「人事」の考え方について

当社では、役員と本部長以上の幹部の方は、毎月社長から提示されたテーマについてレポートを提出し、その内容を全員で討議する研修を実施しています。なかなかハードな内容ですが、もう何年も欠かさず実施しています。その研修の今月の課題が「人事」に関することだったのですが、きちんと朝礼で人事の考え方について話をしたことがありませんでしたので、今月はこれをテーマに選びました。

1.経営における人事の役割

先ず、経営における人事の役割を考えてみたいと思います。理念本セリオ1巻30ページに私は「経営」について『経営とは「ヒト・モノ・カネ・情報」等の経営資源を使ってそれらの合計以上の成果を生み出すことである。』と定義しています。

なぜ社長になった最初の段階でこれを申し上げたかと言うと、「私は、経営についてこういう考えで組織運営をしていきますので、それに反した考え方をしていたら指摘してください。また皆さんもそれを前提として一緒に経営に参加してください」という目的があったからです。

経営とは何であるか、というのは根本的なテーマではありますが、別に法律で決まっているわけではありませんし、結構色々な定義ができるものだと思います。ですから、これをきちんと定義しておかないと社長と幹部が経営について基本的な考え方が違うことがあるかもしれませんし、こういう基本的なことについて社長の考えがコロコロ変わるようでは、社員の方々は安心して組織運営はできないでしょう。

そこで、私は、社長になってから10年近くなりますが、ずっと同じことを言い続けています。幹部の皆さんもこれを暗記しているかどうかは知りませんが、共通の認識を持っているとは思います。

理念本には、続けて『中でも「ヒト」は最も重要な経営資源(人財)であり、企業の経営資源は結局「ヒト・ヒト・ヒト」なのである』と記載しています。要するに、とにかく、ヒトが全てあり、経営がうまくいくかどうかは、いかに人を生かし成果を上げるかにかかっているということです。Hi-WTPを作ることができるのも、「ヒト」でしかありません。

では、人事とは経営においてどのような役割を果たすのでしょうか?一人でやっている仕事、例えば個人営業のラーメン屋さんなどは、人事は関係ありません。自分がやりたいようにやればいいのですが、自分以外の人を使って成果を上げるということを実行しようとすれば、人事という概念が非常に重要になってくるのです。これは理解していただけるのではないでしょうか。

 

2.「人事」と「財務」が組織の動脈

私は、経営をする上で、他の幹部に任せられるものはほとんど任せています。本当に、ちょっと信じられないくらい日常的な実務判断は幹部の皆さんに任せ切っています。しかし、経営責任者として任せ切ってはいけないもの、最終的に自分で判断し責任を取らねばならないものが2つあると考えています。それは「人事」と「財務」のところです。

どういうことかと言うと、仮に、幹部が行った人事の結果、プロジェクトが失敗して赤字になったとしても、結果責任は代表取締役である私がとらなければならないと考えています。それは、実際の業務に関与していなくても、報告がなくても、私が信頼してその幹部に任せ切った結果であるからです。最終的に結果責任をとるということは、なかなか厳しいことではありますが、その前提として、朝礼や研修を通して、組織運営においては、こういう考え方で取り組んでください、ということを日ごろから色々お話しさせてもらっています。

では、なぜ、経営トップが結果責任を取らなければならないかというと、「人事」と「財務」は、組織の動脈だからです。組織には、ほかにも色々な機能があり、人間の身体でいえば神経のように、ここを切ったら片方の手が使えなくなる、ここをきったら足が使えなくなるということはありますが、そういう大切なものであっても、最悪の場合は部分的に切断しても生き残ることはできます。ただ、動脈を切られるとそれは死ぬことを意味します。

経営責任者にとって「人事」と「財務」は動脈であるという認識が非常に大切なことなのです。「人事」と「財務」については、最後は経営責任者が言い訳できないことであり、逃げてはいけないことであり、責任を取らなければならないものなのです。

それ以外に、「営業力」「技術力」「商品力」などのコア・コンピタンスとも言うべきものはあります。そういう会社の強みは色々あり、私も強みを生かせ、コア・コンピタンスに集中しろといっているので、それが一番大事だと思いがちなのですが、結局、そういう強みを生かすも殺すも「人事」と「財務」にかかっているのです。

 

先日「人を大切にする経営のための会計」というテーマで財務的な話をしました。お金をどのように使いコア・コンピタンスを生かすか、いかにして資産の回転率をあげるか、キャッシュを生まない資産をキャッシュを生む資産に変えるかが財務的な思考であるという話でした。では、その仕組みを回すのは誰かというとそれはヒトになるわけです。最終的にはヒトをどう使うかが大事であり、人事にかかってくるということになります。

 

.経営者の経営センスは人事で決まる

経営者の経営センスとは何で決まるかと言うとやはりヒトとカネの使い方のセンス、特にヒトの使い方なのです。

   松下幸之助さんでも、本当に最初の最初は二股ソケットとか、そういうモノづくりのセンスから始まったかもしれませんが、経営者として成功したのはカネとヒトの使いかがた上手だったからでしょう。だから、まったく学歴もない人であったのに、高学歴の人をたくさん使って世界的大企業にまで成長させることができたのでしょう。

稲盛和夫さんも、創業したての頃は商品を開発していた技術者だったかもしれませんが、京セラを世界的な企業に成長させ、経営者として有名になったのは、カネとヒトのセンスがずば抜けていたからでしょう。JALを再生できたはその典型です。稲盛さんは飛行機のことが詳しいわけではなかったと思いますが、大赤字だったJALに経営理念を確立させ、カネをどうするか、ヒトをどう使うかについて考え方を示したわけです。そしてたった数年で、赤字会社を再建してしまったのでしょう。

私は、幸運なことに若いころ、実際にライブ感覚で経営再建の現場を体験したことがあります。それは、住友銀行員時代の話です。当時、私は住友銀行の根幹取引先の大企業だけを担当する部署でいちばん若手の行員でした。そのころのアサヒビールはビールのシェアが10%を切るところまで落ち込み、シェア60%のキリン、20%のサッポロには大きく水をあけられ、ついに後発のサントリーに追い付かれそうなジリ貧の経営状況でした。この状況を打開すべく、住友銀行から3人続けて社長が送り込まれていました。当時の村井社長は経営不振に陥ったマツダ(東洋工業)を再建させた手腕を買われてアサヒに行った方でしたが、村井社長をしてもなかなか経営状況を変えることはできなかったのです。そんな絶望的な状況の中、当時副頭取であった樋口廣太郎氏が社長として送り込まれたのです。この大きな人事の余波で、当時の私の上司がアサヒの経営企画部長に異動になり、樋口副頭取の秘書が営業に異動になり、一番下っ端だった私はその方とコンビを組んでアサヒを担当することになったのです。

そういう経緯で、それから銀行を退職するまで数年間、私は有名な『スーパードライの奇跡』をライブで体験することができました。樋口新社長は、社内の批判の嵐を全く気にせず、それまでの常識をひっくり返すような破天荒な人事を次々と実行しました。

結果的に新商品のスパードライは驚異的にヒットし、今では業界トップ企業に成長しました。この間のことは、機会があればいづれまた詳しくお話したいと思います。アサヒの成功は財務戦略に負うところも大きいのですが、若いころに、いかにカネとヒトが大切であるかを体感し、ここを変えるだけでこんなに会社が変わるんだと確認できたことは本当に幸運でした。

野球でも、今迄最下位があたりまえだったチームが、野村監督や星野監督が就任したら優勝するようなチームに変わったということもありますし、フロントの力、財務の力でいい選手をスカウトしてチームが強くなった事例もたくさんあります。

そういうことで、経営者の“経営センス”の良し悪しは「人事」と「財務」をいかに上手く回せるかということで決まるのではないかと思います。

 

4.当社の人事方針について

前置きが長くなりましたが、いよいよ本題に入ります。

すでにここ数年実践していることですし、当社のカルチャーになりつつあることではありますが、当社の人事方針についての話をしたいと思います。

 

  • 実力主義(=貢献主義)

最初の方針は実力主義ということです。ごく簡単に言えば、学歴や家柄等で差別をしないということです。

官庁や大企業などでは、学歴や入社試験の順位等でその後の出世が決まるようなところがあります。例えば、昔、陸軍でも海軍でも士官学校を卒業であればいきなり少尉になれました。陸軍で少尉とは小隊長格であり、50人くらいの兵隊の指揮官です。ところが2等兵で入った人は、どれほど戦闘において優秀な戦士であっても、軍曹や曹長にはなれても、よほどのことがない限り、多分一生かかっても少尉にはなれません。官僚的な組織であればあるほど、そのような傾向があり、警察でも東大卒でキャリア(上級国家公務員)試験に合格して採用されると若くして署長になれたりします。ちょっと前に流行った「踊る大捜査線」というドラマ・映画の中でも、ユースケ・サンタマリアが演じていた真下という登場人物は最初織田裕二が演じた主人公の青島刑事の後輩でしたが、最終話では警察署長になっていました。主人公の青島は、交番のお巡りさんから努力して所轄の刑事になったわけですが、犯罪が起きて、現場目線で色々な意見を言っても全く主導権を取らせてもらえないのです。「事件は会議室で起きてるんじゃない!」というセリフが流行しましたが、実際犯人を逮捕しているのは現場の刑事なのに、彼らの意見は無視され、試験に通っただけのキャリア組のメンツで捜査が行われていいのかという映画でした。この映画がなぜ支持されたかと言うと、それは硬直化した大企業の組織に対する問題提起だったからです。会社の方針は、現場に来たこともない本店の偉い人が会議室で決めているが、実際にお客さんと交渉し、会社を動かしているのは現場の社員だということです。ところが、いくら現場で頑張って実績を上げても、有名大学を出て、幹部候補生として入社していなければ、出世できない仕組みになっていることへの問題提起だったわけです。

私が社長になって、理念を制定してから、最初に変えたカルチャーはここです。今では、当たり前になっていると主もいますが、当社では学歴や入社試験の順位、家柄等で出世がきまるということは問題外であると考えています。

では、なぜ、それが問題外かというと、環境も人間(人材・人財)も変化していくからです。外部環境も、内部環境も変わり、さらにその人自体も変わるということです。ヒトは自ら努力することによって変わる存在であることを前提とした経営をしているということです。理念本でも、繰り返し、繰り返しセルフ・ヘルプという言葉を使っていますが、自助努力によって人間は変わる存在だということを前提として経営を行っています。言い換えれば、大学卒業時の成績がどうであれ、入社後の努力によって人は変わるし、それに応じた人事をしていくということです。これは、有名なジェームズ・アレン著「原因と結果の法則」そのものでもあります。この考え方を経営に応用するとそうならざるを得ない、まして、環境の変化が激しい時代にはそうなります。

そして、経営理念実現のためにどういう貢献ができるかという実力を問うことが人事評価のベースにあるということです。社員とその家族の幸福を実現するため、協力会社の方々とそのご家族の幸福を実現するにどのような貢献できるかどうかが人事評価の基本です。必然的に、学歴や職歴、性別、縁故等は一切昇格や昇進に影響していないはずです。

社員を幸福にできる力のことを実力と呼んでいるわけです。

これは、サッカーのような集団でやるスポーツの世界でも同じでしょう。単に、鳴り物入りで入団しただけでは使えないのです。何がチームにとっての貢献かを監督が定義し、その選手がチームに貢献にフォーカスすることが重要です。点を取る事が貢献なのか、ボールをキープすることが貢献なのか、速くディフェンスに回ることが貢献なのか、貢献をどこに集中させるかがポイントになります。

会社経営でも同じで、そのプロジェクトにおけるその人の貢献をコーチ役の人や現場で判断しプレーするプレイヤーにいかにコミットさせるかが監督のマネジメントの要点となります。私も幹部研修の中で、そういうところに注目して幹部の発言を聞いていますが、こういう考え方が当社の組織内に浸透しているのではないかと感じています。

 

  • 「強み」を生かす(=適材適所)(理念本①36ページ参照)

「強み」を生かすということも理念本その他でくどいほど言い続けていることです。よく人事とは適材適所が大事だと言われるのですが、私的には、「強みを生かす」=適材適所という事なのです。要するにその人の「強み」に合わせた仕事をしていただくということです。

基本的な方針として、「それぞれの人には長所があるので、できるだけ長所を見つけ、それを評価して貢献してもらおう」と考えて経営をしてきました。その方針に沿ってどういう人をリーダーに抜擢してきたかと言うと、簡単に言うと「自分に厳しい人(克己心の強い人)」です。別な表現では、理念本第4巻46ページにも克己心の強い人と記載しましたが、自分に厳しい人とは、自分を甘やかす誘惑に打ち勝てる人、自分を律することができる人のことです。他人に対して甘える心が強い人や利己主義的な傾向のある人はあまり幹部に登用しないようにしています。なぜかというと、役割が変わることで求められる成果が変わるからです。

要するに、プロジェクトに参加しているメンバーとその上の部長、本部長では、当然求められる成果が違うわけです。当社は、ほとんどが技術系の方なので、自分でマネジメントを学んでいただかねばならないわけですが、その前提として「自分を鍛え直す厳しさ」があるかどうかが大事なポイントになるのです。そういう意味では、役職が上がれば上がるほど勉強が必要になる組織になるべきであり、現実にそうなりつつあるのではないかと思います。

たまに「自分は優秀なエンジニアなのに、なかなか出世ができない」と言って辞めていく方がいますが、この辺りのことが全くわかっていないと言わざるをえません。「自分は開発ができる」という意味での優秀さは、エンジニアとしての優秀さであって、他の人をマネジメントして成果をあげる能力とは、それとはまったく違う「新しい能力」なのです。ですから、もし、その方がリーダーとして自分のステージを上げようと思ったら、「新しい能力」を身に着ける必要があります。この「新しい能力」とは、「目標設定する能力」「人をまとめる能力」「仕事や予算を取ってくる能力」等々の成果をあげるためのマネジメントの力です。新しい能力を身に着けていないのに、辞めるということは、近視眼的なものの見方しかできていないということです。

例えば目標設定で、自分の仕事の目標設定ができても他の人の目標設定ができますか?ということです。自分がプロジェクトの中できちんと仕事をするだけでなく、Aさん、Bさん、Cさん、能力も性格も違う人達を使って、1+1+1が3以上の5にも10にもなるような成果を上げることができますか?ということです。それが評価になり、給料に結びつくということです。さらに、これは非常に重要なことですが、仕事をとってこれますか?ということです。また、予算をとること、納期の交渉をすること、人が足りないので他社や他部署から人を引っ張ってくる等、そういう能力もあります。総合的に成果をあげるためのマネジメント力を養っているかということです。戦国時代でも、たまたま大将の首をとった人がいて、その人が大将になれるかというと違うでしょう。戦略を立てる能力、人を使う能力がないと大将になれない、そういう事です。

以前、勉強カルチャーということも言いましたが、立場的に偉くなればなるほど自分に厳しくなることが当たり前の組織にしたいのです。なぜなら、人財は我が社にとっての宝物であるからです。人財を生かすマネジメント側になる方には、自分を生かすだけではなく人を生かすことへの自覚がある事が重要です。その自覚があると、自分の未熟さを痛感します。私も、未熟さを痛感しているからこそ、様々な経営セミナーや会社訪問に行き勉強しているわけです。自分の未熟さを知らないと他から学ぶことはできません。「大切な人財を生かす(マネジメント)側」になることの自覚があれば、自ずと「その能力が未熟である自分を厳しく鍛え直す覚悟」ができるはずです。当社では、中間管理職向けにこの自覚を促すための研修も実施しています。

 

  • 抜擢人事と敗者復活戦

この数年実践してきたことは、

  • マネジメントに必要な見識や能力が備わっていなくてもチャンスを与えて任せてみる
  • 一定の時間を与え、教育を施し、その内容に基づいて自分で考え、試行錯誤をしていくうちにだんだん育ってくるだろう、

という楽観的な考え方で「人事」を実施してきました。

その中には、抜擢人事的なものもあったと思いますが、もちろんその打率は十割ではありませんでした。失敗する事も多々ありましたが、それは直属の上司や本人の責任もゼロではないと思いますが、基本的には抜擢を容認した私に責任があると考えています。

また、後で考えてみたら与えたポストやミッションが、その人以外の誰に任せてもできない業務であったということもあります。(ドラッカーは“後家殺し”の業務と呼んで戒めています。)ですから、1回失敗したからといってダメだということは全く考えていません。いつでもやり直していただけるようなチャンスやポストは与えていく方針でいます。いつの場合も敗者復活戦はあると考えています。

 

  • 見識の醸成(=風通しのよい組織)

常に長期的に、5年、10年、20年の間、志を忘れずに見識を広げる努力を続けていける人は、成果をあげるマネジメントができるようになると思っています。私は、マネジメント層の知力ベースマネジメントのポイントは、正しい見識を持つことができるようになることです。見識とは簡単に言えば、モノの見方、考え方のことです。それは、単に勉強するだけ、物知りになるだけでは身につきません。様々な経験を通して身についてくる知恵のようなものです。

なぜ、マネジメント層に見識が必要かと言うと、それがないと本当の意味で多様な意見を聞くことができないからです。風通しの良い職場にするには「部下の意見を聞く耳を持ち」、「衆知を集めることができる」組織にする必要があります。しかし、見識のない上司だと「話は聞いてくれるが、何も判断してくれない」という不満が出てくるのです。部下の意見を聞くといっても、部下の中には勘違いして「言論の自由」的に奇抜な意見を言ったり、野党的に反抗したりする協調性のない人もいます。プライドが高く、自分の存在感を示したいだけの自己顕示欲の強い人もいますし、同僚や後輩に嫉妬して、批判や誹謗中傷をするような人もいます。そういう時、それを「全否定」してもダメですし、「全肯定」ももってのほかです。そういう人を善導するには、その人を上回る知力と見識が必要です。その見識を共有する手段としてこうして朝礼で話をし、それをHPに公開し、本にしているのです。

先日も他社の管理職の方から、セリオホームページの私のコラム記事を活用して部下と話をする材料にしているとお礼を言われたことがあります。そういう方は結構いるようですが、理念本を上手に活用すれば、上司としての権威を維持しつつ、風通しの良い組織が作れるはずです。部下を叱るときも、部下の方が上司に諫言するときにも使えると思います。

 

もし幹部に見識がないとどうなるかと言うと、私など何も言えなくなってしまうのです。どういうことかというと、見識のない人は「指示」と「提案」と「相談」の区別がつかないのです。たとえば、私が、「こういうのをやったらいいんじゃない?」という感じで発言しいたとして、見識のある人であれば、「提案」であると理解し、「確かにそれもいいのですが、こういう事情で時期尚早だと思います」などと言ってくれるのですが、見識のない人だと「社長がこう言ったからすぐやらねばならない」ということになってしまうのです。今度、新岡山オフィスを建てると聞きましたが、仮に私が「新オフィスには立派な社長室があるといいね」と言ったとしても、必要がなければ作らないでしょうが、見識のない部下だったら、もしかしたら要らない社長室を設計してしまうかもしれません。そうなると、なにも発言できなくなりますし、冗談も言えなくなります。社長である私にも言論の自由があって、自分の意見を言う権利も義務もあると思うのですが、幹部にその意見を受け止めるだけの共通の見識がないと何も言えなくなってしまうのです。

また、同じような対応でも「人・時・場所」によって言うことが変わることもあるのですが、それが理解できない部下もいます。例えば、ある本部の幹部に対しては「取引先を広げよ」と言い、別の本部の幹部に対しては「取引先を絞り込め」などと反対のことを言うこともあります。それは、その部署が置かれている状況が全く違うからなのですが、幹部に見識がないと社長は二枚舌だ、方針がいい加減だとなってしまうことがあります。見識があれば、お互いの置かれている状況が違うからだと理解できるので、ここもマネジメントにおいて重要なポイントになってきます。幹部に一定の見識があるからこそ、大胆な権限委譲も可能になってくるのです。

 

今月は、ここまでですが、引き続き来月も人事についての考え方の続きをしたいと思います。

どうしたら「自燃人」になれるのか ~出雲で学んだこと~

今年は、当社の中長期計画である「ニューフロンティア3ヵ年計画」の最終年です。この計画では、個人が取り組んでほしいテーマとして「自燃人革命」を掲げています。

『自燃人(じねんじん)』とは、自ら燃える人であって、自然人(しぜんじん)ではありません。要するに、以前から言っている言葉でいえば、自家発電できる人、セルフヘルプ型の人ということです。他の人から言われなくても自ら進んで物事に当たることができる人になろうということだと思います。これに対して、評価を与えられたり、上司に説得されたりするという何らかの誘因があればやる気が出る人のことを『可燃人』と言います。また、誘因があっても前向きになれない人のことを『不燃人』と言います。一般的にどこの組織においても、自燃人:可燃人:不燃人の比率は2:6:2(パレートの法則)なのだそうです。ですから、自燃人革命というのは、この比率を変えようということなのでしょう。しかし、「人を大切にする経営学会」などの視察に行くと、社員全員が自燃人の集団のような会社もあります。そういう会社の社長さんに「お宅は全員が自燃人ですね!」と言うと、「そんなことはありません。やはり2:6:2の法則は働いています。」とおっしゃいます。なぜかというと、そういう会社では、自燃人のレベルが高いのですね。ですからわが社の基準では自燃人であっても、その会社ではまだまだということになるのです。まぁ、そういう相対的なものではあるとしても、個人としては理想的な自燃人を目指したいものです。ということで、今月はどうしたら自燃人になれるのかというテーマで、自燃人とはどういう人なのかということを考えてみたいと思います。副題に「出雲で学んだこと」としてあるのは、先日出雲大社へのお参りもかねて出雲方面に数日出張した際に、自燃人の典型のような方々と出会えたからです。

 

1.自燃人の代表―大国主命(大黒様)

商売繁盛や縁結びで有名な出雲大社は皆さんご存知だと思いますが、お祀りされているのは、七福神の一人で大黒様とも呼ばれている大国主命様です。皆さんも、米俵の上で、大きな袋を背負って、ニコニコしながら打ち出の小槌をふっている大黒様の像をどこかで見かけたことがあると思います。また、地元のお菓子で有名な「因幡の白兎」という大国主命がウサギを助けたという逸話は知っていると思いますが、実際どういう話なのかはよく知らないのではないでしょうか。『古事記』に書いてあることを要約するとこういう話なのです。

「因幡の白兎」の物語

結論から言うと、大国主命というのは須佐之男命のご子孫で、大和の国を作った「国造りの神」です。他にも八十神と呼ばれるくらいたくさんお兄さんの神様がいたのですが、いろんな出来事があって大国主命が国造りをすることになったのです。そのエピソードとして特に有名なのが「稲羽(因 幡)の白兎」です。

出雲の対岸にある隠岐の島に賢い一匹の兎がいたそうです。ある日その兎は、向こう岸の大陸に渡ってみたくなりました。そこで、海にたくさん泳いでいるワニ(和邇=サメのこと)を利用しようと考えます。兎が泳いでいるワニに「ワニはずいぶんたくさんいるけど、やっぱり兎の方が多いよね」と対抗心をあおると「そんなことはない。ワニの方が多い」というので、「では、あなたの仲間を向こうの岸まで並べてください。その数を数えればどっちが多いかわかるでしょう」とけしかけます。兎の策略にはまったワニは仲間を連れてきて向こう岸までずらっと並ぶと、兎はその上をピョンピョンはねながら渡っていきました。そのまま向こう岸まで渡ればよかったのに、最後に兎はつい「お前たちはバカだね。数比べなんて真っ赤なウソだ。向こう岸に渡るためにお前たちを利用しただけなのだ」と言ってしまったのです。それを聞いたワニは烈火のごとく怒り、兎を捕まえて、懲らしめてやろうと皮をはいで海岸に放置してしまったのです。

ちょうどそのころ、大国主命と八十神と呼ばれるそのお兄さん方は、お母さん神様のアドバイスで、因幡の国に住む八上比賣(やかみひめ)という絶世の美女にプロポーズしようということになり求婚の旅に出たのです。その際、八十神たちは旅行の荷物を全部大きな袋に入れて一番下の弟に担がせたのです。これが、大国主命が背負っている袋なのです。大国主命は、そのようなひどい扱いをされたことを気にすることなく一人だけ遅れて旅を続けていました。

八十神たちは因幡の海岸で、皮がはがれて泣いている兎を見つけ、その理由を聞いて、「とんでもない悪い兎だ。もっと懲らしめてやろう」と「その傷を直したければ海に入って塩で洗い、太陽で乾かしなさい」と言います。改心していた兎は神様の言うことだからと、感謝してその通りにしたところ、前よりもっと悲惨なことになってしまい、泣いていました。すると、そこに遅れてやってきた大国主命が「兎さんどうしたのですか」ときくと、かくかくしかじかということだったので「それは大変だったね。手伝ってあげるから川の水で傷を洗い、蒲の穂の花粉を塗って治しましょう」と手当てをしてくれたのです。

感激した兎は「使用人のように他の人の荷物を背負っていらっしゃるけど、あなたこそ八上比賣を娶られるべき立派な神様です。八上比賣様の目に狂いはありません。」と告げたのです。この話をもとに、大国主命は「医療の神様」になり、心を入れ替えた因幡の白兎も「兎神」として祀られているわけです。

その後どうなったかと言うと、八上比賣は、兎の予言通り婚約者として大国主命を指名するのですが、これを面白く思わない八十神はなんと大国主命をだまして殺してしまうのです。しかし、「古事記」というか神代の時代のすごいところは、たとえ死んでも、それを悲しんだお母さん神様が高天原の神様に頼みに行くと、大国主命が生き返ってしまうところです。しかも、生き返った大国主命は再度お兄さん神たちに殺されるのですが、その度に生き返ってくるのです。しかも大国主命はお兄さんたちを恨みもせず、淡々と自分の修行に励むのです。

まことに個人的なことですが、鹿児島出身ということもあり、私は子供のころから西郷隆盛の大ファンなのですが、この大国主命の神話を聞いていると、どうしても西郷さんが思い返されるのです。それは、他の人の荷物をたくさん背負っても何一つ不平を言わずに、よかよかと笑っている西郷さんであり、弱いものを限りなく慈しむ西郷さんです。また、僧の月照と錦江湾に身を投げて蘇生した西郷さんであり、沖永良部島に流されても生き返って維新を成し遂げた西郷さんです。そして、最後は、自分を慕う若者たちのために生命を預けて亡くなっていった西郷さんです。

出雲の神様に多くの人がお参りに行くのは、そこに、西洋的な自己犠牲の精神とはちょっと違う大和心を感じるからではないでしょうか。ある意味、大国主命的な生き方こそ自燃人のお手本なのではないかと思うのです。

大国主命は、その後高天原で須佐之男命による厳しい修行にも耐え、国造りをされたため、農業、商業、医療、縁結び等々の神様として慕われています。

 

2.出雲で出会った自燃人① キシ・エンジニアリング 代表取締役会長 岸征夫さん

次に、大国主命様のご縁で、出雲で出会った素晴らしい自燃人の方々を何名かご紹介したいと思います。最初にご紹介したいのは、坂本先生の『ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社』等に掲載されているキシ・エンジニアリングの岸会長です。

同社は、出雲市駅からも少し離れた不便なところにある、従業員数名という話ですが、社員の方がいらっしゃるのかよくわからないような小さな会社です。機械メーカーということですが、ガレージのような作業場があるだけです。今回訪問した時も、75歳になられるという会長ご自身がお手製のヨーグルトとジャム、コーヒーなどで歓迎してくださいました。岸会長は、もともと地元の大手農機具メーカーのエンジニアだったのですが、40歳のころ脳に障害を持つお子さんのために独立されたのです。それ以来、呼吸器トレーナーやリフト付き電動車イスなどの障碍者向けの機器を中心として、大手自動車メーカー等からも一品ものの受注をしている会社です。

今回の趣旨は、この会社の経営理念や経営方針など「あり方」を学ぶことでも、事業内容を学ぶことでもありませんので、詳しく会社の内容を知りたい方は、前述の坂本先生のご著書などを読んでみてください。

私が今回お伝えしたいのは自燃人の典型としての岸会長です。一番、自燃人的なことは「好きでやっているだけ」と言い切れることです。「なぜ会社を始められたのですか?」「なぜこういう機械を作ろうと思われたのですか?」と伺っても、結局、「好きでやっているだけ」なのだそうです。間違いなく障害などで困っている方のためだと思うのですが、亡くなった娘さんのためともおっしゃいませんし、世のため人のためともおっしゃいません。会社の存続のためでもなく、利益のためでもなく、純粋に自分がやりたいこと、好きなことを好きなようにやっているだけ。

自然人の最大の特徴は「好きでやっているだけ」と言い切れることだと思います。

3.出雲土建・出雲カーボン 石飛裕司社長

最近では大分有名になりましたが、「炭八」という商品を開発した方です。石飛社長とは、2年くらい前に広島で開催された「人を大切にする経営学会」の中国支部の第一回例会でお目にかかったのが最初のご縁でした。その時に出雲土建、出雲カーボンの名刺以外に「出雲屋炭八」という変わった名刺をいただき、「この人はただものではない」と感じたのが最初の出会いでした。

「炭八」という商品に興味を持ったので、セリオデベロップメントの新規事業としてコラボできないかという思惑もあり、その後何度も出雲を訪問しました。「炭八」を天井や床下に敷き詰めた住宅では、湿気を防ぎ、防音効果に優れ、いやな臭いも防ぎます。本業が土建屋さんなので、「炭八」を敷き詰めた集合住宅を出雲市内に何棟も建てて、その効果を十年以上にわたり大学の研究室と共同で測定しています。

その後何度か訪問して、販売戦略の相談に乗ったりしていたのですが、住宅用以外に、個人的、家庭的にも多様な用途と販路があると思い、商標や特許についてアドバイスをすることになりました。その後テレビの通信販売で爆発的に売り上げが伸びたことから、昨年設備を増設したと聞き、今回はその設備を拝見するために訪問したのです。

この会社については、来年くらいに坂本先生がご著書に書かれるそうなので、楽しみにしていてください。さて、今回は、自燃人としての石飛社長の特徴についてお話します。

特徴の第一は、炭に狂っていること。自称「炭狂老師」を名乗っていらっしゃるので、そう申し上げても構わないと思うのですが、実に狂っているとしか言いようがないのです。要するに、四六時中そのことを考えている。没頭している。頭から離れない。しかもそういう状態が十年以上続いていて、ブレない、変わらない。

第二に、すさまじい努力をしているのだが、本人にはその自覚がない。これだけ長期間苦労しているのに、そういう雰囲気がまったく感じられない。妙な力みもなく、達成に向けての悲壮感もない。淡々と努力を楽しんでいる感じ。

第三に、才能があるとしか思えないのだが、本人にはその自覚が全くない。客観的に見て、天才的な発明をしているし、画期的な商品を開発しているので、間違いなく才能や資質があるはずなのだが、本人は意識していない。

第四に、ありえないくらい損得を考えていない。事業的には、当初極めてリスキーな事業だったが、リスクを全部ひとりで背負ってやり続けてきた。結果的に現在成功し始めてきたが、むしろ絶望的な状況の方が長く続いていたはずである。にもかかわらず、一切損得を考えずに続けてきたし、成功しても事業の急拡大を考えていない。

第五に、失敗が失敗にならない。単なる試行錯誤であり、成功へのきっかけだと心から信じているし、感謝している。

色々申し上げましたが、結局、石飛さんも岸さんも「好きでやっているだけ」なのです。

お二人の特徴から、あえて、自燃人の効能と言うべきものを上げるとすれば、何といっても、努力にモチベーションが要らないということでしょう。これは努力するのに他人にモチベーションを用意してもらう必要がある人と比べると、とてつもない強みです。なぜなら何らかの誘因(インセンティブ)がないとモチベーションが維持できないという人(可燃人タイプ)は、自力で努力が持続しにくいからです。しかも、例えば、ボーナスの上げ幅も毎回同じだとありがたさがなくなっていくように、誘因は、繰り返し使われると収穫逓減しやすく長続きしないでしょう。

つぎに、自燃人は極めて逆境に強い、というか、例え理不尽な外部環境の変化に遭遇しても、それをチャンスとして考えることができます。反対に、可燃人タイプの人はどうしても逆境に弱い。特に、理不尽な外部環境の変化に弱い。必然的に、失敗の原因を自分以外のものに求め、逃げやすくなります。どちらを選ぶかはまさしく個人の判断ではあるのですが、幸福感ということを考えて、自燃人を選ぶ方をお勧めしているわけです。

 

4.社会福祉法人雲南ひまわり福祉会

出雲の自燃人シリーズの最後にご紹介したいのは、昨年度、第9回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で実行委員会特別賞を受賞された社会福祉法人「雲南ひまわり福祉会」さんです。ここは、出雲市から車で小一時間ほどのところにある雲南市という人口3、4万人の地域で、就労型支援施設以外に介護施設やデイサービス、グループホームなど色々な事業を営んでいらっしゃいます。

こちらの施設の最大の特徴は、現在、職員として正職員が20名、非正規職員が28名いらっしゃるのですが、自主的に経営計画を立て始めてから8年間、正社員に誰も退職者が出ていないということです。大変失礼ですが、これは島根の山の中の施設の話です。

ご存知のように、現在介護業界等ではとんでもない人手不足になっています。人手不足というより来てくれる人がいないというのが実情のようです。その最大の原因は、人が定着しないことにあります。入ってもすぐに辞める。すると長くいる人の負担が大きくなり、その人たちも持たなくなる。採用に莫大な費用とエネルギーと時間がかかる。それも退職で無駄になる。こうした悪循環というか負のスパイラルが続いているのですが、この島根の山奥の施設では、他の施設では信じられないくらいの好循環が起きているのです。

今回は、当社の人財部の方々も一緒にその軌跡を学ばせていただきました。

1.「働きやすい職場」というのはどういう職場なのか、みんなで意識を共有した。

2.その後、従業員満足=利用者満足という方向性の下、中長期計画を策定した。

3.KPTを明確にして、職場の空気を換えたら結果的に退職者がいなくなった。

4.退職者がなくなり、好循環が生まれ、コストロスがなくなった。

5.最近では、採用も複数の候補者の中から選別できるようになった。

ということでした。

KPTというのは、Keep、Problem、Tryの略で、ブレストの方法です。みんなで、ポストイットなどにKeep(続けること)Problem(課題)Try(改善点)をどんどん書いていって、それをもとにPDCAを回していくやり方です。

結局、全員が「働きやすい職場」を意識し、それに向けて自燃人になっていったということでしょう。これこそ本当の意味での「働き方改革」だと思います。私は「働き方改革」=自燃人革命そのものだと思います。これを実証してくださったのが雲南ひまわり福祉会さんではないかと思いました。

そういう意味で、雲南ひまわり福祉会さんには学ぶべきところがたくさんあります。

 

NPOに学ぶ経営

ドラッカーもNPOの経営に学ぶべきだと言っていますが、その通りだと思います。なぜなら、NPOではKPIが収益的なものにならないからです。収益的なものは結果であって、より本質的なもの、根源的なものをKPIとして追い求めるからです。

企業経営においては、収益的な数字ばかり追っていると、結果が出ているときほど現状維持バイアスがかかりやすくなります。例えば、本当は今の仕事を減らして、新しい分野に進出すべきであるのに、そのことで前年対比売上の数字が維持できなくなるのではないか、結果的に賞与などに影響が出るのではないかと思うと、「今のままでいいじゃないか」という空気になりやすいのです。こうした空気を自分たちの意思で打ち破るためにも、本当の意味での「働き方改革」としての自燃人革命を推進していただければありがたいと思います。

 

我以外皆師 ~なぜ人の意見を聞けないのか~

はじめに、なぜこのテーマにしたかお話します。この「我以外皆師(われいがいみなし)」という言葉は、ある有名な小説家が座右の銘としていた言葉ですので、知っている人は知っているのではないかと思います。

要するに「自分以外は皆、先生だと思って接しなさい」ということです。それはどういう意味かと言うと、「どんな人であってもどこか自分より優れたところがあるだろうから、先生だと思って学びなさい」ということでしょう。「初心忘るべからず」と言いますが、習い事をしていても、本当に上手になる人というのは、自分の専門外の人をも、先生と思って学ぼうとするものです。ところが、ちょっと上手になってくると慢心して人の意見を全く聞けなくなる人もいます。

副題として「なぜ人の意見を聞けないのか」という題をつけましたが、むしろ、これが今日のテーマです。なぜこのテーマを選んだかというと、最近すごく優秀な方なのに、全然ほかの人の意見を聞こうとしない方と、出会ったからです。優秀な方であっても、天狗になってしまうと、全く人の意見を聞かなくなるということがあるのだな、と思ったからです。そこで、他山の石ではありませんが、私も社長になって10年近くなりますので、そういう兆候が出ているなら、遠慮なく指摘してほしいと思いますし、自戒したいという趣旨でこのテーマを選んだ次第です。

 

どんな人が他人の意見を聞けないのか

他人の意見を聞けない人の典型的な例は、永年ワンマン社長を続けてきたような方が、歳を取っても権限を委譲せず、全部自分で決めないと気が済まないという、いわゆる「老害」です。最近も大手の住宅賃貸会社で、設備の不備が社会問題化しましたが、その原因は、つまるところ、創業トップがワンマンで部下の意見を聞かないからだった、と言われています。こういう例は枚挙にいとまがありません。成功した創業者、一代で財を成した人、会社の中で功績があったベテランなどにも、そのような傾向がでてくるようです。また、家庭の中でも、頑固おやじになって息子や娘のいうことを、聞かないお年寄りはたくさんいます。歳を取ると身体が不自由になるせいか、とてもわがままになりますし、「昔からこうするものだ」という考え方に凝り固まっている人は、その結果周囲が迷惑しても、まったく顧みない年寄りもいます。

では、年配の人だけかと言うと、意外にそうではなく、若い人でも人の意見を聞けない人は、たくさんいます。何かアドバイスをしようにも、全く聞く耳を持たないで反発ばかりする、全然素直でない若者というのもいます。そういう人は、多分、思春期に傷ついた経験があって、まだその傷が癒えていないのでしょう。二度と傷つくのが怖くて、外部からちょっと刺激されると、ハリネズミのようにすぐバリアを張って殻に閉じこもってしまいます。

結局、人の意見を聞けない人は、傍から見ると非常に我が強くて、素直でないということではないかと思います。どちらかというと女性の方が柔軟で素直なイメージがありますが、男女に限らず、そういう方はいます。

 

人の意見を聞くことの効用

エピソード①: 松下幸之助が言った絶対に欠かせない「指導者の条件」とは?

人の意見というのは、確かに当たっていることもあれば外れていることもありますが、たとえ外れていたとしても参考にはなります。結局、人の意見を聞かないことの何がよくないかというと、その人の伸びしろを否定することにつながってしまうからではないかと思います。

松下幸之助さんの著書に『指導者の条件という本があります。これは私が30代の頃から繰り返し読んでいる本です。この本が出版された時、この本に記載されていた「指導者の条件」が102項目もあったので、ある記者が松下さんにこういう質問をしました。

「いままで経営をしてこられたその経験から、指導者として必要な条件は、いろいろとあると思われますし、すでに折々にいくつか挙げておられますが、しかし無理なことだとは思いつつ、あえて質問させていただきます。指導者や経営者にとって、必要な条件、これだけは、絶対に持っていなければならない条件をひとつだけ挙げて頂けませんでしょうか?

この問いかけに対して、松下さんは、「う~ん、そうですなあ、ひとつね、ひとつだけですな。ま、ひとつだけ指導者に必要な条件を挙げよと言われれば、それは、自分より優れた人を使えるということですな。そう、これだけで十分ですわ」とおっしゃったそうです。

実は、この本を最初に読んだ30代のころは、これが唯一の指導者の条件ということに対して、あまりピンときていませんでした。というより違和感がありました。やはりリーダーである以上、一番優秀であるべきで、自分より優秀な人に仕事をさせようというのは、なんか無責任なんじゃないかという感じがしたのです。しかし今、60代になり、社長をさせてもらっていて、松下さんのこの考えは本当によくわかります。

先日も、ある部門の会議をしていて、以前は「(お客様や上司から)言われたことを言われた通りにやることが仕事だ」と思っていたような社員が、当社の理念をきちんと理解し、「会社全体(社員の幸福実現)のために、自分はこうすべきだ」と、自分の頭で考え、発言してくれるようになっていたのが、本当に素晴らしいと思いました。社員が責任を持って会社のことを考えてくれるというのは、社長としてとても嬉しいことです。こういう会社にしたかったというのが、私の理想としてずっとありましたが、少しずつそういうカルチャーが出来てきたことが本当にありがたいと思います。また、自分たちが幸福になるために、「成果を上げることが貢献である」ということを理解し、あれこれ細かいことを言わなくても実行してくれるようになったことも、本当にありがたくて、嬉しいことです。以前、東海バネの会長・渡辺さんが「自立できるということは、言い値で買ってもらえるようになること」とおっしゃっていました。これを実現することは簡単なことではありませんが、こういったことを実行できる社員が増えてきたのは、幹部の皆さんの指導の賜物でもありますが、実にありがたいと思います。

部下が社長に頼らないで、自分で考えて行動することを嬉しく思えるのは、こういう本を読んでいたからだったのかなと思います。このように、若いころには分からなくても、歳をとって分かることもありますが、経営の神様と呼ばれる人がおっしゃったことでもあるので、非常に重要なことだと思います。

 

エピソード②:アンドリュー・カーネギーの墓碑銘

これも結構有名な逸話ですが、アンドリュー・カーネギーが自分の墓に刻ませた有名な言葉があります。アンドリュー・カーネギーは、鉄鋼王と言われている大富豪ですが、元々はスコットランドの貧しい移民で、裸一貫で巨大な富を築き上げた方です。以前ナポレオン・ヒルの成功哲学についてお話しした時にもご紹介したことがあります。この人が「成功者をたくさん紹介するから、20年かけて成功法則を発見し後世に遺しなさい。ただし無報酬だが、それでもやる気があるか?」という試験をして、それに合格したナポレオン・ヒルが成功哲学を考えたという話をしたことがあったかと思います。

『経営者の条件』という本で、アンドリュー・カーネギーが自分の墓に刻ませたという有名な言葉を引用したのが、これまた有名なドラッカーです。ドラッカーは、これこそが経営の条件だと言ったのです。

Here lies one who knew how to get around him men who were cleverer than himself.

直訳すると、自分よりも賢い人たちを集める方法を知る者ここに眠るということです。

ちょっとビックリしますが、松下さんも、カーネギーも、ドラッカーも自分より優れた人を使えることがトップの条件なのだと言っているのです。人を使える人というのは、当然、人の意見をきちんと聞ける人でしょう。これこそ、人の意見を聞くことの最大の効用なのです。

 

「トップがオールマイティでなければならない」という考えは発展を止める

要するに「トップがオールマイティでなければならない」という考えは発展を止める、ということです。何もかもトップが判断しないといけない組織だと、トップの能力以上には大きくなりません。これは、決して善悪の問題ではありません。どういう経営がいいとか悪いとか、言っているのではないのですが、たとえば、従業員が数名、数十名の小さな組織だったら全部社長が決めてもいいのです。しかし、もしこの組織を大きくしようと思ったら、人が使えないと、大きくはできないのです。個人営業でも、チームを作ったり、組織を発展させたり、大きくしていこうと思ったら、そこをやらないといけないということです。組織を大きくするのが良い、というわけでもありませんが、わが社の場合、二百数十名の社員がいて、協力会社の方もかなりいるわけですから、そういう人たちを幸せにしていくために、組織を大きくしていくことは必要なことです。

なぜ、発展を止めるかというと、もし、「部下よりも知識を持つこと」「賢くなること」「経験を積むこと」「お金に強くなること」「技術にくわしいこと」……など、全てにおいて部下より優れた存在になることがリーダーの条件だというのであれば、結局トップの能力の限界が組織の限界になってしまいます。適切かどうかわかりませんが、ゴルフに例えると、全部自分でショットを打つのをやめて、自分より上手な部下に打たせるようなものです。ドライバーはAさんに、アプローチはBさんに……と、自分がすべて打つのではなく自分より上手い人に打ってもらうことです。ゴルフでは違反になりますが、経営はそういうことができます。よく「強みを生かす」と言っていますが、こういうのもアリで、自分一人でやらなくていいのが経営なのです。

 

自分の能力が組織の限界になった『白い巨塔』の財前医師

先日テレビで『白い巨塔』というドラマを5夜連続でやっていました。これは山崎豊子さんが約50年前に書いたベストセラー小説で、最初に読んだのは大学生の頃でした。財前五郎という岡山出身の外科医が主人公の話で、何度も映画やテレビドラマになっています。

スーパードクターのままでいればよかったのですが、小さい頃からのコンプレックスもあり、教授になるという野心を抱きます。教授選に出馬した財前は、権謀術数を駆使して教授になるのですが、その直後の手術で、若い医師の言葉に聞く耳を持たず、同僚の里見という内科医意見も無視して我を通したことから患者を死なせてしまいます。ハッピーエンドでも何でもない、非常にドロドロした人間劇ですが、いろんな意味で医学会に波紋を投じた問題作です。50年経ってもリメイクされ、つい観てしまうというのは、やはりいろいろな教訓が含まれているからでしょう。

結局彼は、指導する立場の大学の教授になった時に、変わらなければならなかったと思います。指導者の条件は「自分より優秀な人を使えるようになることだ」ということを悟ればよかったのですが、それを悟ることができなかったから悲劇を生んだのです。

 トップ自身が、自分がトップとして果たすべき最大の責任は、自分より優秀な人を使えるようになることだということに気付くことができれば、その組織は、トップ個人の能力をはるかに超えた発展が可能になることを意味しています。会社のチームやプロジェクトもそうですし、家庭もそうかもしれません。結局は、自分の能力を超えた発展を目指すならそうすべきだということです。特に、多くの社員や関係者を幸せにしようと思うなら、自分より優秀な人を使えるようになることを心掛けることが大切だと思います。

たとえば、誰かと話をしている時にその人と自分を比較して「あの人はあれを知らない、あれができていない」とか「あの人より自分は優れている、よく知っている」というような欠点やアラ探しをするのではなく、「あの人はここが優れている」「あの人のここを学びたい」と言えるように心がけることです。個人的には、最近意識していることなのですが、若い方々に対して「最近の若い人は立派だ」と声に出して言うようにしています。

しかし、現実には、『白い巨塔』の財前医師のように部下の進言を頭ごなしに否定するような、いわゆる「聞く耳を持たない上司」が存在することも事実です。自社にいなくても、取引先にそういう方がいらっしゃることがあるかもしれません。次に、はなはだ個人的な分類ではありますが、どういうタイプの人が人の意見を聞けないのかを考えてみたいと思います。

 

人の意見を聞けない4つのタイプ

①自己保身の思いが強いタイプ

こういう人は大抵、頭のいい人でセルフィッシュな人です。先ほどの財前医師タイプです。また、会議などで会社の方針に総論的には賛成しても自分からは何もしない、いわゆる「面従腹背型」の人もいます。そういう人も聞く耳を持たないでしょう。皆さんとても頭がいいのですが、頭のよさを全体の貢献のために使わずに、自己保身や自己保存のために使う傾向性があります。できない言い訳をするため、責任から逃げるため、責任を取らないための理屈付けをすることが仕事の大半になっている人もいます。役所や大企業の管理職に多いように思います。

②職人肌で「自分が最高」と思っているタイプ

マニアックな技術者や職人さんに多く見られます。小さな世界で頂点を極めたと思っているような人で、本当に最高かと突き詰めると、客観性がない場合も多いのではないかと思います。

③プライドが高く、傷つくのが怖いタイプ

これは、自分に本当の意味での自信がなくて、人の意見を聞くと、今まで苦労して積み重ねてきたものが壊れてしまうような気がするような人です。創業経営者に、よくいらっしゃいます。典型的なのは、嫁の意見が聞けないお姑さんでしょうか。何かコンプレックスがあり、本当の自尊心を持てない方です。

④言葉尻をつかまえて切り返すタイプ

いわゆる口のたつ人で、自己主張ばかりして全く話がかみ合わない方がいます。ああ言えばこう言うタイプで、すべて議論で切り返すことで生き抜いてきたような人に、多いように思います。すべてに対して批判しかしない政治家のような感じでしょうか。批判や否定はするが、代案や建設的な意見は言わないし、言えないような方です。

以上、人の意見を聞けない人の傾向性を、4つのタイプに分類してみました。自分の思いや発言を振り返るときの、参考にしていただければと思います。

 

グラッドストンとディズレーリ

グラッドストンとディズレーリは、全盛期のイギリスの政治家で、次のような面白いエピソードがあります。


1874年のロンドン。2人の男が全盛期の大英帝国の指導者の座を争っていました。自由党党首ウィリアム・グラッドストンと保守党党首ベンジャミン・ディズレーリです。政権を獲るのが、自由主義者のグラッドストンか帝国主義者のディズレーリかにより世界情勢は大きく変わります。

そんな世界情勢の中、投票日の一週間前に一人の女性がグラッドストンとディズレーリと会食する機会を得ました。メディアはその女性に両雄の印象を尋ねました。

最初に、グラッドストンと会った時の印象聞かれた女性はこう答えました。

「グラッドストン卿とお話した時は、卿こそが世界で一番賢明な方だという印象を受けました。」

次に、ディズレーリと話した印象を聞かれると、女性はこう答えたいうのです。

「ディズレーリ卿とお話した時は、私が世界で一番賢明な人間だと思えました。」


これは、先ほどの『指導者の条件』自分より優れた人を使えるか、という話とは少し違うかもしれませんが、実に面白いエピソードだと思います。

グラッドストンは、頭のいい人であることを印象付けましたが、ディズレーリは、相手の話をしっかり聞いて、相手に自分は優れていると思わせる力を持っていた、ということになります。相手に、「自分のいいところを発見してくれて嬉しい」「この人とだったら働きたい」「この人の為だったら頑張れる」と思わせる人だったのでしょう。民衆に対して、聞く耳を持っている人の方が良くありませんか。このようなエピソードもあるので、参考にしてみてください。

 

我以外皆我師也(われ以外皆わが師なり)

最後に、冒頭のテーマに戻りたいと思います。これを座右の銘にしていた作家とは吉川英治です。有名な『宮本武蔵』という小説を書いた人です。司馬遼太郎は皆さん知っていると思いますが、司馬遼太郎よりも一世代前の歴史小説の大家中の大家です。この言葉は、宮本武蔵が言っていた言葉だそうです。武蔵のような剣の達人が「自分以外は皆、先生だ」と言っていたのです。吉川英治ほどの大作家が、「自分以外は皆、先生だ」と思って仕事をしていたのです。

自戒の意味も込めて申し上げれば、自分の権力や名声のためではなく、組織の理念実現のために真摯に研鑽を積み、自分の専門領域については努力を続ける、と同時に、それで天狗になってしまわないで、常に「自分以外は皆、先生だ」と思うような気持ちで、他の方々に接していけるといいと思います。皆さんも、色んな技術を学んだりするなかで、いろいろとストレスやトラブルもあると思いますが、自分自身のぶれない軸として「我以外皆師也」というような心構えを持って、生きていければ素晴らしいと思います。

 

 

人を大切にする経営のための会計(3)

今回で会計については最終回になりますが、これまでの話を要約してみます。

第1回の要点整理 「会計について」

会計は、事業活動を「見える化」する機能を持っています。経営者は、会社のお金を預かる立場にあることから、その収支状況を毎年関係者に説明する義務があります。

  • ・国に税金を納めるため⇒決算書(年次決算)
  • ・上場企業:株主配当のため⇒有価証券報告書(四半期決算)

このように実務上の目的もありますが、何より大切な目的は、経営の役に立てるためだと思います。経営の役に立つという意味で、最も重要な役割は「会社を潰さないこと(Going Concern)」です赤字になっても会社は潰れませんが、仕入れ代金でも、お給料でも、払うべきお金が払えなくなると事業は継続できなくなり、会社は潰れてしまいます。したがって、会計の一番大切な役割は、資金調達です。この資金調達のための会計を財務会計(Financial Accounting)といいます。これは、経営の最高責任者が学ばねばならない会計知識です。

財務的な判断は、大きな会社では財務責任者CFOが担当しますが、小さな会社では社長自身か、信頼できる家族が担当しているのが普通です。ちなみに当社のCFOは、財務会計の専門家である私ですが、ほとんどの会社の社長は、財務会計のプロではありません。信じられないかもしれませんが、多くの社長が「勘」や「運」に頼って財務会計を行っています。その人の気分や性格が一番出てくるのが、この財務のところではないかと思います。結果的に、会社を潰す原因を作るのも財務会計である場合が多いのです。

繰り返しになりますが、経営の役に立つという意味で、最も重要な役割は会社を潰さないことです(Going Concern)。会社を潰さないためには、経営者や実際に現場を取り仕切る経営幹部が、正確に経営実態を把握して、正しい経営判断をしなければなりません

この経営判断をするための会計、つまり現場の経営に必要な情報を提供するための会計を管理会計(Managerial Accounting)といいます。これが、経営幹部が学ばねばならない会計知識です。具体的には、主に業績を向上させるための財務三表(BS、PL、CF)や、月次管理資料等を通して、経営の真実(実態)を見抜く「知恵」を身に着ける(学ぶ)ことです。

 

第2回の要点整理 「損益計算書(PL)について」

経営の成果は、最終的にお金で換算される数値として出てきます。損益計算書(PL)とは、会社の一定期間(1年/財務会計年度)の経営成績を表す決算書のことです。

 

利益は、売り上げから費用を引いた差額概念であり、計算結果です。計算結果である以上、計算根拠となる売り上げと費用の部分をきちんと管理するルールを作らなければなりません。その中で一番大切なのが、毎年同じ基準で売り上げを計上し、同じ基準で費用を計上することです(継続性の原則)。また、会社の「考え方(主観)」によって計算の仕方が変えられるものについては、経営者自身が明確にその根拠を把握せねばなりません。

しかし、損益計算を経営者や現場で恣意的に操作(粉飾)している会社もあります。損益計算書を読めるということは、「いい売り上げ」なのか「悪い売り上げ」なのか、「ホンモノの利益」なのか「ニセモノの利益」なのかを見抜けるようになることです。ドラッカーは、利益とは、会社が生き延びていくためのコストであり、会社が継続する上での保険のようなものと言っています。

当社では、利益とは、WTPを創造した結果得られるものであり、経営目的ではなく、Going Concernのためのコストであると考えていると述べました。

損益計算書には、「〇〇利益」という項目に様々な数字が書いてあります。多くの人がPLを見れば儲かっているかどうかがわかるといい、よく「この会社は経常利益率が〇%だからいい会社だ」などと言っています。しかし、そもそも「儲ける」とは、どういうことなのでしょうか?

  • 利益が出て、税金を払っているから儲かっている
  • ・利益は出ているが、予定していた利益より低かったので儲かっていない
  • ・前年を上回る(下回る)業績だったので儲かっている(儲かっていない)

これらが実際は非常にあいまいで、部下は儲かっていると思っていても、経営者は全然儲かっていないと思っていることがあります。実は、きちんと会計のことを分かっていないと「利益」と「儲け」の違いを理解することができません。これを解くカギは貸借対照表(BS)にあります。今回は、BSについての本質的な話をしたいと思います。

 

5.貸借対照表(BS)について

会計の本を読むと、貸借対照表(Balance Sheet)とは、一定時点における会社の資産と負債・資本を対比させることで会社の財政状態を表すものであると書いてあります。

上図が一般的なBSの説明ですが、非常に分かりにくいのではないかと思います。一般的に、流動資産には、上から順番に現金化しやすいものから並べられているといわれています。そして、固定資産など換金しにくいものは下の方に書いてあるということです。また、流動負債は短期的なもの、固定負債は長期的なものであるという説明が一般的ですが、そういう説明をきいてもよくわからないので、BSは考えてわかるというものではなく、暗記するものであるという感じになってしまいます。ところが、BSの構造を暗記しても、書いてあることの意味が腑に落ちていないと、使いこなせません。そのため、PLは使えるがBSは使えないという人が多いのです。それはBSの本当の意味が理解できていないからだと思います。

そこで、このBSの構造を全く違う表現(下図)で説明してみたいと思います。

ちょっと極端な表現ですが、まず、BSの左側は会社の「現金製造機」が示されていると思ってください。つまりCASH(現金)がCASHを生む仕組みが、BSの左側には書かれているのです。上図のように、「固定資産」というのは現金製造機のハードのことです。製造業的には、土地や工場などを指します。そして、この現金製造機に現金を投入すると、別の形になって現金が生まれてくるのです。これがBSに書かれている内容なのです。

現金製造機の中身ですが、現金が別の現金に形を変えていくプロセスのことを「流動資産」と呼んでいるのです。このプロセスでどんなことが起こっているかというと、現金製造機に投入した現金で仕入れた材料は、材料→仕掛品→製品→売掛金という流れで形を変えていきます。実はこのプロセスは、付加価値を生むプロセスでもあります。現金製造機の中で、現金はモノに変わり、モノに付加価値が生まれ、その付加価値が販売されて売掛金に変わります。この最初に投入した現金と、売掛金の差額を「利益」といい、最初に投入した現金と、実際に回収できた現金の差額を「儲け」と言うのです。これが「利益」と「儲け」の違いです。実は、会計の本には儲けという表現では書かれていませんが、実際はこの儲けがとても重要です。利益と儲けは違いますので気を付けてください。

本当のリストラとは?

突然ですが、リストラってなんだと思いますか?

一般的に、リストラとは、人員解雇とか事業整理のことでしょう。しかし、リストラの本来の意味は、BSの左側の現金製造機がうまく稼働しなくなった時、稼働させるようにすることなのです。より生産性を高めるために実施する資産の再構築(Restructuring)であり、極端な言い方をすればキャッシュを生まなくなった資産を、キャッシュを生む資産に変えること」なのです。

たとえば、

  • 生産能力の落ちた機械なら?
  • 商品にならない材料なら?
  • 売掛にならない在庫なら?
  • 収益に貢献しない社員なら?
  • 経営能力のない役員なら?
  • 採算の悪い事業なら?

という問題に対し、どうするかを決断し、実行するのが経営者の仕事です。そして、こうした課題を発見し、何を優先すべきかを判断するために使うのがBSです。さらに、これを実行するうえで重要になってくるものとして、キャッシュフロー計算書というものがあります。

 

6.キャッシュフロー計算書(CF)について

キャッシュフロー計算書というと、BSよりもさらに分かりにくいものだと思われるかもしれませんが、財務三表の中で私が一番重要視しているのがキャッシュフロー計算書です。というか、毎月きちんと見ているのはキャッシュフローだけであると言っても過言ではありません。それは何故かというと、経営者の使命が「会社を潰さない」こと(Going Concern)だからです。

前にも言いましたが、どうなると会社は潰れるのか?という問いに、ほとんどの経営者が「赤字になること」だと思っています。しかし、赤字になっても会社は潰れません。逆に、黒字でもお金が払えなくなると事業は継続できなくなり、会社は潰れるのです。たとえば、急に売り上げが上がった会社が、売れるからといって大量の材料や人を投入し、製品を作っていくと、売り上げを回収する前に支払いが来てしまい、その間の資金調達ができていないと黒字倒産してしまうということがあります。

したがって、経営者にとって最も重要な仕事は、長期的に安定して現金を供給し、資金が途切れることなく回る仕組みを作ることです。この仕組みができていて、現金が回っている状態が「儲かっている状態」だと私は考えています。そのために極めて重要な財務諸表がキャッシュフロー計算書(CF)ですが、残念なことに中小企業経営者の大半はPLばかりに気を取られており、CFを使いこなしている経営者を、私はほとんど知りません。

しかし、PLには、お金がどう使われたかについて、何も書かれてはいません。コストとしていくらかかったかという金額はわかっても、それが有効に使われたのか、ムダに使われたのかという内訳はわからないのです。この動きを見るのがキャッシュフロー計算書(CF)です。資金とは会社にとって血液のようなものです。流れが止まってしまうことは、会社にとって致命的なことなのです。

CFとは、一定期間における現金の増減を示す財務諸表です。BSやPLとの最大の違いは、現金はウソをつかない(粉飾できない)ということです。「現金に(奇麗な金、汚い金というような)色を付けることはできない」という諺がありますが、CFでは、お金に3つの色を付けて考えます。

  • 1)営業キャッシュフロー:商売の結果生じた現金収支のこと(儲け) 
  • 2)投資キャッシュフロー:主に固定資産の投資、処分に伴う現金収支のこと
  • 3)財務キャッシュフロー:借入の増減、資本調達などに伴う現金収支のこと

※フリーキャッシュフロー:営業CF-(投資CF+税金)自由に使うことができる現金収支のこと

実は、このフリーキャッシュフローがどのくらいあるかということが、会社が儲かっているかどうかを判断するところですが、これを理解しきれていない経営者が多くいると思います。営業キャッシュフローは、BSの左側に示された現金製造機の中身の比較によって示されるものです。言うまでもなく、これが最重要なキャッシュフローです。

営業キャッシュフローを大きくするために、当社がこれまで問題提起してきたことは、次の4つです。

  • 1)事業形態の選別:派遣常駐型から受託開発型へのシフト
  • 2)受託案件の選別:顧客主導から当社主導へのシフト
  • 3)取引先の選別:大口取引先依存型から分散型へのシフト
  • 4)受注形態の選別:競争見積もり型から単独発注型へのシフト

売り上げを増やそうとすると、大型案件に目が向きやすく、利益を増やそうとすると利益率ばかり考えるのですが、大型案件は長期在庫を生みやすく、また、たとえ利益率が高くても、手離れの悪い商品や手戻しの多い商品はいつまでも現金を生みません。決して、量や利益率だけで見るのではなく、トラブルが起きないような仕組みを作っていかなければなりません。

CFを重視した経営で何よりも大切なことは資金効率です。少ない資金で仕入れ、リードタイムを短くし、在庫を減らして、資産(リソース)を何回も回転させることで現金はどんどん増えるのです。1年に1回しか回転しない現金製造機よりも毎月回転する現金製造機の方が、儲かるということです。これがタイムベースマネジメントの本質でもあります。この本質を理解しないまま、ひたすらに一生懸命頑張ることは、「努力逆転型」と言って、努力しても営業キャッシュフローが増えないという皮肉な現象が起こってしまいます。

したがって、自社のキャッシュ製造サイクルを点検し、もしキャッシュを生まない仕組みになっていたらリストラ(再構築)してキャッシュを生む仕組みに変えること。これが経営幹部の仕事です。それでは、どうすればキャッシュを増やすことができるのでしょうか?

  • ・価格競合型商品をやめて非価格競争商品にする
  • ・価格決定権を持てるような付加価値を創造する
  • ・リードタイムを短縮して資産の回転をよくする
  • DCF(Discount Cash Flow)的に「見えない資産」に着目して、資金を投入する

DCFとは、フリーキャッシュフローを増やすにはどうするかということを考える経営戦略のことをいいます。そのためには、BSに書かれている「見える資産」だけでなく、BSには載らない社員の知識やスキル、やる気などの「見えない資産」に対しての投資も、成果をあげるために行うことが、次期経営計画のテーマにもなっています。

CF経営の要諦は、そういう意味で投資と浪費を見極めることに尽きると思います。BSやPLに損益計算や利益があがっているかいないかとは別で、経営者はここを自問自答しながら厳しい経営をしていかなければならないと思っています。

以上、3回にわたり会計的なお話をしましたが、経営理念実現のための有効な資金の投入を考えるために、財務諸表を有効に使っていただきたいと思います。そして、「人を大切にする経営のための会計」とは、「社員の幸福を実現するために、いかにお金を使うかが大事である」ということを理解していただければ幸いです。

 

 

人を大切にする経営のための会計(2)

今回も、人を大切にする経営を実践していく上で必要と思われる会計についてお話しします。社員の皆さんが、戦略的なものの見方をするためにも、一般教養的にも、財務諸表を見てどんなことが書いてあるかということを知っておいた方がいいでしょう。また、会社の目的が何なのかということにも関係しますが、「利益」という概念をどう認識するかも大切です。ということで、今回は、損益計算書や利益についての話をしたいと思います。

 

2.損益計算書(PL)について

当社は以前、トップの経営方針で、本部長や支店長などの経営幹部にも月次の損益計算書等の経営情報を公開していませんでした。ですから、「今年は経営が苦しいからもっと利益を上げろ」と言われても、自部門のコストが一体いくらかかっているのかわからず、責任者は成果を出すことが非常に難しかったと思います。現在は、経営情報をすべてオープンにしているので、必要に応じて手を打つことができます。

当社では、事業の目的は社員の幸福を実現することであると繰り返し申し上げていますが、一方、企業の成果は、最終的にはお金で換算された数値で出てくるという厳粛な事実を受け入れねばなりません。これは成果の測定指標がお金であるということです。当社は社員の幸福実現が目標だから、その実現度を測定するためには、社員に「皆さん幸せですか?」と聞いて、その数を測定すればいいのではないかという見方もあるかもしれないですが、それはちょっと違います。人間というのは、その日の気分によって幸不幸が変化してしまったりするものであり、幸福度というのは、そう簡単に測れるものではないからです。企業としての成果をお金で換算した数値で示すために損益計算書というものがあります。

損益計算書profit and loss statement/PLとは、会社の一定期間の経営成績を表す決算書のことです。どの会社も年に1回本決算を行い、納税額を確定することが法律で義務付けられています。決算日は会社によって異なりますが、欧米では12月31日が大半です。日本では3月31日決算の会社が非常に多いのが特徴です。また、上場会社では本決算だけではなく、4半期(3か月)ごとの決算が義務付けられています。

管理会計的には、一定規模以上の会社では、月次決算をして、毎月の経営状況を把握しています。これを総まとめにして経理が年間の締めをします。3月末決算の会社だと、5月中に決算を確定させ、税金を払う計算をしたり、配当金を払ったりすることを進めていきます。
では最初に、損益計算書に何が書いてあるかを見てみましょう。

損益計算書の構造

簡単に言うと、損益計算書は「Revenue-Expense=損益」という構造になります。

会社の損益がどうなっているのかを簡単に表すと、最終的には上図の2行程度で終わってしまいます。しかし、それだと何がどうなっているのかが分かりません。そこで損益計算書では、下図のようにどの収益とどの費用を比較するかによって、段階的に利益を考えるのです。

1)粗利(売上総利益)売上高-売上原価=粗利(売上総利益)

粗利は売上高から売上原価を差し引いたものです。売上原価とは、モノを作る…たとえばペットボトルのお茶を作る場合の原価は、ペットボトルの容器にかかる費用や、お茶に使う茶葉、水にかかる費用のことです。

粗利というのは、経営をしていく上で非常に重要な利益です。粗利が赤字だということは、取引先にお金を渡しているようなものです。個人相手の商売だと慈善事業になってしまいます。

先ほども言いましたが、以前、当社は売上原価に相当する現場の社員の給与や交通費がどれぐらいあるかが分からない状態で利益を上げるよう求められていたため、現場の責任者は大変でした。一方で、数字を見せてもらえないことは、責任者が利益を出せないときの言い訳ができる状況でもあったのです。今はすべてオープンにしているので、利益を出せない人は、言い訳できないのです。赤字になるのは、仕事の仕方が上手ではないからではありませんか?ということになります。

利益を上げるためには、難しく考えることはありません。原価構造が分かれば、あとは売り値を設定する際に、原価をオーバーさせないということに知恵を絞れば、利益を出すことはできると思います。だから、この原価構造のところをしっかり把握しておくということは、非常に大事なことなのです。

また、当社のような業態では、たとえば見積書を見れば一人当たりの契約単価が分かるようになっているので、自分の単価と、自分の給料に差があると、損した気持ちになる人もいるかもしれませんが、この差は会社に対してとても貢献しているということです。この差額が大きければ大きいほど会社に貢献しているということです。

私は、銀行員時代、1年間に何億円も収益を上げたことがありました。当然お給料とのギャップは莫大でしたが、それを何とも思ったことはありませんでした。それは、その収益は自分だけの力で稼いでいるわけではないからです。組織の総合的な力で収益は上がるのであって、自分の力だけで上がるものではありません。しかし、時々そう勘違いする人がいて、そういう人は、それが気になって仕方がなくなり、もっとお給料を払ってくれるという会社から誘われたりすると、すぐ転職します。そういう生き方を否定するつもりはありませんが、利益というのは企業の総合的な力で上がるものだということは肝に銘じておいてください。私は、会社への貢献に応じて給料も上がっていくことがいいと思っていますので、当社の給与制度はそのような仕組みになっていると思います。

また、売り上げ(契約単価)と原価(個人の給料)の差額が大きい方が嬉しいと思う人は、お金儲けが上手な人だと思います。それが何となく申し訳ないと思うタイプの人は、あまりマネジメントには向いていない人だと思います。利益を上げることに対して、罪悪感を持ってしまう人です。お客様は機嫌よくお金を払ってくださっているのに、申し訳なく思ってしまうようなメンタリティの人は、あまり商売には向いていないかもしれません。そういう気質が良いとか悪いということではなく、一種の傾向性のようなものだと思ってください。

2)営業利益粗利(売上高-売上原価-販管費=営業利益

次に、売り上げを計上するためには、いろいろな経費がかかります。それをひっくるめて「販売管理費(販管費)」といいます。一般的には、営業のための様々な経費や広告宣伝費、通信費とか物流コストとか、製造業でいえば直接モノを作るのとは関係のないそれを販売するための経費のことです。粗利から販管費を差し引いたものが、企業が本業で得られる利益ということで、それを営業利益と言います。通常、営業利益がいくらだったかが、現場の責任者が一番問われるところです。

3)経常利益:営業利益+営業外収益-営業外費用=経常利益

一般的に、会社の利益という時には経常利益を指すことが多いです。経常利益は、営業利益に営業外損益を加減したものです。営業外収益とは、読んで字のごとく本業以外の儲けのことをいいます。代表的なものは金融収益です。これは一生懸命汗を流して働いたから増えるというものではありません。銀行の金利や、株価、外国為替がどうだったかというのが影響してくるところです。この本業以外の儲けを足して、営業外費用を引いた利益のことを経常利益と言います。営業外費用の代表は、支払った借入利息など金融コストです。

4)税引前当期利益経常利益+特別利益-特別損失=税引前当期利益

次に、一時的、一過性の特別な利益や損失を差し引きしたものが、「税引前当期利益」です。特別利益とは、たとえば、土地の売却益です。土地を売ることは滅多にあることではないため特別な利益となります。それ以外に、昨年の大雨のようなことで会社が災害に遭ったとき、いろいろなお金がかかってしまうと特損が発生しますし、それによって保険金が入ってきたりすると、特別利益となります。

5)当期利益税引前当期利益-税金=当期利益

税引前当期利益から税金を差し引いたものが「当期利益」といって、これが最後に計上する利益となります。このように、ひと言で「利益」と言いますが、何段階にも分かれています。今日お話した損益計算書の構造については、一般教養として皆さんには知っておいていただきたいと思います。

次に、利益とは何かを深く考えてみましょう。

 

3.利益とは何か

まず、利益について言えることは、単独で利益という存在があるわけではないということです。変な言い方ですが、利益というのは、それが単独で存在するわけではなく、計算して出てくるものだということです。

利益は差額概念であり、利益は「売上-費用」という公式から出てくる計算結果なのです。

そして、正しく利益を計算するには、

  • ・毎年同じ基準で売り上げを計上し、同じ基準で費用を計上せねばならなりません(継続性の原則)
  • ・会社の考え方(主観)によって計算の仕方が変えられるものについては、経営者自身が明確にその根拠を把握せねばなりません

これは、経理や公認会計士、税理士などのアドバイスを受けながら、経営者自身がきちんと考えていかないといけません。

 

売り上げの計上基準について

たとえば、売上高は、下の図のA、B、C、D、E、Fのどの段階で計上されるのでしょうか。

商売には、商談→受注→手付→納品→請求書発行→代金回収という流れがあります。この流れの中で、売り上げをいつ計上するか。考えたら、どの時点で売り上げを立ててもよいような気がしませんか。

会計の一般的なルールでは、納品の時に売り上げを計上するということになっています。ソフトウェアの場合は、検収の時が納品となるため、その際に売り上げを計上することになります。しかし、これからアジャイル開発が主流になっていくと、いつが完成・納品時期なのか分からなくなり、判断が難しくなるかもしれません。そのためにも、最初に契約をするときに、このような話を理解しておかないと、損益計算もできなくなります。

今、売り上げを計上するのは納品時だと言いましたが、では、いつが納品時なのでしょうか。

  • ・商品を自社工場から出荷した時?
  • ・それともお客様が受け取った時?
  • ・お客様が商品の品質等を確認した時?

このように、売り上げひとつとっても実に計上基準があいまいなので、現実問題としていろいろな不正というか粉飾が可能になってくることがあります。

たとえば、売り上げノルマの厳しい会社で、営業マンが正式契約もしていない口約束程度なのに売り上げを計上したり、子会社や下請け会社に無理やり押し込み販売をしたり、一時的に在庫を出荷して架空の売り上げを計上することなどもあります。このようなことを、本当にやっている会社があるのかと皆さん思うかもしれませんが、驚くほど多くの会社の立派な役職の方々が、自分の経営成績をよく見せようとしてこのようなことを真剣にやっているのです。いい大学を出た非常に頭のいい人たちが、そういう架空の数字づくりに優秀な頭脳を使っていることがよくあります。これは皮肉でも何でもありません。私の人生でそういうことをたくさん見てきたから言っているのです。

そういう意味では、実は、売り上げにも「いい売り上げ」と「悪い売り上げ」があるのです。
いい売り上げというのは、会社の成長に結び付く売り上げのことです。一番いいのは、「セリオに頼んでよかった」とお客様が満足し、WTPを感じてくださるような売り上げですが、たとえ、お叱りをいただくことがあっても、反省を促し、次の改善につながるようであればそれはいい売り上げになります。

悪い売り上げとは、結果的に会社を衰退に導く売り上げです。たとえば、経営理念や社是に顧客満足を掲げている会社でも、現場に降りてくる指示が「売り上げや利益の目標必達」ばかりだったりすると、現場の社員は「私の目標達成のために買ってください」などと言って、強引に押し付け、結果、顧客の感情を害し、買った後で「あそこからは二度と買わない」となってしまうことがあります。これは悪い売り上げの典型です。このように営業力が強いということは、お客様の満足度を高めるためのものであればいいのですが、自分の成績のために製品を押し込んでいくと、おかしなことになっていきます。ノルマを達成するための仕事や、社員がやりたくないと思っている仕事を数字合わせのためにさせてしまうと、それは悪い売り上げにつながってしまいます。ここは「人を大切にする経営」ができているかどうかの重要なチェックポイントにもなってきます。

また、似たような意味では、利益にも「ホンモノの利益」と「ニセモノの利益」があります。たとえば、利益ノルマの厳しい会社では、本来当期の費用で計上すべきものを先送りや後送りして利益が多く見せようとすることがありますが、これらはニセモノの利益です。数年前に林原という岡山の有名企業が倒産しましたが、この会社では、親会社と子会社の間で取引をすることによって架空の利益を計上していました。これを止めるように銀行に指摘されたのですが、全然言うことを聞かないので、業を煮やした銀行が融資を引き揚げたのです。

要するに、何が言いたいかというと、売り上げにせよ利益にせよ、損益計算書の数字は、経営者や現場の担当者が恣意的に操作(粉飾)できるものであるということです。

しかし表面的な数字を見ただけではわかりません。本当の意味でPLを読めるようになる(目利きになる)というのは、作った数字かどうかを見分けられるようになることなのです。それができるようになるには、膨大な決算書を見て、様々な事例を経験することが必要だと思います。

一番大切なことは、数字を作る経営サイドの人が正直にピュアな数字を計上することを心がけることです。また、決算処理の方法などで異常な処理方法が習慣化しているような会社では、何が正常か分からなくなっていることもあります。そういう会社では、厳しく過去の悪しき習慣を断ち切る勇気も必要です。この辺りが「人を大切にする経営」と会計が結びついてくるところです。

利益についてのドラッカー的考え方

最後に、これも一般教養的な話になりますが、経営学の親とも言うべきドラッカーは「利益」をどう定義しているかということをお話ししたいと思います。

ドラッカーは、『現代の経営』という著書の中で、

  • ・事業の目標として「利益」を強調することは事業の存続を危うくする
  • ・それは、今日の利益のために明日を犠牲にするからだ
  • ・売りやすい商品に力を入れ、明日のための商品をないがしろにする

と述べています。

このことについて原文では、下記のように書いてあります。

To emphasize only profit, for instance, misdirects managers to the point where they  may endanger the survival of the business.
To obtain profit today they tend to undermine the future.
They may push the most easily saleable product lines and slight those are the market of tomorrow.

最初の文章を直訳してみます。

To emphasize only profitは、単に利益をではなく「利益のみを強調すると」と言っています。また、for instance, misdirects managersは、「”マネージャー達を”間違った方向に導いてしまうことがある」と言っています。どこに導くかと言うと、 to the point where they may endanger the survival of the business.、「事業の存続を危険に陥れてしまうようなところにまで」ということです。

つまり、「利益だけを強調することは、マネージャーたちを事業の存続が危険になる領域まで導いて行ってしまう」というのが直訳です。これは、利益第一主義に対する厳しい警告です。

しかし、ドラッカーは、利益などどうでもいいと言っているわけでは決してありません。ある本では「いかなる大天使が経営者でも利益を無視したら経営はできないだろう」と言っています。神様であっても経営をするなら利益は無視できないよと言っているわけです。では、利益とは一体何なのでしょう。

利益について実に不思議な表現を使っているドラッカーの本があります。その本には「利益に関する基本的な事実は『そのようなものは存在しない』ということだ」と書いてあります。(『すでに起こった未来』第3章)これを最初に読んだとき、私はドラッカーが何を言いたいのかわかりませんでした。しかし、よく読むとこう書いてあったのです。「利益は存在しない。存在するのはコストのみである」。

つまり、利益というのは、企業が生き延びていくためにどうしても必要なコストだということです。違う表現では、

利益は、企業が継続する上での保険のようなものだと考えるべきだとも言っています。たとえば、この数年間、当社では大分収益が上がる体質になってきましたが、これは、保険であるというのです。利益という保険があるからリスクをとることが可能になるのだということです。利益が上がらない体質は、保険がかかっていない状態なので、一回の失敗でアウト(倒産)になってしまうので、新しいチャレンジもできません。ですから、業績が堅調に推移しているということ自体が良いことなのではなく、様々な企業家的チャレンジができるということが大事なのです。

以前から、当社の経営幹部には、利益とは、Going Concernのためのコストである、と話しています。そして、利益は、WTPを創造した結果得られるものでありGoing Concernのために不可欠ではあるが事業の目的ではないと言ってきました。これはドラッカー的に利益を解釈して言っていたことです。

 

4.計画5%実行95%

最後に、「計画5%実行95%」という話をしたいと思います。

今年は3か年計画の最終年に当たりますが、いくら立派な計画を作っても実行が伴わなければ意味がありません。実行するというのは、具体的には、成果を上げるための積極的な行動に時間を使う習慣を作ることです。もうすぐ決算報告があります。今期も前期より利益が増えたからよかったと満足することなく、その利益を自分たちの未来をつくっていくために使っていくことが大事です。今回の話を参考にして、「計画5%実行95%」を心掛けていただければと思います。