。

 

5.採用についての考え方

採用の根本方針をズバリ申し上げると、当社に入社して幸福になる可能性の高い方を採用するということです。なぜなら当社の経営目的は社員が幸福になることだからです

学生の皆さんは、社長面接では何を聞かれるのかと心配していると思いますが、私は主にここのところを見ています。雑談ばかりしているように感じると思いますが、実は「この方は当社に入社することで幸福になるだろうか」いうことを観察しているのです。そのためのポイントが何点かあります。

 

①経営理念に親和性のある方を採用する

一番目は、理念への親和性です。それを見るために社長面接では「この人は、絶対的な幸福と相対的な幸福のどちらを選ぼうとしているか?」ということをチェックしています。分かりやすく言えば、就職に当たり、この人は自分の心のモノサシ(価値観)で会社選びをしている人か、それとも外部のモノサシ(世間の評価とか親や学校の先生の意見)に左右されて自分の進路を決めてしまう人かという点です。

外部のモノサシを基準にしている人は、自分の幸せを他の人に委ねてしまう傾向性が強く、何か自分に都合の悪いことがあると会社や他の人のせいにする傾向性があります。決して他人の意見を聞くなと言っているわけではありません。人の意見はきちんと聞くべきですが、人によって言うことは違いますし、変動するものなので、人の意見を聞いたうえで、最終的には自分のモノサシで判断できるかということは、絶対的に幸せになるために大きなポイントとなります。

以前から、当社で追求している社員の幸福とは、誰かと比較して幸福かどうかを測るような相対的な幸福ではなく、自分の価値観で測る絶対的な幸福であると申し上げていますので、その考え方に共鳴していただけるかどうかということは、入社に際しての非常に大きなポイントなのです。

 

話は変わりますが、8月の最終週、岡山県庁のお誘いで一週間シリコンバレーを訪問してきました。その際、知事に随行してシリコンバレーにある公立高校で、授業風景を参観し、先生方や生徒さん方と話をするという非常に貴重な経験ができました。日本とはかなり違う非常にユニークな取り組みをされていましたが、結局、この学校では絶対的な幸福を追求するような教育に取り組んでいるのだと思いました。

この学校はシリコンバレーの中にある学校なので、人種の違いやそれ以外にもさまざまな「差」がたくさんあるわけですが、そういう難しい環境の中で、どういう教育をしているのかということを話して下さいました。「日本では、有名な大学に入ることが重視されがちなのだがこちらではどうですか?」という質問をしたのですが、 皆さん異口同音に「ここでは、勉強して入試が難しい大学に行くことは大事ではあるが、それと成功とは全く関係ないと教えています」「失敗を恐れないことが成功なのだ。失敗を続けることが成功につながるのだ。ということを教えているのです。」と熱く語られていたことが非常に強く印象に残っています。これは、絶対的な幸福を重視する考え方であり、当社の人事に関する考え方に近いところがあります。

入社当初は、頭の良し悪しとは別に、スキルやキャリアの差は明確にあるわけですが、その人の入社後の自助努力(セルフヘルプ)によって成長することを前提に採用しており、決してスタート地点のスキルだけで判断しているわけではないということです。

➁実力相応な方を採用する

ただ、当社の理念に親和性のある方であっても、当社の会社としての規模に合っていない方、また能力的にあまりにもミスマッチの人は、不幸になる可能性が高いので採用しない方がいいと思っています。

これは、たとえば急激に会社の規模が大きくなると、それまで小さい会社では活躍できた社員が突然不適合になるのと同じことです。もし、当社が会社の急成長・急拡大を目指そうと思えば、より全国的に大量採用したり、M&Aを仕掛けたりすることはできるのですが、そういう風に業容を拡大しても、それは必ずしも社員の幸福を実現することにならないので、当社では業容の急成長・急拡大は目指していないのです。

以上簡単に採用のポイントを話しましたが、もちろんこれだけではありません。採用にはこれが正解と言えないものがあり、ここが人事の難しさでもあります。

 

6.「人を育てる」カルチャーの醸成

人事方針の6番目は、人を育てる文化を醸成することです。

ドラッカーは、人事の失敗の原因は「真摯さ」が足りないからだと言っています。

私は、人事における真摯さとは、

● 組織文化として「人を育てる」カルチャーが根付くこと

● 寛容さと厳しさを使い分けられるようになること

ではないかと考えています。

たとえばある人を育てようと思って、キャリアパス的に別の部門に異動させたが全くうまくいかなかったときに、その人を上手に生かしていくための人事を実施することが真摯さにつながるのではないかと思います。そういう「ある部門(業務)では使えても、別の部門(業務)では使えない」という人をどう生かしていくかということです。具体的には、「仕事の組み合わせ」や「人の組み合わせ」を考えることでしょう。また、スペシャリストの集団においては、相手の気質に合ったほめ方、叱り方を工夫していくことが大事だと考えています。

 

7.専門職(スペシャリスト)の使い分けについて

また、似たようなことではありますが、当社のように技術的な職種の多い会社では、一定の技術のスペシャリストについてどう使い分けをするかということは重要なことになります。この人は専門家ではあるが、マネジメントの教育をおこない、経験を積ませたら経営者に育つ可能性があると思う場合は、計画的に導いていきますが、そうでない場合は専門家としてのキャリアを推奨すべきだと考えています。

また、これからの時代は、スペシャリストと言っても、設計図通りにプログラミングする仕事しかできない人や細かく指示しないと動けないような人には、自分で考えて「判断ができる頭脳」を作る教育や訓練が必要であると考えています。

また、責任ある立場の方々に対しては「頭の瞬発力」や「切り返す能力」を磨き、自分で判断し、取引先と交渉できる人財に変えていくための教育を目指し、取り組んでいます。

また、もし職人肌的にその人にしかできない仕事があれば、その技術やソフトを標準化し、教育によって他の人にもできる仕事に変えていくべきだと思います。

ただ、現実には、人の可能性の見極めは非常に難しいことです。人事的に心がけるべきことは、単に好き嫌いでやっていないことを示す努力をすることです。

 

8.経営幹部の育成と人事

最後に、経営幹部に対する人事方針について話をします。

(1)自部門だけでなく「全体を見る」ことを意識する

最初は、全体を見るように教育することです。具体的には、

● 社内における自部門の役割・位置づけを理解し、自分に与えられた仕事に全力で取り組んでもらう

● 会社全体の現状を把握する(当社は、何が課題で、それを解消するためにどこに力を入れているのか、どこがネックになっているのかを把握する)ことです。

そのために色々な経験をさせて「会社全体を見ることができる幹部」を作ることを試みています。人事的には、順風と逆風の両方を経験させることができるといいと思います。たとえば、事業的に黒字が出ているセクションに投入し黒字を拡大させたり、恒常的に赤字が出ているようなセクションを体験させ、黒字転換する力量を養わせたりすることです。

会社の組織改編や人事異動の内容を見ると、その会社の人事の考えがわかります。

また、トップが変わると、好き嫌いで役員が総替えになることもあるなど、恣意的になりやすいので、トップ1人で考えるのではなく、誤解を回避するためには、社外役員やコンサルなどの意見を入れて公平性を担保することが大事でしょう。

 

(2)リーダーシップについての考え方

サーバントリーダーシップという言い方もありますが、そこまでいかないまでも、成功すればするほど、褒められれば褒められるほど、抜擢されれば抜擢されるほど、ますます謙虚になり、努力や精進の必要性を自覚できるようなリーダーであってほしいと思います。

私の言う謙虚とは、自分の未熟さを自覚できるということです。しかし、努力して自己確立した人は、自力で自己確立できない人が許せない傾向性があるものです。そういう人は時間に耐える訓練をせねばなりません。

また、努力して成功した結果、天狗になってしまう人もいますが、せっかく努力したのであれば、その磨き上げた自分を自慢して人生を終わるのではなく、どうやって他の人を幸福にするか、そのためにどう自分の人生を生かすかを考えるようにベクトルを変えていってほしいと思います。その転機は、一つは成功をおさめ、一段と責任が重くなった時で、もう一つは挫折や失敗の時です。これはとても難しいことではありますが、そういう立場になった時には、人を恨んだり自分を責めたりせず、自分の考え方を変えるチャンスだと思うことができる人が、成長できる人だということを覚えておいてほしいと思います。

 

 

まとめ

人事についていろいろと話をしましたが、人事が激しく動くのは、経営的に厳しい環境にさらされたときや急成長するときです。逆に、人事が落ち着いているのは、経営が安定しているときだと思います。従って、組織がマンネリ化(ゆでガエル化)しつつあるときは、人事を変えることにより意図的に変化を起こすこともあります。今後の大きな課題としては、「組織の新陳代謝をしつつ、高齢化してくる社員が、年金が出ようが出まいが困らないように仕事を作っていく」ということでしょう。従来的な既成概念ではなく、新しいものの考え方が組織の中に根付けば、多くの方が長く仕事を続けていくことができるのではないかと考えています。この新しい考え方というのは様々で、変えてはいけないものもあれば、認識を改めるべきものも多くあります。

シリコンバレーに行くと、世の中の流れが大きく変化していっていることを切実に感じます。そういう時代の変化の中で、適切な危機意識や問題意識をお持ちいただいた方には、活躍のチャンスはたくさんあると思います。「現場はそれどころじゃない」と思う人もいるかもしれませんが、複眼思考的に「長い目」と「現場を見る目」の両方を持って取り組んでいただきたいと思います。また、会社の風土として人事方針を確立するということは、なかなか難しいことだとは思いますが、本日申し上げたことを念頭に置いて、それぞれの部署で試行錯誤を続けていっていただければ幸いです。

「人事」の考え方について

当社では、役員と本部長以上の幹部の方は、毎月社長から提示されたテーマについてレポートを提出し、その内容を全員で討議する研修を実施しています。なかなかハードな内容ですが、もう何年も欠かさず実施しています。その研修の今月の課題が「人事」に関することだったのですが、きちんと朝礼で人事の考え方について話をしたことがありませんでしたので、今月はこれをテーマに選びました。

1.経営における人事の役割

先ず、経営における人事の役割を考えてみたいと思います。理念本セリオ1巻30ページに私は「経営」について『経営とは「ヒト・モノ・カネ・情報」等の経営資源を使ってそれらの合計以上の成果を生み出すことである。』と定義しています。

なぜ社長になった最初の段階でこれを申し上げたかと言うと、「私は、経営についてこういう考えで組織運営をしていきますので、それに反した考え方をしていたら指摘してください。また皆さんもそれを前提として一緒に経営に参加してください」という目的があったからです。

経営とは何であるか、というのは根本的なテーマではありますが、別に法律で決まっているわけではありませんし、結構色々な定義ができるものだと思います。ですから、これをきちんと定義しておかないと社長と幹部が経営について基本的な考え方が違うことがあるかもしれませんし、こういう基本的なことについて社長の考えがコロコロ変わるようでは、社員の方々は安心して組織運営はできないでしょう。

そこで、私は、社長になってから10年近くなりますが、ずっと同じことを言い続けています。幹部の皆さんもこれを暗記しているかどうかは知りませんが、共通の認識を持っているとは思います。

理念本には、続けて『中でも「ヒト」は最も重要な経営資源(人財)であり、企業の経営資源は結局「ヒト・ヒト・ヒト」なのである』と記載しています。要するに、とにかく、ヒトが全てあり、経営がうまくいくかどうかは、いかに人を生かし成果を上げるかにかかっているということです。Hi-WTPを作ることができるのも、「ヒト」でしかありません。

では、人事とは経営においてどのような役割を果たすのでしょうか?一人でやっている仕事、例えば個人営業のラーメン屋さんなどは、人事は関係ありません。自分がやりたいようにやればいいのですが、自分以外の人を使って成果を上げるということを実行しようとすれば、人事という概念が非常に重要になってくるのです。これは理解していただけるのではないでしょうか。

 

2.「人事」と「財務」が組織の動脈

私は、経営をする上で、他の幹部に任せられるものはほとんど任せています。本当に、ちょっと信じられないくらい日常的な実務判断は幹部の皆さんに任せ切っています。しかし、経営責任者として任せ切ってはいけないもの、最終的に自分で判断し責任を取らねばならないものが2つあると考えています。それは「人事」と「財務」のところです。

どういうことかと言うと、仮に、幹部が行った人事の結果、プロジェクトが失敗して赤字になったとしても、結果責任は代表取締役である私がとらなければならないと考えています。それは、実際の業務に関与していなくても、報告がなくても、私が信頼してその幹部に任せ切った結果であるからです。最終的に結果責任をとるということは、なかなか厳しいことではありますが、その前提として、朝礼や研修を通して、組織運営においては、こういう考え方で取り組んでください、ということを日ごろから色々お話しさせてもらっています。

では、なぜ、経営トップが結果責任を取らなければならないかというと、「人事」と「財務」は、組織の動脈だからです。組織には、ほかにも色々な機能があり、人間の身体でいえば神経のように、ここを切ったら片方の手が使えなくなる、ここをきったら足が使えなくなるということはありますが、そういう大切なものであっても、最悪の場合は部分的に切断しても生き残ることはできます。ただ、動脈を切られるとそれは死ぬことを意味します。

経営責任者にとって「人事」と「財務」は動脈であるという認識が非常に大切なことなのです。「人事」と「財務」については、最後は経営責任者が言い訳できないことであり、逃げてはいけないことであり、責任を取らなければならないものなのです。

それ以外に、「営業力」「技術力」「商品力」などのコア・コンピタンスとも言うべきものはあります。そういう会社の強みは色々あり、私も強みを生かせ、コア・コンピタンスに集中しろといっているので、それが一番大事だと思いがちなのですが、結局、そういう強みを生かすも殺すも「人事」と「財務」にかかっているのです。

 

先日「人を大切にする経営のための会計」というテーマで財務的な話をしました。お金をどのように使いコア・コンピタンスを生かすか、いかにして資産の回転率をあげるか、キャッシュを生まない資産をキャッシュを生む資産に変えるかが財務的な思考であるという話でした。では、その仕組みを回すのは誰かというとそれはヒトになるわけです。最終的にはヒトをどう使うかが大事であり、人事にかかってくるということになります。

 

.経営者の経営センスは人事で決まる

経営者の経営センスとは何で決まるかと言うとやはりヒトとカネの使い方のセンス、特にヒトの使い方なのです。

   松下幸之助さんでも、本当に最初の最初は二股ソケットとか、そういうモノづくりのセンスから始まったかもしれませんが、経営者として成功したのはカネとヒトの使いかたが上手だったからでしょう。だから、まったく学歴もない人であったのに、高学歴の人をたくさん使って世界的大企業にまで成長させることができたのでしょう。

稲盛和夫さんも、創業したての頃は商品を開発していた技術者だったかもしれませんが、京セラを世界的な企業に成長させ、経営者として有名になったのは、カネとヒトのセンスがずば抜けていたからでしょう。JALを再生できたのはその典型です。稲盛さんは飛行機のことが詳しいわけではなかったと思いますが、大赤字だったJALに経営理念を確立させ、カネをどうするか、ヒトをどう使うかについて考え方を示したわけです。そしてたった数年で、赤字会社を再建してしまったのでしょう。

私は、幸運なことに若いころ、実際にライブ感覚で経営再建の現場を体験したことがあります。それは、住友銀行員時代の話です。当時、私は住友銀行の根幹取引先の大企業だけを担当する部署でいちばん若手の行員でした。そのころのアサヒビールはビールのシェアが10%を切るところまで落ち込み、シェア60%のキリン、20%のサッポロには大きく水をあけられ、ついに後発のサントリーに追い付かれそうなジリ貧の経営状況でした。この状況を打開すべく、住友銀行から3人続けて社長が送り込まれていました。当時の村井社長は経営不振に陥ったマツダ(東洋工業)を再建させた手腕を買われてアサヒに行った方でしたが、村井社長をしてもなかなか経営状況を変えることはできなかったのです。そんな絶望的な状況の中、当時副頭取であった樋口廣太郎氏が社長として送り込まれたのです。この大きな人事の余波で、当時の私の上司がアサヒの経営企画部長に異動になり、樋口副頭取の秘書が営業に異動になり、一番下っ端だった私はその方とコンビを組んでアサヒを担当することになったのです。

そういう経緯で、それから銀行を退職するまで数年間、私は有名な『スーパードライの奇跡』をライブで体験することができました。樋口新社長は、社内の批判の嵐を全く気にせず、それまでの常識をひっくり返すような破天荒な人事を次々と実行しました。

結果的に新商品のスーパードライは驚異的にヒットし、今では業界トップ企業に成長しました。この間のことは、機会があればいづれまた詳しくお話したいと思います。アサヒの成功は財務戦略に負うところも大きいのですが、若いころに、いかにカネとヒトが大切であるかを体感し、ここを変えるだけでこんなに会社が変わるんだと確認できたことは本当に幸運でした。

野球でも、今迄最下位があたりまえだったチームが、野村監督や星野監督が就任したら優勝するようなチームに変わったということもありますし、フロントの力、財務の力でいい選手をスカウトしてチームが強くなった事例もたくさんあります。

そういうことで、経営者の“経営センス”の良し悪しは「人事」と「財務」をいかに上手く回せるかということで決まるのではないかと思います。

 

4.当社の人事方針について

前置きが長くなりましたが、いよいよ本題に入ります。

すでにここ数年実践していることですし、当社のカルチャーになりつつあることではありますが、当社の人事方針についての話をしたいと思います。

 

  • 実力主義(=貢献主義)

最初の方針は実力主義ということです。ごく簡単に言えば、学歴や家柄等で差別をしないということです。

官庁や大企業などでは、学歴や入社試験の順位等でその後の出世が決まるようなところがあります。例えば、昔、陸軍でも海軍でも士官学校を卒業であればいきなり少尉になれました。陸軍で少尉とは小隊長格であり、50人くらいの兵隊の指揮官です。ところが2等兵で入った人は、どれほど戦闘において優秀な戦士であっても、軍曹や曹長にはなれても、よほどのことがない限り、多分一生かかっても少尉にはなれません。官僚的な組織であればあるほど、そのような傾向があり、警察でも東大卒でキャリア(上級国家公務員)試験に合格して採用されると若くして署長になれたりします。ちょっと前に流行った「踊る大捜査線」というドラマ・映画の中でも、ユースケ・サンタマリアが演じていた真下という登場人物は最初織田裕二が演じた主人公の青島刑事の後輩でしたが、最終話では警察署長になっていました。主人公の青島は、交番のお巡りさんから努力して所轄の刑事になったわけですが、犯罪が起きて、現場目線で色々な意見を言っても全く主導権を取らせてもらえないのです。「事件は会議室で起きてるんじゃない!」というセリフが流行しましたが、実際犯人を逮捕しているのは現場の刑事なのに、彼らの意見は無視され、試験に通っただけのキャリア組のメンツで捜査が行われていいのかという映画でした。この映画がなぜ支持されたかと言うと、それは硬直化した大企業の組織に対する問題提起だったからです。会社の方針は、現場に来たこともない本店の偉い人が会議室で決めているが、実際にお客さんと交渉し、会社を動かしているのは現場の社員だということです。ところが、いくら現場で頑張って実績を上げても、有名大学を出て、幹部候補生として入社していなければ、出世できない仕組みになっていることへの問題提起だったわけです。

私が社長になって、理念を制定してから、最初に変えたカルチャーはここです。今では、当たり前になっていると思いますが、当社では学歴や入社試験の順位、家柄等で出世がきまるということは問題外であると考えています。

では、なぜ、それが問題外かというと、環境も人間(人材・人財)も変化していくからです。外部環境も、内部環境も変わり、さらにその人自体も変わるということです。ヒトは自ら努力することによって変わる存在であることを前提とした経営をしているということです。理念本でも、繰り返し、繰り返しセルフ・ヘルプという言葉を使っていますが、自助努力によって人間は変わる存在だということを前提として経営を行っています。言い換えれば、大学卒業時の成績がどうであれ、入社後の努力によって人は変わるし、それに応じた人事をしていくということです。これは、有名なジェームズ・アレン著「原因と結果の法則」そのものでもあります。この考え方を経営に応用するとそうならざるを得ない、まして、環境の変化が激しい時代にはそうなります。

そして、経営理念実現のためにどういう貢献ができるかという実力を問うことが人事評価のベースにあるということです。社員とその家族の幸福を実現するため、協力会社の方々とそのご家族の幸福を実現するためにどのような貢献ができるかどうかが人事評価の基本です。必然的に、学歴や職歴、性別、縁故等は一切昇格や昇進に影響していないはずです。

社員を幸福にできる力のことを実力と呼んでいるわけです。

これは、サッカーのような集団でやるスポーツの世界でも同じでしょう。単に、鳴り物入りで入団しただけでは使えないのです。何がチームにとっての貢献かを監督が定義し、その選手がチームの貢献にフォーカスすることが重要です。点を取る事が貢献なのか、ボールをキープすることが貢献なのか、速くディフェンスに回ることが貢献なのか、貢献をどこに集中させるかがポイントになります。

会社経営でも同じで、そのプロジェクトにおけるその人の貢献をコーチ役の人や現場で判断しプレーするプレイヤーにいかにコミットさせるかが監督のマネジメントの要点となります。私も幹部研修の中で、そういうところに注目して幹部の発言を聞いていますが、こういう考え方が当社の組織内に浸透しているのではないかと感じています。

 

  • 「強み」を生かす(=適材適所)(理念本①36ページ参照)

「強み」を生かすということも理念本その他でくどいほど言い続けていることです。よく人事とは適材適所が大事だと言われるのですが、私的には、「強みを生かす」=適材適所という事なのです。要するにその人の「強み」に合わせた仕事をしていただくということです。

基本的な方針として、「それぞれの人には長所があるので、できるだけ長所を見つけ、それを評価して貢献してもらおう」と考えて経営をしてきました。その方針に沿ってどういう人をリーダーに抜擢してきたかと言うと、簡単に言うと「自分に厳しい人(克己心の強い人)」です。別な表現では、理念本第4巻46ページにも克己心の強い人と記載しましたが、自分に厳しい人とは、自分を甘やかす誘惑に打ち勝てる人、自分を律することができる人のことです。他人に対して甘える心が強い人や利己主義的な傾向のある人はあまり幹部に登用しないようにしています。なぜかというと、役割が変わることで求められる成果が変わるからです。

要するに、プロジェクトに参加しているメンバーとその上の部長、本部長では、当然求められる成果が違うわけです。当社は、ほとんどが技術系の方なので、自分でマネジメントを学んでいただかねばならないわけですが、その前提として「自分を鍛え直す厳しさ」があるかどうかが大事なポイントになるのです。そういう意味では、役職が上がれば上がるほど勉強が必要になる組織になるべきであり、現実にそうなりつつあるのではないかと思います。

たまに「自分は優秀なエンジニアなのに、なかなか出世ができない」と言って辞めていく方がいますが、この辺りのことが全くわかっていないと言わざるをえません。「自分は開発ができる」という意味での優秀さは、エンジニアとしての優秀さであって、他の人をマネジメントして成果をあげる能力とは、それとはまったく違う「新しい能力」なのです。ですから、もし、その方がリーダーとして自分のステージを上げようと思ったら、「新しい能力」を身に着ける必要があります。この「新しい能力」とは、「目標設定する能力」「人をまとめる能力」「仕事や予算を取ってくる能力」等々の成果をあげるためのマネジメントの力です。新しい能力を身に着けていないのに、辞めるということは、近視眼的なものの見方しかできていないということです。

例えば目標設定で、自分の仕事の目標設定ができても他の人の目標設定ができますか?ということです。自分がプロジェクトの中できちんと仕事をするだけでなく、Aさん、Bさん、Cさん、能力も性格も違う人達を使って、1+1+1が3以上の5にも10にもなるような成果を上げることができますか?ということです。それが評価になり、給料に結びつくということです。さらに、これは非常に重要なことですが、仕事をとってこれますか?ということです。また、予算をとること、納期の交渉をすること、人が足りないので他社や他部署から人を引っ張ってくる等、そういう能力もあります。総合的に成果をあげるためのマネジメント力を養っているかということです。戦国時代でも、たまたま大将の首をとった人がいて、その人が大将になれるかというと違うでしょう。戦略を立てる能力、人を使う能力がないと大将になれない、そういう事です。

以前、勉強カルチャーということも言いましたが、立場的に偉くなればなるほど自分に厳しくなることが当たり前の組織にしたいのです。なぜなら、人財は我が社にとっての宝物であるからです。人財を生かすマネジメント側になる方には、自分を生かすだけではなく人を生かすことへの自覚がある事が重要です。その自覚があると、自分の未熟さを痛感します。私も、未熟さを痛感しているからこそ、様々な経営セミナーや会社訪問に行き勉強しているわけです。自分の未熟さを知らないと他から学ぶことはできません。「大切な人財を生かす(マネジメント)側」になることの自覚があれば、自ずと「その能力が未熟である自分を厳しく鍛え直す覚悟」ができるはずです。当社では、中間管理職向けにこの自覚を促すための研修も実施しています。

 

  • 抜擢人事と敗者復活戦

この数年実践してきたことは、

  • マネジメントに必要な見識や能力が備わっていなくてもチャンスを与えて任せてみる
  • 一定の時間を与え、教育を施し、その内容に基づいて自分で考え、試行錯誤をしていくうちにだんだん育ってくるだろう、

という楽観的な考え方で「人事」を実施してきました。

その中には、抜擢人事的なものもあったと思いますが、もちろんその打率は十割ではありませんでした。失敗する事も多々ありましたが、それは直属の上司や本人の責任もゼロではないと思いますが、基本的には抜擢を容認した私に責任があると考えています。

また、後で考えてみたら与えたポストやミッションが、その人以外の誰に任せてもできない業務であったということもあります。(ドラッカーは“後家殺し”の業務と呼んで戒めています。)ですから、1回失敗したからといってダメだということは全く考えていません。いつでもやり直していただけるようなチャンスやポストは与えていく方針でいます。いつの場合も敗者復活戦はあると考えています。

 

  • 見識の醸成(=風通しのよい組織)

常に長期的に、5年、10年、20年の間、志を忘れずに見識を広げる努力を続けていける人は、成果をあげるマネジメントができるようになると思っています。私は、マネジメント層の知力ベースマネジメントのポイントは、正しい見識を持つことができるようになることです。見識とは簡単に言えば、モノの見方、考え方のことです。それは、単に勉強するだけ、物知りになるだけでは身につきません。様々な経験を通して身についてくる知恵のようなものです。

なぜ、マネジメント層に見識が必要かと言うと、それがないと本当の意味で多様な意見を聞くことができないからです。風通しの良い職場にするには「部下の意見を聞く耳を持ち」、「衆知を集めることができる」組織にする必要があります。しかし、見識のない上司だと「話は聞いてくれるが、何も判断してくれない」という不満が出てくるのです。部下の意見を聞くといっても、部下の中には勘違いして「言論の自由」的に奇抜な意見を言ったり、野党的に反抗したりする協調性のない人もいます。プライドが高く、自分の存在感を示したいだけの自己顕示欲の強い人もいますし、同僚や後輩に嫉妬して、批判や誹謗中傷をするような人もいます。そういう時、それを「全否定」してもダメですし、「全肯定」ももってのほかです。そういう人を善導するには、その人を上回る知力と見識が必要です。その見識を共有する手段としてこうして朝礼で話をし、それをHPに公開し、本にしているのです。

先日も他社の管理職の方から、セリオホームページの私のコラム記事を活用して部下と話をする材料にしているとお礼を言われたことがあります。そういう方は結構いるようですが、理念本を上手に活用すれば、上司としての権威を維持しつつ、風通しの良い組織が作れるはずです。部下を叱るときも、部下の方が上司に諫言するときにも使えると思います。

 

もし幹部に見識がないとどうなるかと言うと、私など何も言えなくなってしまうのです。どういうことかというと、見識のない人は「指示」と「提案」と「相談」の区別がつかないのです。たとえば、私が、「こういうのをやったらいいんじゃない?」という感じで発言しいたとして、見識のある人であれば、「提案」であると理解し、「確かにそれもいいのですが、こういう事情で時期尚早だと思います」などと言ってくれるのですが、見識のない人だと「社長がこう言ったからすぐやらねばならない」ということになってしまうのです。今度、新岡山オフィスを建てると聞きましたが、仮に私が「新オフィスには立派な社長室があるといいね」と言ったとしても、必要がなければ作らないでしょうが、見識のない部下だったら、もしかしたら要らない社長室を設計してしまうかもしれません。そうなると、なにも発言できなくなりますし、冗談も言えなくなります。社長である私にも言論の自由があって、自分の意見を言う権利も義務もあると思うのですが、幹部にその意見を受け止めるだけの共通の見識がないと何も言えなくなってしまうのです。

また、同じような対応でも「人・時・場所」によって言うことが変わることもあるのですが、それが理解できない部下もいます。例えば、ある本部の幹部に対しては「取引先を広げよ」と言い、別の本部の幹部に対しては「取引先を絞り込め」などと反対のことを言うこともあります。それは、その部署が置かれている状況が全く違うからなのですが、幹部に見識がないと社長は二枚舌だ、方針がいい加減だとなってしまうことがあります。見識があれば、お互いの置かれている状況が違うからだと理解できるので、ここもマネジメントにおいて重要なポイントになってきます。幹部に一定の見識があるからこそ、大胆な権限委譲も可能になってくるのです。

 

今月は、ここまでですが、引き続き来月も人事についての考え方の続きをしたいと思います。