SERIO4.0 「すでに起きている未来」に向けて

※このコラムは、毎月月初に行われる本社朝礼で、社員向けにお話した内容を文章化したものです。

これは10月1日に本社で内定式が行われた際の写真です。来年度は11名の方が入社してくださる予定です。来年は新卒としては初めて外国人の学生さんが入社してくれますが、彼らが入ってくる2020年度から新しい中期経営計画がスタートします。下期から幹部の皆さんが計画を立ててくださるわけですが、今月は、その参考になる話をしたいと思います。

今日は、『SERIO4.0』というタイトルを付けましたが、これが来期スタートする中期計画のタイトルでもあります。なぜこのタイトルにしたかというと、これまでとは発想のステージが変わることを印象付けたかったからです。

経営計画を立てるときにどういう着眼点で立てたらよいかということは、3年前の経営計画を立てる際にも朝礼で数回に分けて細かくお話ししました(理念本セリオ・第3巻参照)が、一貫して言い続けていることは「すでに起きている未来」にミートするということです。この「すでに起きている未来」という言葉を私はよく使いますが、これは1990年台にドラッカーの本の題名にもなった言葉です。ドラッカーがポスト資本主義社会としての知識社会を表現した際に、それは「すでに起きている未来(Future that has already happened)」であると表現したのですが、その言葉に象徴されるドラッカーの考え方が当時30代後半ではじめて経営と向き合うことになった私の心にものすごく響きました。それは、未来というのは、当てずっぽうに予測するようなものではなく、現在の中にすでに起きているのだという考え方です。現在すでに起きている未来の種を原因と結果の流れでしっかり見ればそこには未来が確実に見えてくるものだということです。それから30年くらいたったわけですが、「すでに起きている未来は何か」を考えてきたつもりです。

ということで、今月は、私が社長になってから、これまでわが社で行ってきたイノベーションを時系列的に整理しつつ、これから向き合うであろう「すでに起きている未来」について話をしたいと思います。

 

1.SERIO2.0(2014-2016)で実施したイノベーションについて

 

分かりやすくするために、創業以降私が社長になるまでをSERIO1.0の時代とさせていただきました。SERIO2.0で実施したことは一言で言えば『理念経営への大イノベーション』です。これは、第二の創業と言っても過言ではないくらい、会社経営のあり方を土台から変える大転換であったと思います。会社の存在意義と経営目的を「社員の幸福を実現する」ことであると明確にした上で、そのためにどうやったらGoing Concernできるのか自分で考え実行するということを方針としました。そして、それまでは社長が行っていた経営判断を現場で行えるようにあらゆる仕組みを変えました。

会社経営的には、「人を大切にする経営学会」などで紹介されている他社の事例と同じようにコペルニクス的な大転換であったと思います。

具体的なイノベーションは以下の通りです。

 

第一に、MBOによってオーナー経営から独立(Independent)し、脱・同族経営を実現しました。

創業されたオーナーご一族が所有していた株式を役員幹部が全株引き取ったわけですが、これは全国的に見ても、未だに事例が少ないくらい画期的なことでした。これで社員が自主的に自由に経営できる基盤ができたわけです。

 

第二に、真の自由を実現するSelf Help型の組織風土を醸成し、脱・指示待ち型組織を実現しました。

最初の3カ年計画は「Rising計画」という名称にしたわけですが、これは新しい太陽を昇らせたいという思いで付けた名称です。これまでは、オーナーが太陽のような存在で皆さんを照らしていましたが、今度は社員の皆さん一人ひとりが新しい太陽となり、自分で会社を照らし、世の中を照らす会社になってほしいという思いを込めてつけたわけです。そのキーワードがSelf Helpです。各人が幸せになる義務があるのだから、誰かの指示を待つのではなく、自分で考えて、自分で責任をとって、自分で行動し、自分と仲間の幸せを実現していきましょうということです。

 

第三に、イノベーションを恐れない組織へ転換し、脱・現状維持を図りました。

イノベーションの方向性としては、知力ベースマネジメントとタイムベースマネジメントを打ち出しました。脱・現状維持というのは非常に重要な考え方です。以前も申し上げましたが、反対意見とか否定的な意見は決してネガティブ思考、マイナス思考ではないのです。イノベーションを恐れない組織に変えていく上で、最もこれを阻害する否定的な考え方とは何かというと、それは「今のままでいいじゃないか」という現状維持の発想です。何かやろうとした場合に、それはこういう理由でよくないとか、ダメだというのは、決して否定的な考え方ではなく、単なる反対意見です。そういう反対意見を言うことは、結構勇気もいりますし、エネルギーがいります。実は、発展を一番阻害するのは、「何もしないでいい、今までこうだったからこのままでいい」という現状維持の発想であり、これこそが否定的な考え方なのです。そこでそれを捨てましょうと強調したわけです。

要するに、すでに起きている未来に向かって、マインドセットを変えるという戦略が実施できる基礎固めをしたのがSERIO2.0であったと思います。

 

2.SERIO3.0(2017‐2019)で実施したイノベーションについて

SERIO3.0に相当する次の3ヵ年で行ったイノベーションはどんな内容だったかというと、

第一に、WTPの創造を明確な経営目標としました。

WTPという考え方は経営理念を制定した際からずっと掲げてはいましたが、具体的に計画としてチャレンジしたのは、次の3ヵ年計画からでした。そこで、これまで見たことのないような新しい顧客満足を創造し、新しいWTPを創造してほしいという願いを込めて、New Frontier計画という名前にしました。これは、脱・下請け宣言であり、脱・価格競争へのチャレンジでもあったかと思います。

 

第二に、業務内容的には受託開発型への業態転換を行い、脱・派遣型ビジネスを実施しました。

以前、当社は、新卒の社員を大手企業の保守メンテナンス要員として派遣する人材派遣型ビジネスが主体でした。こういう業務形態は、IT業界では一般的なものですし、経営サイドとしては、毎月安定的にキャッシュが入ってくるというメリットがありますが、人材育成という観点で見ると、十分な社員教育がしにくい業務形態であるため、IT業界の技術的な変化にともなってスキル的なミスマッチが起きやすく、また収入的にもなかなか上昇が見込めないため、非常に退職率が多いというデメリットがありました。極端な言い方ではありますが、ヒトという資源を使い捨てにする傾向が強いビジネスであるため、以前は当社も退職率が非常に高く、同期入社の6割、7割が辞めていくという状況でした。当社は昨年創業30周年を迎えましたが、入社20年目以上の方は少なく、多分8割以上の方が辞めていると思います。それは派遣型ビジネスを続ける限り必然に起こることなので、理念に照らしてそういうビジネスモデルから脱却したわけです。

第三に、“人を大切にする経営”への脱皮です。人本主義経営、見えない資産経営への転換と言ってもよいと思いますが、脱・収益重視経営であり、脱・株主重視経営でもあります。

これは、まだまだ途上ではありますが、着実にそうした風土が根付きつつあると思います。これがSERIO3.0の内容であると思います。

 

3.SERIO4.0(2020‐2022)で取り組むべき「すでに起きている未来」への対応とは?

さて、ここからが今日の本題です。これからお話する内容の大半は、3年くらい前から本郷常務が話をしていることであり、すでに幹部の方々は認識していることではありますが、来年から始まるSERIO4.0を考える際のヒントとして、協力会社の方々へもお話しておきたいと思います。

 

先ず、申し上げておきたいことは、計画を立てるに際しての前提は変わらないということです。経営理念を貫くという姿勢はピクリとも変わりません。“ちはやふる経営”とも言ってきましたが、これは不動です。また、基本的な戦略も変わりません。特に、すでに起きている未来に向かって、マインドセットを変えるということです。先ほども申し上げましたが、組織は直ぐ現状維持に陥るため、よほど意識しておかないとマインドセットをチェンジすることはできません。これが成功するためのキーワードだということを知っておいてほしいと思います。

 

エピソード① 「岡山県知事へのお礼状」

 

先月も少し、話しましたが、8月末に、スタンフォード大学で開催された「米日カウンシル」に参加される岡山県の伊原木隆太知事に随行してシリコンバレーに行かせていただきました。この視察の内容については、山陽新聞に2回ほど掲載され、OHKでも夕方のニュースで特集されたそうです。私は、以前このコラムでもご報告したことがありますが、5年前に知事が訪問された際にも随行させていただきました。当社以外には、県内の4つの会社の社長さんと社員の方が参加されましたが、どの会社も随行は今回が初めてでしたが、皆さんシリコンバレーでビジネスのきっかけをつかんで、自社の製品を世界的に展開したいという熱い思いを持たれている素晴らしい方々ばかりでした。

シリコンバレーには、これまでも業界の視察等で何度か訪問させていただいていますが、現地で活躍されている日本人のコンサルタントの方やスタートアップの経営者の方とお話する機会はほとんどありませんでした。今回は、知事とご一緒に話を聞くという機会をいただけたため、そういう方々たくさん会うことができました。帰国後、県知事にお礼のお手紙を書いたので、その手紙の一部を引用しつつ、今私が感じている「すでに起きている未来」についてお伝えしたいと思います。

 


岡山県知事 井原木 隆太様
関係各位様

お礼と所感

セリオ株式会社 壹岐 敬

 この度は、米国ご出張に随行させていただき真にありがとうございました。知事並びに企画していただいた県庁の関係各位、ならびにご一緒いただいた企業の皆さまに厚く御礼申し上げます。

今回同行された他の企業様方とは違い弊社は海外での事業展開を考えているわけではなく、私の目的は、シリコンバレーで「すでにおきている未来」をできるだけ生の感覚で感じ取り、次の事業展開に生かすことでした。

具体的に申し上げれば、ビジネスモデルの変革の推進です。

世界で日本車が爆発的に売れたのは、長持ちする性能、燃費の良い車が安く買えることが一番の要因だったと思います。しかし、その競争力の背景にはエンジンや燃費の向上が数年単位でしか変わらなかったことがあります。しかし、これは年々級数的に性能が伸びる半導体や、新しい性能向上が毎月の様に加えられるソフトウェアの業界には当てはまりません。「長く故障しない」という価値よりも、「より便利になる」方の価値が高くなっているわけであり、私もこれまでもそこに着眼して当社のビジネスの方向性を転換してまいりました。

日本では、ソフトウェア業界においても、未だにお客様に、より完成度の高い製品(システム)をお届けすることが目的で、その後のメンテナンスは補助にすぎません。

ところが、この数年米国や中国を訪問した際に見てきたことは、システムを納品した後にどんどんリアルタイムで新しい付加価値(機能)を付け加えるビジネススタイルでした。

それはiPhoneやAmazonのアプリだけではなく、基幹システムにおいても自動車等のソフト開発においても実施されていました。

アジャイル開発とかDevOpsとかマイクロサービス化とかいろいろ言い方はありますが、重要なことは抜本的なイノベーションへの決断だと思います。

今回の訪米でも、巨大なレガシーシステムを抱えた企業が大胆なビジネスモデルの転換をしてきた生の事例を聞かせていただけたことは本当にありがたいことでした。

 


 

お礼状の冒頭にこういうことを書いたのですが、ここに書いてあるように「丈夫で長持ち」という価値よりも、「どんどん便利になる」という価値へのマインドセットの転換がシリコンバレーではもう何年も前からなされており、それは「すでに起きている未来」であるというところがポイントです。

ソフト開発的に言えば、システムを構築した後、リアルタイムでどんどん新しい付加価値(機能)を付け加える開発スタイルが米国や中国では普通になっています。そして、こうしたソフトウェアの開発は、従来のウォーターフォール型とは違う次元の開発の仕方になっています。それを、SoRとSoEの違いとか、アジャイルとか、DevOpsとか、マイクロサービスとか色々な言い方で言っているわけです。いずれにせよ、この数年、米国や中国ではそういうスタイルに変わっているのに、日本だけは一向に変わらないような気がします。その理由は、たくさんあると思いますが、やはり現状維持傾向が強く、「とりあえずこのままでいいのではないか」と思っているからではないかと思います。逆に、ここのところのマインドセットを変えれば新しい未来は開かれるのではないかと思います。そういう意味での「抜本的なイノベーションへの決断」これが、われわれが取り組みたいSERIO4.0なのです。

 

エピソード② SUBSCRIPTION  BUISINESS MODELについて

 

「すでに起きている未来」は、モノがあふれている世界(マテリアルワールド)であり、断捨離など捨てることそのものがブームになる時代、モノを増やしたくない時代でもあります。こうしたニーズに応えて登場したビジネスが最近いろんな業界で話題になっているサブスクリプション型のビジネスモデルです。衣料品の月額着放題はかなり一般的になってきましたし、最近では、カレーが月額3千円で食べ放題などというお店ができています。

 

このサブスクリプション型のビジネスモデルでは、「より便利になる」ことがネットを通じたソフトの更新で可能になることが最大の特徴です。皆さんもご存じのようにiPhoneとガラケーの違いもここにありました。従来の売り切り型ビジネスであれば、一度商品化した後で機能を追加するためには、機種変更して買いなおすか、回収して部品を交換したりせねばなりませんでした。ところがネットを通じてソフトの更新ができることで簡単にできるようになったわけです。

このビジネスモデルの特徴は、購入はあくまでもきっかけ(もしくは囲い込み)であることです。世の中の商売は、ソフトウェアの更新によってお金を稼ぐビジネスへと移行しています。中国のWeChatやアリペイがこの典型ですし、アマゾンもそうです。彼らは、もともとはゲームのサイトだったり、ネット通販のサイトだったりしたわけですが、その後ソフトウェアの更新によってコンテンツも機能も変化し、様々なサービスが課金型で受けられるようになっています。

かつてウィンドウズで世界を席巻したマイクロソフト社は、売り切り型のビジネスの典型企業でしたが、モバイルフォンOSへのビジネスチャンスを逃がしたあたりから時価総額ランキングが急低下しました。ビル・ゲイツは、全社のマインドセットを変えるためにインド人のサティア・ナデラ氏をCEOに抜擢し、ナデラ氏は『Hit Refresh(リフレッシュボタンをヒットせよ)!』を掲げて経営体制を一新し、SUBSCRIPTION型のクラウドビジネスに大転換して、時価総額上位に再浮上しました。ナデラ氏の著書には、わかりやすく「すでに起きている未来」への取り組み方が書かれています。それは、これから皆さんが体験するソフト開発にも間違いなく直結することでもあると思います。

 

エピソード③ SUBSCRIPTION BUSINESS MODELにおける企業業績について

 

また、このビジネスモデルへの変化は財務会計にも影響をもたらしています。どういうことかというと、サブスクリプションモデルでは、事業規模にもよりますが、初期投資が大きいため、足元の会計的な利益は下がる傾向にあり、アマゾンのようにずっと赤字が続くこともあるのです。確かに足元の利益は出ないのですが、長期的に使い続けてもらうことで現在の顧客の満足度を高め、将来の顧客も含めた囲い込みが可能になり、未来のキャッシュを生み出していくビジネスモデルなので、そこを投資家は評価しているのです。つまり、スナップショット的な会計的利益よりも、未来の利益の総額が評価される時代へ変わっているということです。

最近セミナーなどでよく使われる表で、企業の時価総額ランキングの比較表があります。その表を見ると、30年前は日本企業が30社くらいランクインしていて、上位は日本企業が独占していました。私が在職していた住友銀行など当時は世界で第3位だったのですが、今は残念なことに完全にランク外です。単年度では、メガバンクも近時大変立派な利益を計上しているのですが、株価に反映しないのは、長期的に見てビジネスモデルが評価されていないからです。日本企業では、トヨタ自動車が30位台にかろうじて1社入っているだけで、大半はGAFAに代表される米国のIT企業やアリババやテンセント等の中国の企業です。そういう会社の中には、単年度決算で見れば赤字の会社もありますし、配当もしていない会社もあります。日本では相変わらず、足元の利益を重視することが主流ですが、世界的には将来どれだけキャッシュを生むかが評価されているのです。最近、事業承継のためのM&A案件が増えていますが、そういう時の企業価値を考える際にもその傾向性はあるようです。私は、ビジネスモデルが時代遅れになっているのに、BS上に資産があるからその会社に価値があると考えるのはとんでもないことだと思います。いずれにせよ、我々は、未来にどれだけ価値を生んでいけるかを考える会社になることが大事だと思います。

 

 

自動車業界は消滅した?

 

「すでに起きている未来」の話を続けます。先日、名古屋で開催された「 オートモーティブ ワールド-クルマの先端技術展- 」という展示会を見学に行ってきました。地域的に自動車関連の会社が多いため大変多くの来場者で会場は混みあっていましたが、この展示会に行って一番感じたことは、自動車業界というのはもうなくなったのではないかということです。なぜなら、トヨタ自動車の副社長の基調講演から始まり、セミナーもたくさんあったのですが、車そのものの性能や乗り心地がどうかとかいう話はほとんどなかったからです。大半がCASE(Connected, Autonomous, Sharing & Service, Electric)に関連した話で、シリコンバレーで聞くような話でした。

ほんの100年くらい前に世の中の移動手段は馬車から自動車へと移行したわけですが、それと同じくらいの変化が現在ただいま起きているのではないでしょうか。大切なことは、「すでに起きている未来」として、CASE等の変化が既存の自動車業界をかつての馬車の立場に追い込もうとしていることでしょう。そして、その変化を主導しているのはIT技術だということです。

 

少し、話は換わりますが、最初に「iPhone」が登場した時に、日本の携帯電話メーカーの多くは、「うちでも作れる」と考えたそうです。しかし、そう考えた会社は一社も残っていません。それはなぜでしょうか。多分、彼らには「iPhone」がモノとしてしか理解できなかったのだと思います。ところが、「iPhone」が提供したWTPはサービスそのものだったわけです。彼らが、購入後に消費者が体験する満足感(User Experience: UX)を追求していたことが理解できなかったからではないかと思います。

今度は、自動車においても同じ間違いを冒すこともあります。例えば、テスラ―の車の構造を調べて「この車ならうちでも作れる」という発想に陥ってしまうようなことです。しかし、大切なのは「作れるかどうか」ではなく、「UXを創造(デザイン)できるか」です。どんな性能の車を作るかではなく、イーロン・マスクのような発想ができるかが問われているのだと思います。デザイン・シンキングは当たり前のことになってきていますし、そういう意味で、つくづく自動車業界という概念がなくなっていることを感じました。私たちも、「自分たちの業界はここまででいいのだ」という固定観念に閉じこもり、「自分たちはここまでしかしないのだ」という自己限定をしていたら、きっとWTPを提供できなくなるに違いありません。

エピソード④ MaaSの世界

 

くだんのセミナーでは、MaaS(Mobility as a Service)に関連した話をたくさん聞くことができました。UBERやLyft、WAYMO、テスラ―等Maas関連企業の最新動向や、シリコンバレーのスタートアップ企業や北欧で進んでいる移動サービスなどの話です。WAYMOという会社は聞いたことがない方もいると思いますが、グーグル(アルファベット)の子会社で自動運転関連のサービスを提供する会社です。

MaaSとは、車を所有したいというニーズではなく、移動したいというニーズにミートしたビジネスで、今までの販売モデルとは全く違うサービス(UX)を提供する巨大なビジネスチャンスであると思います。移動サービスは、95%の車が眠っている状況を打破し、稼働率を高め、シェアリングを前提として、いかに安く、補償等を含めた便利な選択肢を提供できるかが問われています。シェアリングについては、中国でもシェアバイクなどの事例を見てきましたが、行くたびにサービスの概念が変わっているので、変化スピードの速さには驚かされるばかりです。

具体的には、UBERやLyft 、WAYMOのように自動運転とシェアリングを掛け合わせた移動体自体のサービスを提供する会社移動情報に関連したプラットフォームを提供する会社の二つに大別されるようです。移動情報サービスとは、たとえば地点間移動の最適化を図るサービスです。ある地点まで行くのに、UBERを使ったらいいか、自動運転タクシーがいいかなどを瞬時に選択したり、その場合相乗りは可能かどうかなどの情報を提供したりすることです。また、ダイナミックプライシングという需給状況に応じた価格設定のサービスもこれに含まれます。たとえば渋滞の状況に応じて価格が変わるようなサービスのことです。また、移動コストを広告費化するサービスもあります。これは、日本でもアリババがインバウンド客向けに実施しています。日本を訪ねる中国からの旅行者をAIが選別して、高い買い物をしそうな人には、関空に降り立つと同時に携帯に「最寄りのアウトレットまで無料リムジンが送迎し、ホテルまでお送りします」などというメールが入るのです。そのリムジンの費用はアウトレットのお店が持つわけで、要するに移動コストを広告費化するわけです。データを活用することで、こういうサービスも増えてくるでしょう。

また、移動目的に応じてカスタマイズされた車内でのコンテンツサービスを提供する会社も続々と登場しています。

 

エピソード⑤ 2025年の崖

 

昨年、通産省が、『2025年の崖』と題して、「日本企業は大きな技術的負債を抱えており、このままではDXを実現できず2025年以降毎年最大12兆円の経済損失が発生するだろう」というレポートを提出し、警鐘をならしました。最近、この『2025年の崖』を乗り越えるにはそうしたらいいかということがいろいろなところで話題になっています。

日本企業のIT投資は、ほとんどが会社を運営していくための基幹システム等のランザビジネス(現行ビジネスの維持・運営)に用いられており、その金額は莫大です。ところが、そうした投資がビジネスモデルを変えるわけでもなく、直接的な収益を生むわけでもありません。しかも、過去の巨大システムのメンテナンスに莫大な費用がかかるため新しいビジネスを展開するための投資ができないのです。もし、この状態が今のままずっと続くと、2025年には日本の産業全体が崖から転落していく可能性があるのだということです。

先日、菅田将暉さんが主演した『アルキメデスの大戦』という映画を観たのですが、これと2025年の崖のイメージが重なりました。この映画は、アメリカとの開戦に際して、限りある貴重な資源を投入するなら、もっと戦争に役立つ航空母艦を作るべきで、お金ばかりかかって戦略上なんの役にも立たない巨大な戦艦を作ってはいけないということを理論的に証明し、その建造を阻止するための方法をあの手この手で考える科学者の話です。「日本は戦艦大和と心中する気なのか?」問うシーンがありましたが、巨大なモノリスシステムとともに倒れようとしている日本の産業界とダブって見えたわけです。

会計的な言い方をすれば、IT投資の不良資産化が進み、『IT負債』と化してはいないかということです。このことは、何年も前から指摘されてきたことではありますが、このレポートでようやく尻に火が付いた感があります。技術的にはモノリスからマイクロサービスへの転換だと思いますが、これも、当然ながらSEIO4.0の中心的なテーマとなるでしょう。

 

 

最後に

飛行機が発明されたことで航空業ができたように、テクノロジーが変わるとビジネスモデルも変わります。1976年創業のApple Computerは最初パソコンの会社でしたが、「iPhone」がヒットした2007年に社名をAppleに変えました。その後、ハードからソフトの流れに反応し、「iPhone」の販売から動画やゲームに軸足を移し始めています。

私たちも、単にこの分野が儲かりそうだとか、本業が思わしくないからという受動的な発想ではなく、テクノロジーの進化とそれに伴う消費者の生活スタイルの変化をとらえ、次のスタンダードになるキーテクノロジーは何かを先読みして、主体的に大胆に船の進路を変えていきたいものです。それは、「うちでも作れるかどうか」ではなく、「UXを創造(デザイン)できるか」に挑戦することではないかと思います。

そういう意味で、私は、SERIO4.0(2020-2022)の Main ConceptはズバリBe Creative!( 創造的に人になろう)ということであり、  How to become a Creative Personであると思います。

 

来月からは、創造的になるとはどういうことなのかを考えていきたいと思います。

 

当社の人事方針について

先月に引き続き当社の「人事についての考え方」について話をします。

まずは、前回のおさらいです。最初に、総論的な話をしました。

一番目は、経営における人事の役割についてということでした。

経営について、当社では、経営とは「ヒト・モノ・カネ・情報」等の経営資源を使ってそれらの合計以上の成果を生み出すことと定義しています。なかでも「ヒト」は最も重要な経営資源(人財)であり、企業の経営資源は結局「ヒト・ヒト・ヒト」であり、ヒトは目的資源でもあるということです。従って、経営が上手くいっているかどうかは、儲かっているかどうかではなく、いかに人を生かして成果を上げているかが問われることになるのです。そういう意味で人事は大切であるということです

 

二番目に、「人事」と「財務」は組織の動脈ともいうべき重要なもので、ここを切られると組織は死んでしまう、だから経営責任者は最後までこの二つの機能の責任を放棄してはいけないという話をしました。「営業力」「技術力」「商品力」など、会社には色々なコア・コンピタンスともいうべき強みがあるわけですが、それを生かすも殺すも「財務」と「人事」にかかっているからです。

 

三番目に、従って“経営センス”の良し悪しは「財務」と「人事」を上手に回せるかということにかかっているという話をしました。

以上が総論で、次に本題である当社の人事方針について話をしました。と言ってもこの数年間実践していることです。従って、今回方針を改めるわけではありませんが、一度整理しておくということです。

 

 1.実力主義(=貢献主義)

最初は実力主義ということですが、これは二つの意味があります。

ひとつは、学歴、職歴、性別、縁故、国籍等は一切昇格や昇進に影響しないという意味の実力主義であるということです。その理由は環境も人間(人材・人財)も変化していくからです。

これをなぜ冒頭に申し上げたかというと、この会社では、以前はそういうものが人事に大きく影響していたからです。

もうひとつは短期的な業務実績だけを評価するという意味での実力主義ではなく、どれだけ社員の幸福を実現する実力があるかが問われるのだということです。

 

2.「強み」を生かす(=適材適所)(理念本①P36参照)

次に、適材適所を心がけるということで、これは私が社長就任以来ずっと言い続けている「強みを生かす」ということと同じですよということです。

基本方針は、個々人の長所を見つけ、それを評価し貢献してもらうことです。

そして、これまで昇進において重要視してきたポイントは「自分への厳しさ」(克己心)であるということでした。役職が上がれば上がるほど謙虚になり、勉強が必要になる組織を目指しているという話をしました。

「自分への厳しさ」と同じくらい大切なのが「他人への優しさ」であり、これも重要ポイントにすべきなのでしょうが、それは今後教育していこうと考えています。

 

3.抜擢人事と敗者復活戦

これは実力主義であれば当たり前のことなのですが、ある程度の抜擢人事はありうるということです。

これも私がこの会社の社長になる以前にはなかった方針なので、あえてこれを強調したわけです。当時は、役員は株主のご一族だけでしたし、本部長・支店長等の幹部は大口取引先出身の方ばかりでした。

経営理念変更後、新体制に移行するに際して私が選抜した幹部の皆さんは、その時点ではマネジメントに必要な見識や能力が十分備わっていない方ばかりでしたので、ある意味全員抜擢人事だったわけです。まさに、できるかどうかわからないが、チャンスを与えて任せてみる。一定の時間を与え、教育を施し、その内容に基づいて自分で考え、試行錯誤をしていくうちにだんだん育ってくるだろう、という楽観的な考え方でやってきました

多少の失敗もありましたが、概ね立派に成長してくださっていますし、たとえ失敗して降格になったとしても敗者復活戦はあるので、失敗を恐れないで挑戦してほしいと思っています。

 

4.見識のある幹部の育成(=風通しのよい組織と権限移譲の前提)

人事を考えるうえで、「風通しの良い職場」にするにはどうしたらいいかということを念頭に置いているという話でした。口で言うだけでは「風通しの良い職場」にはならないのです。私は、そのためには「部下の意見を聞く耳を持ち」、「衆知を集めることができる」組織にする必要があり、その前提として幹部に一定の見識が必要であると考えているので、それをできる限り実践しているということを申し上げました。

また、幹部に思い切って権限を委譲するにも幹部に見識があることが前提です。なぜなら幹部にしっかりとした見識がないと無政府状態のようになってしまう可能性があるからです。

 

おさらいは以上で、ここからが、今日の話です。

 

5.採用についての考え方

採用の根本方針をズバリ申し上げると、当社に入社して幸福になる可能性の高い方を採用するということです。なぜなら当社の経営目的は社員が幸福になることだからです

学生の皆さんは、社長面接では何を聞かれるのかと心配していると思いますが、私は主にここのところを見ています。雑談ばかりしているように感じると思いますが、実は「この方は当社に入社することで幸福になるだろうか」いうことを観察しているのです。そのためのポイントが何点かあります。

 

①経営理念に親和性のある方を採用する

一番目は、理念への親和性です。それを見るために社長面接では「この人は、絶対的な幸福と相対的な幸福のどちらを選ぼうとしているか?」ということをチェックしています。分かりやすく言えば、就職に当たり、この人は自分の心のモノサシ(価値観)で会社選びをしている人か、それとも外部のモノサシ(世間の評価とか親や学校の先生の意見)に左右されて自分の進路を決めてしまう人かという点です。

外部のモノサシを基準にしている人は、自分の幸せを他の人に委ねてしまう傾向性が強く、何か自分に都合の悪いことがあると会社や他の人のせいにする傾向性があります。決して他人の意見を聞くなと言っているわけではありません。人の意見はきちんと聞くべきですが、人によって言うことは違いますし、変動するものなので、人の意見を聞いたうえで、最終的には自分のモノサシで判断できるかということは、絶対的に幸せになるために大きなポイントとなります。

以前から、当社で追求している社員の幸福とは、誰かと比較して幸福かどうかを測るような相対的な幸福ではなく、自分の価値観で測る絶対的な幸福であると申し上げていますので、その考え方に共鳴していただけるかどうかということは、入社に際しての非常に大きなポイントなのです。

 

話は変わりますが、8月の最終週、岡山県庁のお誘いで一週間シリコンバレーを訪問してきました。その際、知事に随行してシリコンバレーにある公立高校で、授業風景を参観し、先生方や生徒さん方と話をするという非常に貴重な経験ができました。日本とはかなり違う非常にユニークな取り組みをされていましたが、結局、この学校では絶対的な幸福を追求するような教育に取り組んでいるのだと思いました。

この学校はシリコンバレーの中にある学校なので、人種の違いやそれ以外にもさまざまな「差」がたくさんあるわけですが、そういう難しい環境の中で、どういう教育をしているのかということを話して下さいました。「日本では、有名な大学に入ることが重視されがちなのだがこちらではどうですか?」という質問をしたのですが、 皆さん異口同音に「ここでは、勉強して入試が難しい大学に行くことは大事ではあるが、それと成功とは全く関係ないと教えています」「失敗を恐れないことが成功なのだ。失敗を続けることが成功につながるのだ。ということを教えているのです。」と熱く語られていたことが非常に強く印象に残っています。これは、絶対的な幸福を重視する考え方であり、当社の人事に関する考え方に近いところがあります。

入社当初は、頭の良し悪しとは別に、スキルやキャリアの差は明確にあるわけですが、その人の入社後の自助努力(セルフヘルプ)によって成長することを前提に採用しており、決してスタート地点のスキルだけで判断しているわけではないということです。

➁実力相応な方を採用する

ただ、当社の理念に親和性のある方であっても、当社の会社としての規模に合っていない方、また能力的にあまりにもミスマッチの人は、不幸になる可能性が高いので採用しない方がいいと思っています。

これは、たとえば急激に会社の規模が大きくなると、それまで小さい会社では活躍できた社員が突然不適合になるのと同じことです。もし、当社が会社の急成長・急拡大を目指そうと思えば、より全国的に大量採用したり、M&Aを仕掛けたりすることはできるのですが、そういう風に業容を拡大しても、それは必ずしも社員の幸福を実現することにならないので、当社では業容の急成長・急拡大は目指していないのです。

以上簡単に採用のポイントを話しましたが、もちろんこれだけではありません。採用にはこれが正解と言えないものがあり、ここが人事の難しさでもあります。

 

6.「人を育てる」カルチャーの醸成

人事方針の6番目は、人を育てる文化を醸成することです。

ドラッカーは、人事の失敗の原因は「真摯さ」が足りないからだと言っています。

私は、人事における真摯さとは、

● 組織文化として「人を育てる」カルチャーが根付くこと

● 寛容さと厳しさを使い分けられるようになること

ではないかと考えています。

たとえばある人を育てようと思って、キャリアパス的に別の部門に異動させたが全くうまくいかなかったときに、その人を上手に生かしていくための人事を実施することが真摯さにつながるのではないかと思います。そういう「ある部門(業務)では使えても、別の部門(業務)では使えない」という人をどう生かしていくかということです。具体的には、「仕事の組み合わせ」や「人の組み合わせ」を考えることでしょう。また、スペシャリストの集団においては、相手の気質に合ったほめ方、叱り方を工夫していくことが大事だと考えています。

 

7.専門職(スペシャリスト)の使い分けについて

また、似たようなことではありますが、当社のように技術的な職種の多い会社では、一定の技術のスペシャリストについてどう使い分けをするかということは重要なことになります。この人は専門家ではあるが、マネジメントの教育をおこない、経験を積ませたら経営者に育つ可能性があると思う場合は、計画的に導いていきますが、そうでない場合は専門家としてのキャリアを推奨すべきだと考えています。

また、これからの時代は、スペシャリストと言っても、設計図通りにプログラミングする仕事しかできない人や細かく指示しないと動けないような人には、自分で考えて「判断ができる頭脳」を作る教育や訓練が必要であると考えています。

また、責任ある立場の方々に対しては「頭の瞬発力」や「切り返す能力」を磨き、自分で判断し、取引先と交渉できる人財に変えていくための教育を目指し、取り組んでいます。

また、もし職人肌的にその人にしかできない仕事があれば、その技術やソフトを標準化し、教育によって他の人にもできる仕事に変えていくべきだと思います。

ただ、現実には、人の可能性の見極めは非常に難しいことです。人事的に心がけるべきことは、単に好き嫌いでやっていないことを示す努力をすることです。

 

8.経営幹部の育成と人事

最後に、経営幹部に対する人事方針について話をします。

(1)自部門だけでなく「全体を見る」ことを意識する

最初は、全体を見るように教育することです。具体的には、

● 社内における自部門の役割・位置づけを理解し、自分に与えられた仕事に全力で取り組んでもらう

● 会社全体の現状を把握する(当社は、何が課題で、それを解消するためにどこに力を入れているのか、どこがネックになっているのかを把握する)ことです。

そのために色々な経験をさせて「会社全体を見ることができる幹部」を作ることを試みています。人事的には、順風と逆風の両方を経験させることができるといいと思います。たとえば、事業的に黒字が出ているセクションに投入し黒字を拡大させたり、恒常的に赤字が出ているようなセクションを体験させ、黒字転換する力量を養わせたりすることです。

会社の組織改編や人事異動の内容を見ると、その会社の人事の考えがわかります。

また、トップが変わると、好き嫌いで役員が総替えになることもあるなど、恣意的になりやすいので、トップ1人で考えるのではなく、誤解を回避するためには、社外役員やコンサルなどの意見を入れて公平性を担保することが大事でしょう。

 

(2)リーダーシップについての考え方

サーバントリーダーシップという言い方もありますが、そこまでいかないまでも、成功すればするほど、褒められれば褒められるほど、抜擢されれば抜擢されるほど、ますます謙虚になり、努力や精進の必要性を自覚できるようなリーダーであってほしいと思います。

私の言う謙虚とは、自分の未熟さを自覚できるということです。しかし、努力して自己確立した人は、自力で自己確立できない人が許せない傾向性があるものです。そういう人は時間に耐える訓練をせねばなりません。

また、努力して成功した結果、天狗になってしまう人もいますが、せっかく努力したのであれば、その磨き上げた自分を自慢して人生を終わるのではなく、どうやって他の人を幸福にするか、そのためにどう自分の人生を生かすかを考えるようにベクトルを変えていってほしいと思います。その転機は、一つは成功をおさめ、一段と責任が重くなった時で、もう一つは挫折や失敗の時です。これはとても難しいことではありますが、そういう立場になった時には、人を恨んだり自分を責めたりせず、自分の考え方を変えるチャンスだと思うことができる人が、成長できる人だということを覚えておいてほしいと思います。

 

 

まとめ

人事についていろいろと話をしましたが、人事が激しく動くのは、経営的に厳しい環境にさらされたときや急成長するときです。逆に、人事が落ち着いているのは、経営が安定しているときだと思います。従って、組織がマンネリ化(ゆでガエル化)しつつあるときは、人事を変えることにより意図的に変化を起こすこともあります。今後の大きな課題としては、「組織の新陳代謝をしつつ、高齢化してくる社員が、年金が出ようが出まいが困らないように仕事を作っていく」ということでしょう。従来的な既成概念ではなく、新しいものの考え方が組織の中に根付けば、多くの方が長く仕事を続けていくことができるのではないかと考えています。この新しい考え方というのは様々で、変えてはいけないものもあれば、認識を改めるべきものも多くあります。

シリコンバレーに行くと、世の中の流れが大きく変化していっていることを切実に感じます。そういう時代の変化の中で、適切な危機意識や問題意識をお持ちいただいた方には、活躍のチャンスはたくさんあると思います。「現場はそれどころじゃない」と思う人もいるかもしれませんが、複眼思考的に「長い目」と「現場を見る目」の両方を持って取り組んでいただきたいと思います。また、会社の風土として人事方針を確立するということは、なかなか難しいことだとは思いますが、本日申し上げたことを念頭に置いて、それぞれの部署で試行錯誤を続けていっていただければ幸いです。

「人事」の考え方について

当社では、役員と本部長以上の幹部の方は、毎月社長から提示されたテーマについてレポートを提出し、その内容を全員で討議する研修を実施しています。なかなかハードな内容ですが、もう何年も欠かさず実施しています。その研修の今月の課題が「人事」に関することだったのですが、きちんと朝礼で人事の考え方について話をしたことがありませんでしたので、今月はこれをテーマに選びました。

1.経営における人事の役割

先ず、経営における人事の役割を考えてみたいと思います。理念本セリオ1巻30ページに私は「経営」について『経営とは「ヒト・モノ・カネ・情報」等の経営資源を使ってそれらの合計以上の成果を生み出すことである。』と定義しています。

なぜ社長になった最初の段階でこれを申し上げたかと言うと、「私は、経営についてこういう考えで組織運営をしていきますので、それに反した考え方をしていたら指摘してください。また皆さんもそれを前提として一緒に経営に参加してください」という目的があったからです。

経営とは何であるか、というのは根本的なテーマではありますが、別に法律で決まっているわけではありませんし、結構色々な定義ができるものだと思います。ですから、これをきちんと定義しておかないと社長と幹部が経営について基本的な考え方が違うことがあるかもしれませんし、こういう基本的なことについて社長の考えがコロコロ変わるようでは、社員の方々は安心して組織運営はできないでしょう。

そこで、私は、社長になってから10年近くなりますが、ずっと同じことを言い続けています。幹部の皆さんもこれを暗記しているかどうかは知りませんが、共通の認識を持っているとは思います。

理念本には、続けて『中でも「ヒト」は最も重要な経営資源(人財)であり、企業の経営資源は結局「ヒト・ヒト・ヒト」なのである』と記載しています。要するに、とにかく、ヒトが全てあり、経営がうまくいくかどうかは、いかに人を生かし成果を上げるかにかかっているということです。Hi-WTPを作ることができるのも、「ヒト」でしかありません。

では、人事とは経営においてどのような役割を果たすのでしょうか?一人でやっている仕事、例えば個人営業のラーメン屋さんなどは、人事は関係ありません。自分がやりたいようにやればいいのですが、自分以外の人を使って成果を上げるということを実行しようとすれば、人事という概念が非常に重要になってくるのです。これは理解していただけるのではないでしょうか。

 

2.「人事」と「財務」が組織の動脈

私は、経営をする上で、他の幹部に任せられるものはほとんど任せています。本当に、ちょっと信じられないくらい日常的な実務判断は幹部の皆さんに任せ切っています。しかし、経営責任者として任せ切ってはいけないもの、最終的に自分で判断し責任を取らねばならないものが2つあると考えています。それは「人事」と「財務」のところです。

どういうことかと言うと、仮に、幹部が行った人事の結果、プロジェクトが失敗して赤字になったとしても、結果責任は代表取締役である私がとらなければならないと考えています。それは、実際の業務に関与していなくても、報告がなくても、私が信頼してその幹部に任せ切った結果であるからです。最終的に結果責任をとるということは、なかなか厳しいことではありますが、その前提として、朝礼や研修を通して、組織運営においては、こういう考え方で取り組んでください、ということを日ごろから色々お話しさせてもらっています。

では、なぜ、経営トップが結果責任を取らなければならないかというと、「人事」と「財務」は、組織の動脈だからです。組織には、ほかにも色々な機能があり、人間の身体でいえば神経のように、ここを切ったら片方の手が使えなくなる、ここをきったら足が使えなくなるということはありますが、そういう大切なものであっても、最悪の場合は部分的に切断しても生き残ることはできます。ただ、動脈を切られるとそれは死ぬことを意味します。

経営責任者にとって「人事」と「財務」は動脈であるという認識が非常に大切なことなのです。「人事」と「財務」については、最後は経営責任者が言い訳できないことであり、逃げてはいけないことであり、責任を取らなければならないものなのです。

それ以外に、「営業力」「技術力」「商品力」などのコア・コンピタンスとも言うべきものはあります。そういう会社の強みは色々あり、私も強みを生かせ、コア・コンピタンスに集中しろといっているので、それが一番大事だと思いがちなのですが、結局、そういう強みを生かすも殺すも「人事」と「財務」にかかっているのです。

 

先日「人を大切にする経営のための会計」というテーマで財務的な話をしました。お金をどのように使いコア・コンピタンスを生かすか、いかにして資産の回転率をあげるか、キャッシュを生まない資産をキャッシュを生む資産に変えるかが財務的な思考であるという話でした。では、その仕組みを回すのは誰かというとそれはヒトになるわけです。最終的にはヒトをどう使うかが大事であり、人事にかかってくるということになります。

 

.経営者の経営センスは人事で決まる

経営者の経営センスとは何で決まるかと言うとやはりヒトとカネの使い方のセンス、特にヒトの使い方なのです。

   松下幸之助さんでも、本当に最初の最初は二股ソケットとか、そういうモノづくりのセンスから始まったかもしれませんが、経営者として成功したのはカネとヒトの使いかたが上手だったからでしょう。だから、まったく学歴もない人であったのに、高学歴の人をたくさん使って世界的大企業にまで成長させることができたのでしょう。

稲盛和夫さんも、創業したての頃は商品を開発していた技術者だったかもしれませんが、京セラを世界的な企業に成長させ、経営者として有名になったのは、カネとヒトのセンスがずば抜けていたからでしょう。JALを再生できたのはその典型です。稲盛さんは飛行機のことが詳しいわけではなかったと思いますが、大赤字だったJALに経営理念を確立させ、カネをどうするか、ヒトをどう使うかについて考え方を示したわけです。そしてたった数年で、赤字会社を再建してしまったのでしょう。

私は、幸運なことに若いころ、実際にライブ感覚で経営再建の現場を体験したことがあります。それは、住友銀行員時代の話です。当時、私は住友銀行の根幹取引先の大企業だけを担当する部署でいちばん若手の行員でした。そのころのアサヒビールはビールのシェアが10%を切るところまで落ち込み、シェア60%のキリン、20%のサッポロには大きく水をあけられ、ついに後発のサントリーに追い付かれそうなジリ貧の経営状況でした。この状況を打開すべく、住友銀行から3人続けて社長が送り込まれていました。当時の村井社長は経営不振に陥ったマツダ(東洋工業)を再建させた手腕を買われてアサヒに行った方でしたが、村井社長をしてもなかなか経営状況を変えることはできなかったのです。そんな絶望的な状況の中、当時副頭取であった樋口廣太郎氏が社長として送り込まれたのです。この大きな人事の余波で、当時の私の上司がアサヒの経営企画部長に異動になり、樋口副頭取の秘書が営業に異動になり、一番下っ端だった私はその方とコンビを組んでアサヒを担当することになったのです。

そういう経緯で、それから銀行を退職するまで数年間、私は有名な『スーパードライの奇跡』をライブで体験することができました。樋口新社長は、社内の批判の嵐を全く気にせず、それまでの常識をひっくり返すような破天荒な人事を次々と実行しました。

結果的に新商品のスーパードライは驚異的にヒットし、今では業界トップ企業に成長しました。この間のことは、機会があればいづれまた詳しくお話したいと思います。アサヒの成功は財務戦略に負うところも大きいのですが、若いころに、いかにカネとヒトが大切であるかを体感し、ここを変えるだけでこんなに会社が変わるんだと確認できたことは本当に幸運でした。

野球でも、今迄最下位があたりまえだったチームが、野村監督や星野監督が就任したら優勝するようなチームに変わったということもありますし、フロントの力、財務の力でいい選手をスカウトしてチームが強くなった事例もたくさんあります。

そういうことで、経営者の“経営センス”の良し悪しは「人事」と「財務」をいかに上手く回せるかということで決まるのではないかと思います。

 

4.当社の人事方針について

前置きが長くなりましたが、いよいよ本題に入ります。

すでにここ数年実践していることですし、当社のカルチャーになりつつあることではありますが、当社の人事方針についての話をしたいと思います。

 

  • 実力主義(=貢献主義)

最初の方針は実力主義ということです。ごく簡単に言えば、学歴や家柄等で差別をしないということです。

官庁や大企業などでは、学歴や入社試験の順位等でその後の出世が決まるようなところがあります。例えば、昔、陸軍でも海軍でも士官学校を卒業であればいきなり少尉になれました。陸軍で少尉とは小隊長格であり、50人くらいの兵隊の指揮官です。ところが2等兵で入った人は、どれほど戦闘において優秀な戦士であっても、軍曹や曹長にはなれても、よほどのことがない限り、多分一生かかっても少尉にはなれません。官僚的な組織であればあるほど、そのような傾向があり、警察でも東大卒でキャリア(上級国家公務員)試験に合格して採用されると若くして署長になれたりします。ちょっと前に流行った「踊る大捜査線」というドラマ・映画の中でも、ユースケ・サンタマリアが演じていた真下という登場人物は最初織田裕二が演じた主人公の青島刑事の後輩でしたが、最終話では警察署長になっていました。主人公の青島は、交番のお巡りさんから努力して所轄の刑事になったわけですが、犯罪が起きて、現場目線で色々な意見を言っても全く主導権を取らせてもらえないのです。「事件は会議室で起きてるんじゃない!」というセリフが流行しましたが、実際犯人を逮捕しているのは現場の刑事なのに、彼らの意見は無視され、試験に通っただけのキャリア組のメンツで捜査が行われていいのかという映画でした。この映画がなぜ支持されたかと言うと、それは硬直化した大企業の組織に対する問題提起だったからです。会社の方針は、現場に来たこともない本店の偉い人が会議室で決めているが、実際にお客さんと交渉し、会社を動かしているのは現場の社員だということです。ところが、いくら現場で頑張って実績を上げても、有名大学を出て、幹部候補生として入社していなければ、出世できない仕組みになっていることへの問題提起だったわけです。

私が社長になって、理念を制定してから、最初に変えたカルチャーはここです。今では、当たり前になっていると思いますが、当社では学歴や入社試験の順位、家柄等で出世がきまるということは問題外であると考えています。

では、なぜ、それが問題外かというと、環境も人間(人材・人財)も変化していくからです。外部環境も、内部環境も変わり、さらにその人自体も変わるということです。ヒトは自ら努力することによって変わる存在であることを前提とした経営をしているということです。理念本でも、繰り返し、繰り返しセルフ・ヘルプという言葉を使っていますが、自助努力によって人間は変わる存在だということを前提として経営を行っています。言い換えれば、大学卒業時の成績がどうであれ、入社後の努力によって人は変わるし、それに応じた人事をしていくということです。これは、有名なジェームズ・アレン著「原因と結果の法則」そのものでもあります。この考え方を経営に応用するとそうならざるを得ない、まして、環境の変化が激しい時代にはそうなります。

そして、経営理念実現のためにどういう貢献ができるかという実力を問うことが人事評価のベースにあるということです。社員とその家族の幸福を実現するため、協力会社の方々とそのご家族の幸福を実現するためにどのような貢献ができるかどうかが人事評価の基本です。必然的に、学歴や職歴、性別、縁故等は一切昇格や昇進に影響していないはずです。

社員を幸福にできる力のことを実力と呼んでいるわけです。

これは、サッカーのような集団でやるスポーツの世界でも同じでしょう。単に、鳴り物入りで入団しただけでは使えないのです。何がチームにとっての貢献かを監督が定義し、その選手がチームの貢献にフォーカスすることが重要です。点を取る事が貢献なのか、ボールをキープすることが貢献なのか、速くディフェンスに回ることが貢献なのか、貢献をどこに集中させるかがポイントになります。

会社経営でも同じで、そのプロジェクトにおけるその人の貢献をコーチ役の人や現場で判断しプレーするプレイヤーにいかにコミットさせるかが監督のマネジメントの要点となります。私も幹部研修の中で、そういうところに注目して幹部の発言を聞いていますが、こういう考え方が当社の組織内に浸透しているのではないかと感じています。

 

  • 「強み」を生かす(=適材適所)(理念本①36ページ参照)

「強み」を生かすということも理念本その他でくどいほど言い続けていることです。よく人事とは適材適所が大事だと言われるのですが、私的には、「強みを生かす」=適材適所という事なのです。要するにその人の「強み」に合わせた仕事をしていただくということです。

基本的な方針として、「それぞれの人には長所があるので、できるだけ長所を見つけ、それを評価して貢献してもらおう」と考えて経営をしてきました。その方針に沿ってどういう人をリーダーに抜擢してきたかと言うと、簡単に言うと「自分に厳しい人(克己心の強い人)」です。別な表現では、理念本第4巻46ページにも克己心の強い人と記載しましたが、自分に厳しい人とは、自分を甘やかす誘惑に打ち勝てる人、自分を律することができる人のことです。他人に対して甘える心が強い人や利己主義的な傾向のある人はあまり幹部に登用しないようにしています。なぜかというと、役割が変わることで求められる成果が変わるからです。

要するに、プロジェクトに参加しているメンバーとその上の部長、本部長では、当然求められる成果が違うわけです。当社は、ほとんどが技術系の方なので、自分でマネジメントを学んでいただかねばならないわけですが、その前提として「自分を鍛え直す厳しさ」があるかどうかが大事なポイントになるのです。そういう意味では、役職が上がれば上がるほど勉強が必要になる組織になるべきであり、現実にそうなりつつあるのではないかと思います。

たまに「自分は優秀なエンジニアなのに、なかなか出世ができない」と言って辞めていく方がいますが、この辺りのことが全くわかっていないと言わざるをえません。「自分は開発ができる」という意味での優秀さは、エンジニアとしての優秀さであって、他の人をマネジメントして成果をあげる能力とは、それとはまったく違う「新しい能力」なのです。ですから、もし、その方がリーダーとして自分のステージを上げようと思ったら、「新しい能力」を身に着ける必要があります。この「新しい能力」とは、「目標設定する能力」「人をまとめる能力」「仕事や予算を取ってくる能力」等々の成果をあげるためのマネジメントの力です。新しい能力を身に着けていないのに、辞めるということは、近視眼的なものの見方しかできていないということです。

例えば目標設定で、自分の仕事の目標設定ができても他の人の目標設定ができますか?ということです。自分がプロジェクトの中できちんと仕事をするだけでなく、Aさん、Bさん、Cさん、能力も性格も違う人達を使って、1+1+1が3以上の5にも10にもなるような成果を上げることができますか?ということです。それが評価になり、給料に結びつくということです。さらに、これは非常に重要なことですが、仕事をとってこれますか?ということです。また、予算をとること、納期の交渉をすること、人が足りないので他社や他部署から人を引っ張ってくる等、そういう能力もあります。総合的に成果をあげるためのマネジメント力を養っているかということです。戦国時代でも、たまたま大将の首をとった人がいて、その人が大将になれるかというと違うでしょう。戦略を立てる能力、人を使う能力がないと大将になれない、そういう事です。

以前、勉強カルチャーということも言いましたが、立場的に偉くなればなるほど自分に厳しくなることが当たり前の組織にしたいのです。なぜなら、人財は我が社にとっての宝物であるからです。人財を生かすマネジメント側になる方には、自分を生かすだけではなく人を生かすことへの自覚がある事が重要です。その自覚があると、自分の未熟さを痛感します。私も、未熟さを痛感しているからこそ、様々な経営セミナーや会社訪問に行き勉強しているわけです。自分の未熟さを知らないと他から学ぶことはできません。「大切な人財を生かす(マネジメント)側」になることの自覚があれば、自ずと「その能力が未熟である自分を厳しく鍛え直す覚悟」ができるはずです。当社では、中間管理職向けにこの自覚を促すための研修も実施しています。

 

  • 抜擢人事と敗者復活戦

この数年実践してきたことは、

  • マネジメントに必要な見識や能力が備わっていなくてもチャンスを与えて任せてみる
  • 一定の時間を与え、教育を施し、その内容に基づいて自分で考え、試行錯誤をしていくうちにだんだん育ってくるだろう、

という楽観的な考え方で「人事」を実施してきました。

その中には、抜擢人事的なものもあったと思いますが、もちろんその打率は十割ではありませんでした。失敗する事も多々ありましたが、それは直属の上司や本人の責任もゼロではないと思いますが、基本的には抜擢を容認した私に責任があると考えています。

また、後で考えてみたら与えたポストやミッションが、その人以外の誰に任せてもできない業務であったということもあります。(ドラッカーは“後家殺し”の業務と呼んで戒めています。)ですから、1回失敗したからといってダメだということは全く考えていません。いつでもやり直していただけるようなチャンスやポストは与えていく方針でいます。いつの場合も敗者復活戦はあると考えています。

 

  • 見識の醸成(=風通しのよい組織)

常に長期的に、5年、10年、20年の間、志を忘れずに見識を広げる努力を続けていける人は、成果をあげるマネジメントができるようになると思っています。私は、マネジメント層の知力ベースマネジメントのポイントは、正しい見識を持つことができるようになることです。見識とは簡単に言えば、モノの見方、考え方のことです。それは、単に勉強するだけ、物知りになるだけでは身につきません。様々な経験を通して身についてくる知恵のようなものです。

なぜ、マネジメント層に見識が必要かと言うと、それがないと本当の意味で多様な意見を聞くことができないからです。風通しの良い職場にするには「部下の意見を聞く耳を持ち」、「衆知を集めることができる」組織にする必要があります。しかし、見識のない上司だと「話は聞いてくれるが、何も判断してくれない」という不満が出てくるのです。部下の意見を聞くといっても、部下の中には勘違いして「言論の自由」的に奇抜な意見を言ったり、野党的に反抗したりする協調性のない人もいます。プライドが高く、自分の存在感を示したいだけの自己顕示欲の強い人もいますし、同僚や後輩に嫉妬して、批判や誹謗中傷をするような人もいます。そういう時、それを「全否定」してもダメですし、「全肯定」ももってのほかです。そういう人を善導するには、その人を上回る知力と見識が必要です。その見識を共有する手段としてこうして朝礼で話をし、それをHPに公開し、本にしているのです。

先日も他社の管理職の方から、セリオホームページの私のコラム記事を活用して部下と話をする材料にしているとお礼を言われたことがあります。そういう方は結構いるようですが、理念本を上手に活用すれば、上司としての権威を維持しつつ、風通しの良い組織が作れるはずです。部下を叱るときも、部下の方が上司に諫言するときにも使えると思います。

 

もし幹部に見識がないとどうなるかと言うと、私など何も言えなくなってしまうのです。どういうことかというと、見識のない人は「指示」と「提案」と「相談」の区別がつかないのです。たとえば、私が、「こういうのをやったらいいんじゃない?」という感じで発言しいたとして、見識のある人であれば、「提案」であると理解し、「確かにそれもいいのですが、こういう事情で時期尚早だと思います」などと言ってくれるのですが、見識のない人だと「社長がこう言ったからすぐやらねばならない」ということになってしまうのです。今度、新岡山オフィスを建てると聞きましたが、仮に私が「新オフィスには立派な社長室があるといいね」と言ったとしても、必要がなければ作らないでしょうが、見識のない部下だったら、もしかしたら要らない社長室を設計してしまうかもしれません。そうなると、なにも発言できなくなりますし、冗談も言えなくなります。社長である私にも言論の自由があって、自分の意見を言う権利も義務もあると思うのですが、幹部にその意見を受け止めるだけの共通の見識がないと何も言えなくなってしまうのです。

また、同じような対応でも「人・時・場所」によって言うことが変わることもあるのですが、それが理解できない部下もいます。例えば、ある本部の幹部に対しては「取引先を広げよ」と言い、別の本部の幹部に対しては「取引先を絞り込め」などと反対のことを言うこともあります。それは、その部署が置かれている状況が全く違うからなのですが、幹部に見識がないと社長は二枚舌だ、方針がいい加減だとなってしまうことがあります。見識があれば、お互いの置かれている状況が違うからだと理解できるので、ここもマネジメントにおいて重要なポイントになってきます。幹部に一定の見識があるからこそ、大胆な権限委譲も可能になってくるのです。

 

今月は、ここまでですが、引き続き来月も人事についての考え方の続きをしたいと思います。

どうしたら「自燃人」になれるのか ~出雲で学んだこと~

今年は、当社の中長期計画である「ニューフロンティア3ヵ年計画」の最終年です。この計画では、個人が取り組んでほしいテーマとして「自燃人革命」を掲げています。

『自燃人(じねんじん)』とは、自ら燃える人であって、自然人(しぜんじん)ではありません。要するに、以前から言っている言葉でいえば、自家発電できる人、セルフヘルプ型の人ということです。他の人から言われなくても自ら進んで物事に当たることができる人になろうということだと思います。これに対して、評価を与えられたり、上司に説得されたりするという何らかの誘因があればやる気が出る人のことを『可燃人』と言います。また、誘因があっても前向きになれない人のことを『不燃人』と言います。一般的にどこの組織においても、自燃人:可燃人:不燃人の比率は2:6:2(パレートの法則)なのだそうです。ですから、自燃人革命というのは、この比率を変えようということなのでしょう。しかし、「人を大切にする経営学会」などの視察に行くと、社員全員が自燃人の集団のような会社もあります。そういう会社の社長さんに「お宅は全員が自燃人ですね!」と言うと、「そんなことはありません。やはり2:6:2の法則は働いています。」とおっしゃいます。なぜかというと、そういう会社では、自燃人のレベルが高いのですね。ですからわが社の基準では自燃人であっても、その会社ではまだまだということになるのです。まぁ、そういう相対的なものではあるとしても、個人としては理想的な自燃人を目指したいものです。ということで、今月はどうしたら自燃人になれるのかというテーマで、自燃人とはどういう人なのかということを考えてみたいと思います。副題に「出雲で学んだこと」としてあるのは、先日出雲大社へのお参りもかねて出雲方面に数日出張した際に、自燃人の典型のような方々と出会えたからです。

 

1.自燃人の代表―大国主命(大黒様)

商売繁盛や縁結びで有名な出雲大社は皆さんご存知だと思いますが、お祀りされているのは、七福神の一人で大黒様とも呼ばれている大国主命様です。皆さんも、米俵の上で、大きな袋を背負って、ニコニコしながら打ち出の小槌をふっている大黒様の像をどこかで見かけたことがあると思います。また、地元のお菓子で有名な「因幡の白兎」という大国主命がウサギを助けたという逸話は知っていると思いますが、実際どういう話なのかはよく知らないのではないでしょうか。『古事記』に書いてあることを要約するとこういう話なのです。

「因幡の白兎」の物語

結論から言うと、大国主命というのは須佐之男命のご子孫で、大和の国を作った「国造りの神」です。他にも八十神と呼ばれるくらいたくさんお兄さんの神様がいたのですが、いろんな出来事があって大国主命が国造りをすることになったのです。そのエピソードとして特に有名なのが「稲羽(因 幡)の白兎」です。

出雲の対岸にある隠岐の島に賢い一匹の兎がいたそうです。ある日その兎は、向こう岸の大陸に渡ってみたくなりました。そこで、海にたくさん泳いでいるワニ(和邇=サメのこと)を利用しようと考えます。兎が泳いでいるワニに「ワニはずいぶんたくさんいるけど、やっぱり兎の方が多いよね」と対抗心をあおると「そんなことはない。ワニの方が多い」というので、「では、あなたの仲間を向こうの岸まで並べてください。その数を数えればどっちが多いかわかるでしょう」とけしかけます。兎の策略にはまったワニは仲間を連れてきて向こう岸までずらっと並ぶと、兎はその上をピョンピョンはねながら渡っていきました。そのまま向こう岸まで渡ればよかったのに、最後に兎はつい「お前たちはバカだね。数比べなんて真っ赤なウソだ。向こう岸に渡るためにお前たちを利用しただけなのだ」と言ってしまったのです。それを聞いたワニは烈火のごとく怒り、兎を捕まえて、懲らしめてやろうと皮をはいで海岸に放置してしまったのです。

ちょうどそのころ、大国主命と八十神と呼ばれるそのお兄さん方は、お母さん神様のアドバイスで、因幡の国に住む八上比賣(やかみひめ)という絶世の美女にプロポーズしようということになり求婚の旅に出たのです。その際、八十神たちは旅行の荷物を全部大きな袋に入れて一番下の弟に担がせたのです。これが、大国主命が背負っている袋なのです。大国主命は、そのようなひどい扱いをされたことを気にすることなく一人だけ遅れて旅を続けていました。

八十神たちは因幡の海岸で、皮がはがれて泣いている兎を見つけ、その理由を聞いて、「とんでもない悪い兎だ。もっと懲らしめてやろう」と「その傷を直したければ海に入って塩で洗い、太陽で乾かしなさい」と言います。改心していた兎は神様の言うことだからと、感謝してその通りにしたところ、前よりもっと悲惨なことになってしまい、泣いていました。すると、そこに遅れてやってきた大国主命が「兎さんどうしたのですか」ときくと、かくかくしかじかということだったので「それは大変だったね。手伝ってあげるから川の水で傷を洗い、蒲の穂の花粉を塗って治しましょう」と手当てをしてくれたのです。

感激した兎は「使用人のように他の人の荷物を背負っていらっしゃるけど、あなたこそ八上比賣を娶られるべき立派な神様です。八上比賣様の目に狂いはありません。」と告げたのです。この話をもとに、大国主命は「医療の神様」になり、心を入れ替えた因幡の白兎も「兎神」として祀られているわけです。

その後どうなったかと言うと、八上比賣は、兎の予言通り婚約者として大国主命を指名するのですが、これを面白く思わない八十神はなんと大国主命をだまして殺してしまうのです。しかし、「古事記」というか神代の時代のすごいところは、たとえ死んでも、それを悲しんだお母さん神様が高天原の神様に頼みに行くと、大国主命が生き返ってしまうところです。しかも、生き返った大国主命は再度お兄さん神たちに殺されるのですが、その度に生き返ってくるのです。しかも大国主命はお兄さんたちを恨みもせず、淡々と自分の修行に励むのです。

まことに個人的なことですが、鹿児島出身ということもあり、私は子供のころから西郷隆盛の大ファンなのですが、この大国主命の神話を聞いていると、どうしても西郷さんが思い返されるのです。それは、他の人の荷物をたくさん背負っても何一つ不平を言わずに、よかよかと笑っている西郷さんであり、弱いものを限りなく慈しむ西郷さんです。また、僧の月照と錦江湾に身を投げて蘇生した西郷さんであり、沖永良部島に流されても生き返って維新を成し遂げた西郷さんです。そして、最後は、自分を慕う若者たちのために生命を預けて亡くなっていった西郷さんです。

出雲の神様に多くの人がお参りに行くのは、そこに、西洋的な自己犠牲の精神とはちょっと違う大和心を感じるからではないでしょうか。ある意味、大国主命的な生き方こそ自燃人のお手本なのではないかと思うのです。

大国主命は、その後高天原で須佐之男命による厳しい修行にも耐え、国造りをされたため、農業、商業、医療、縁結び等々の神様として慕われています。

 

2.出雲で出会った自燃人① キシ・エンジニアリング 代表取締役会長 岸征夫さん

次に、大国主命様のご縁で、出雲で出会った素晴らしい自燃人の方々を何名かご紹介したいと思います。最初にご紹介したいのは、坂本先生の『ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社』等に掲載されているキシ・エンジニアリングの岸会長です。

同社は、出雲市駅からも少し離れた不便なところにある、従業員数名という話ですが、社員の方がいらっしゃるのかよくわからないような小さな会社です。機械メーカーということですが、ガレージのような作業場があるだけです。今回訪問した時も、75歳になられるという会長ご自身がお手製のヨーグルトとジャム、コーヒーなどで歓迎してくださいました。岸会長は、もともと地元の大手農機具メーカーのエンジニアだったのですが、40歳のころ脳に障害を持つお子さんのために独立されたのです。それ以来、呼吸器トレーナーやリフト付き電動車イスなどの障碍者向けの機器を中心として、大手自動車メーカー等からも一品ものの受注をしている会社です。

今回の趣旨は、この会社の経営理念や経営方針など「あり方」を学ぶことでも、事業内容を学ぶことでもありませんので、詳しく会社の内容を知りたい方は、前述の坂本先生のご著書などを読んでみてください。

私が今回お伝えしたいのは自燃人の典型としての岸会長です。一番、自燃人的なことは「好きでやっているだけ」と言い切れることです。「なぜ会社を始められたのですか?」「なぜこういう機械を作ろうと思われたのですか?」と伺っても、結局、「好きでやっているだけ」なのだそうです。間違いなく障害などで困っている方のためだと思うのですが、亡くなった娘さんのためともおっしゃいませんし、世のため人のためともおっしゃいません。会社の存続のためでもなく、利益のためでもなく、純粋に自分がやりたいこと、好きなことを好きなようにやっているだけ。

自然人の最大の特徴は「好きでやっているだけ」と言い切れることだと思います。

3.出雲土建・出雲カーボン 石飛裕司社長

最近では大分有名になりましたが、「炭八」という商品を開発した方です。石飛社長とは、2年くらい前に広島で開催された「人を大切にする経営学会」の中国支部の第一回例会でお目にかかったのが最初のご縁でした。その時に出雲土建、出雲カーボンの名刺以外に「出雲屋炭八」という変わった名刺をいただき、「この人はただものではない」と感じたのが最初の出会いでした。

「炭八」という商品に興味を持ったので、セリオデベロップメントの新規事業としてコラボできないかという思惑もあり、その後何度も出雲を訪問しました。「炭八」を天井や床下に敷き詰めた住宅では、湿気を防ぎ、防音効果に優れ、いやな臭いも防ぎます。本業が土建屋さんなので、「炭八」を敷き詰めた集合住宅を出雲市内に何棟も建てて、その効果を十年以上にわたり大学の研究室と共同で測定しています。

その後何度か訪問して、販売戦略の相談に乗ったりしていたのですが、住宅用以外に、個人的、家庭的にも多様な用途と販路があると思い、商標や特許についてアドバイスをすることになりました。その後テレビの通信販売で爆発的に売り上げが伸びたことから、昨年設備を増設したと聞き、今回はその設備を拝見するために訪問したのです。

この会社については、来年くらいに坂本先生がご著書に書かれるそうなので、楽しみにしていてください。さて、今回は、自燃人としての石飛社長の特徴についてお話します。

特徴の第一は、炭に狂っていること。自称「炭狂老師」を名乗っていらっしゃるので、そう申し上げても構わないと思うのですが、実に狂っているとしか言いようがないのです。要するに、四六時中そのことを考えている。没頭している。頭から離れない。しかもそういう状態が十年以上続いていて、ブレない、変わらない。

第二に、すさまじい努力をしているのだが、本人にはその自覚がない。これだけ長期間苦労しているのに、そういう雰囲気がまったく感じられない。妙な力みもなく、達成に向けての悲壮感もない。淡々と努力を楽しんでいる感じ。

第三に、才能があるとしか思えないのだが、本人にはその自覚が全くない。客観的に見て、天才的な発明をしているし、画期的な商品を開発しているので、間違いなく才能や資質があるはずなのだが、本人は意識していない。

第四に、ありえないくらい損得を考えていない。事業的には、当初極めてリスキーな事業だったが、リスクを全部ひとりで背負ってやり続けてきた。結果的に現在成功し始めてきたが、むしろ絶望的な状況の方が長く続いていたはずである。にもかかわらず、一切損得を考えずに続けてきたし、成功しても事業の急拡大を考えていない。

第五に、失敗が失敗にならない。単なる試行錯誤であり、成功へのきっかけだと心から信じているし、感謝している。

色々申し上げましたが、結局、石飛さんも岸さんも「好きでやっているだけ」なのです。

お二人の特徴から、あえて、自燃人の効能と言うべきものを上げるとすれば、何といっても、努力にモチベーションが要らないということでしょう。これは努力するのに他人にモチベーションを用意してもらう必要がある人と比べると、とてつもない強みです。なぜなら何らかの誘因(インセンティブ)がないとモチベーションが維持できないという人(可燃人タイプ)は、自力で努力が持続しにくいからです。しかも、例えば、ボーナスの上げ幅も毎回同じだとありがたさがなくなっていくように、誘因は、繰り返し使われると収穫逓減しやすく長続きしないでしょう。

つぎに、自燃人は極めて逆境に強い、というか、例え理不尽な外部環境の変化に遭遇しても、それをチャンスとして考えることができます。反対に、可燃人タイプの人はどうしても逆境に弱い。特に、理不尽な外部環境の変化に弱い。必然的に、失敗の原因を自分以外のものに求め、逃げやすくなります。どちらを選ぶかはまさしく個人の判断ではあるのですが、幸福感ということを考えて、自燃人を選ぶ方をお勧めしているわけです。

 

4.社会福祉法人雲南ひまわり福祉会

出雲の自燃人シリーズの最後にご紹介したいのは、昨年度、第9回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で実行委員会特別賞を受賞された社会福祉法人「雲南ひまわり福祉会」さんです。ここは、出雲市から車で小一時間ほどのところにある雲南市という人口3、4万人の地域で、就労型支援施設以外に介護施設やデイサービス、グループホームなど色々な事業を営んでいらっしゃいます。

こちらの施設の最大の特徴は、現在、職員として正職員が20名、非正規職員が28名いらっしゃるのですが、自主的に経営計画を立て始めてから8年間、正社員に誰も退職者が出ていないということです。大変失礼ですが、これは島根の山の中の施設の話です。

ご存知のように、現在介護業界等ではとんでもない人手不足になっています。人手不足というより来てくれる人がいないというのが実情のようです。その最大の原因は、人が定着しないことにあります。入ってもすぐに辞める。すると長くいる人の負担が大きくなり、その人たちも持たなくなる。採用に莫大な費用とエネルギーと時間がかかる。それも退職で無駄になる。こうした悪循環というか負のスパイラルが続いているのですが、この島根の山奥の施設では、他の施設では信じられないくらいの好循環が起きているのです。

今回は、当社の人財部の方々も一緒にその軌跡を学ばせていただきました。

1.「働きやすい職場」というのはどういう職場なのか、みんなで意識を共有した。

2.その後、従業員満足=利用者満足という方向性の下、中長期計画を策定した。

3.KPTを明確にして、職場の空気を換えたら結果的に退職者がいなくなった。

4.退職者がなくなり、好循環が生まれ、コストロスがなくなった。

5.最近では、採用も複数の候補者の中から選別できるようになった。

ということでした。

KPTというのは、Keep、Problem、Tryの略で、ブレストの方法です。みんなで、ポストイットなどにKeep(続けること)Problem(課題)Try(改善点)をどんどん書いていって、それをもとにPDCAを回していくやり方です。

結局、全員が「働きやすい職場」を意識し、それに向けて自燃人になっていったということでしょう。これこそ本当の意味での「働き方改革」だと思います。私は「働き方改革」=自燃人革命そのものだと思います。これを実証してくださったのが雲南ひまわり福祉会さんではないかと思いました。

そういう意味で、雲南ひまわり福祉会さんには学ぶべきところがたくさんあります。

 

NPOに学ぶ経営

ドラッカーもNPOの経営に学ぶべきだと言っていますが、その通りだと思います。なぜなら、NPOではKPIが収益的なものにならないからです。収益的なものは結果であって、より本質的なもの、根源的なものをKPIとして追い求めるからです。

企業経営においては、収益的な数字ばかり追っていると、結果が出ているときほど現状維持バイアスがかかりやすくなります。例えば、本当は今の仕事を減らして、新しい分野に進出すべきであるのに、そのことで前年対比売上の数字が維持できなくなるのではないか、結果的に賞与などに影響が出るのではないかと思うと、「今のままでいいじゃないか」という空気になりやすいのです。こうした空気を自分たちの意思で打ち破るためにも、本当の意味での「働き方改革」としての自燃人革命を推進していただければありがたいと思います。

 

我以外皆師 ~なぜ人の意見を聞けないのか~

はじめに、なぜこのテーマにしたかお話します。この「我以外皆師(われいがいみなし)」という言葉は、ある有名な小説家が座右の銘としていた言葉ですので、知っている人は知っているのではないかと思います。

要するに「自分以外は皆、先生だと思って接しなさい」ということです。それはどういう意味かと言うと、「どんな人であってもどこか自分より優れたところがあるだろうから、先生だと思って学びなさい」ということでしょう。「初心忘るべからず」と言いますが、習い事をしていても、本当に上手になる人というのは、自分の専門外の人をも、先生と思って学ぼうとするものです。ところが、ちょっと上手になってくると慢心して人の意見を全く聞けなくなる人もいます。

副題として「なぜ人の意見を聞けないのか」という題をつけましたが、むしろ、これが今日のテーマです。なぜこのテーマを選んだかというと、最近すごく優秀な方なのに、全然ほかの人の意見を聞こうとしない方と、出会ったからです。優秀な方であっても、天狗になってしまうと、全く人の意見を聞かなくなるということがあるのだな、と思ったからです。そこで、他山の石ではありませんが、私も社長になって10年近くなりますので、そういう兆候が出ているなら、遠慮なく指摘してほしいと思いますし、自戒したいという趣旨でこのテーマを選んだ次第です。

 

どんな人が他人の意見を聞けないのか

他人の意見を聞けない人の典型的な例は、永年ワンマン社長を続けてきたような方が、歳を取っても権限を委譲せず、全部自分で決めないと気が済まないという、いわゆる「老害」です。最近も大手の住宅賃貸会社で、設備の不備が社会問題化しましたが、その原因は、つまるところ、創業トップがワンマンで部下の意見を聞かないからだった、と言われています。こういう例は枚挙にいとまがありません。成功した創業者、一代で財を成した人、会社の中で功績があったベテランなどにも、そのような傾向がでてくるようです。また、家庭の中でも、頑固おやじになって息子や娘のいうことを、聞かないお年寄りはたくさんいます。歳を取ると身体が不自由になるせいか、とてもわがままになりますし、「昔からこうするものだ」という考え方に凝り固まっている人は、その結果周囲が迷惑しても、まったく顧みない年寄りもいます。

では、年配の人だけかと言うと、意外にそうではなく、若い人でも人の意見を聞けない人は、たくさんいます。何かアドバイスをしようにも、全く聞く耳を持たないで反発ばかりする、全然素直でない若者というのもいます。そういう人は、多分、思春期に傷ついた経験があって、まだその傷が癒えていないのでしょう。二度と傷つくのが怖くて、外部からちょっと刺激されると、ハリネズミのようにすぐバリアを張って殻に閉じこもってしまいます。

結局、人の意見を聞けない人は、傍から見ると非常に我が強くて、素直でないということではないかと思います。どちらかというと女性の方が柔軟で素直なイメージがありますが、男女に限らず、そういう方はいます。

 

人の意見を聞くことの効用

エピソード①: 松下幸之助が言った絶対に欠かせない「指導者の条件」とは?

人の意見というのは、確かに当たっていることもあれば外れていることもありますが、たとえ外れていたとしても参考にはなります。結局、人の意見を聞かないことの何がよくないかというと、その人の伸びしろを否定することにつながってしまうからではないかと思います。

松下幸之助さんの著書に『指導者の条件という本があります。これは私が30代の頃から繰り返し読んでいる本です。この本が出版された時、この本に記載されていた「指導者の条件」が102項目もあったので、ある記者が松下さんにこういう質問をしました。

「いままで経営をしてこられたその経験から、指導者として必要な条件は、いろいろとあると思われますし、すでに折々にいくつか挙げておられますが、しかし無理なことだとは思いつつ、あえて質問させていただきます。指導者や経営者にとって、必要な条件、これだけは、絶対に持っていなければならない条件をひとつだけ挙げて頂けませんでしょうか?

この問いかけに対して、松下さんは、「う~ん、そうですなあ、ひとつね、ひとつだけですな。ま、ひとつだけ指導者に必要な条件を挙げよと言われれば、それは、自分より優れた人を使えるということですな。そう、これだけで十分ですわ」とおっしゃったそうです。

実は、この本を最初に読んだ30代のころは、これが唯一の指導者の条件ということに対して、あまりピンときていませんでした。というより違和感がありました。やはりリーダーである以上、一番優秀であるべきで、自分より優秀な人に仕事をさせようというのは、なんか無責任なんじゃないかという感じがしたのです。しかし今、60代になり、社長をさせてもらっていて、松下さんのこの考えは本当によくわかります。

先日も、ある部門の会議をしていて、以前は「(お客様や上司から)言われたことを言われた通りにやることが仕事だ」と思っていたような社員が、当社の理念をきちんと理解し、「会社全体(社員の幸福実現)のために、自分はこうすべきだ」と、自分の頭で考え、発言してくれるようになっていたのが、本当に素晴らしいと思いました。社員が責任を持って会社のことを考えてくれるというのは、社長としてとても嬉しいことです。こういう会社にしたかったというのが、私の理想としてずっとありましたが、少しずつそういうカルチャーが出来てきたことが本当にありがたいと思います。また、自分たちが幸福になるために、「成果を上げることが貢献である」ということを理解し、あれこれ細かいことを言わなくても実行してくれるようになったことも、本当にありがたくて、嬉しいことです。以前、東海バネの会長・渡辺さんが「自立できるということは、言い値で買ってもらえるようになること」とおっしゃっていました。これを実現することは簡単なことではありませんが、こういったことを実行できる社員が増えてきたのは、幹部の皆さんの指導の賜物でもありますが、実にありがたいと思います。

部下が社長に頼らないで、自分で考えて行動することを嬉しく思えるのは、こういう本を読んでいたからだったのかなと思います。このように、若いころには分からなくても、歳をとって分かることもありますが、経営の神様と呼ばれる人がおっしゃったことでもあるので、非常に重要なことだと思います。

 

エピソード②:アンドリュー・カーネギーの墓碑銘

これも結構有名な逸話ですが、アンドリュー・カーネギーが自分の墓に刻ませた有名な言葉があります。アンドリュー・カーネギーは、鉄鋼王と言われている大富豪ですが、元々はスコットランドの貧しい移民で、裸一貫で巨大な富を築き上げた方です。以前ナポレオン・ヒルの成功哲学についてお話しした時にもご紹介したことがあります。この人が「成功者をたくさん紹介するから、20年かけて成功法則を発見し後世に遺しなさい。ただし無報酬だが、それでもやる気があるか?」という試験をして、それに合格したナポレオン・ヒルが成功哲学を考えたという話をしたことがあったかと思います。

『経営者の条件』という本で、アンドリュー・カーネギーが自分の墓に刻ませたという有名な言葉を引用したのが、これまた有名なドラッカーです。ドラッカーは、これこそが経営の条件だと言ったのです。

Here lies one who knew how to get around him men who were cleverer than himself.

直訳すると、自分よりも賢い人たちを集める方法を知る者ここに眠るということです。

ちょっとビックリしますが、松下さんも、カーネギーも、ドラッカーも自分より優れた人を使えることがトップの条件なのだと言っているのです。人を使える人というのは、当然、人の意見をきちんと聞ける人でしょう。これこそ、人の意見を聞くことの最大の効用なのです。

 

「トップがオールマイティでなければならない」という考えは発展を止める

要するに「トップがオールマイティでなければならない」という考えは発展を止める、ということです。何もかもトップが判断しないといけない組織だと、トップの能力以上には大きくなりません。これは、決して善悪の問題ではありません。どういう経営がいいとか悪いとか、言っているのではないのですが、たとえば、従業員が数名、数十名の小さな組織だったら全部社長が決めてもいいのです。しかし、もしこの組織を大きくしようと思ったら、人が使えないと、大きくはできないのです。個人営業でも、チームを作ったり、組織を発展させたり、大きくしていこうと思ったら、そこをやらないといけないということです。組織を大きくするのが良い、というわけでもありませんが、わが社の場合、二百数十名の社員がいて、協力会社の方もかなりいるわけですから、そういう人たちを幸せにしていくために、組織を大きくしていくことは必要なことです。

なぜ、発展を止めるかというと、もし、「部下よりも知識を持つこと」「賢くなること」「経験を積むこと」「お金に強くなること」「技術にくわしいこと」……など、全てにおいて部下より優れた存在になることがリーダーの条件だというのであれば、結局トップの能力の限界が組織の限界になってしまいます。適切かどうかわかりませんが、ゴルフに例えると、全部自分でショットを打つのをやめて、自分より上手な部下に打たせるようなものです。ドライバーはAさんに、アプローチはBさんに……と、自分がすべて打つのではなく自分より上手い人に打ってもらうことです。ゴルフでは違反になりますが、経営はそういうことができます。よく「強みを生かす」と言っていますが、こういうのもアリで、自分一人でやらなくていいのが経営なのです。

 

自分の能力が組織の限界になった『白い巨塔』の財前医師

先日テレビで『白い巨塔』というドラマを5夜連続でやっていました。これは山崎豊子さんが約50年前に書いたベストセラー小説で、最初に読んだのは大学生の頃でした。財前五郎という岡山出身の外科医が主人公の話で、何度も映画やテレビドラマになっています。

スーパードクターのままでいればよかったのですが、小さい頃からのコンプレックスもあり、教授になるという野心を抱きます。教授選に出馬した財前は、権謀術数を駆使して教授になるのですが、その直後の手術で、若い医師の言葉に聞く耳を持たず、同僚の里見という内科医意見も無視して我を通したことから患者を死なせてしまいます。ハッピーエンドでも何でもない、非常にドロドロした人間劇ですが、いろんな意味で医学会に波紋を投じた問題作です。50年経ってもリメイクされ、つい観てしまうというのは、やはりいろいろな教訓が含まれているからでしょう。

結局彼は、指導する立場の大学の教授になった時に、変わらなければならなかったと思います。指導者の条件は「自分より優秀な人を使えるようになることだ」ということを悟ればよかったのですが、それを悟ることができなかったから悲劇を生んだのです。

 トップ自身が、自分がトップとして果たすべき最大の責任は、自分より優秀な人を使えるようになることだということに気付くことができれば、その組織は、トップ個人の能力をはるかに超えた発展が可能になることを意味しています。会社のチームやプロジェクトもそうですし、家庭もそうかもしれません。結局は、自分の能力を超えた発展を目指すならそうすべきだということです。特に、多くの社員や関係者を幸せにしようと思うなら、自分より優秀な人を使えるようになることを心掛けることが大切だと思います。

たとえば、誰かと話をしている時にその人と自分を比較して「あの人はあれを知らない、あれができていない」とか「あの人より自分は優れている、よく知っている」というような欠点やアラ探しをするのではなく、「あの人はここが優れている」「あの人のここを学びたい」と言えるように心がけることです。個人的には、最近意識していることなのですが、若い方々に対して「最近の若い人は立派だ」と声に出して言うようにしています。

しかし、現実には、『白い巨塔』の財前医師のように部下の進言を頭ごなしに否定するような、いわゆる「聞く耳を持たない上司」が存在することも事実です。自社にいなくても、取引先にそういう方がいらっしゃることがあるかもしれません。次に、はなはだ個人的な分類ではありますが、どういうタイプの人が人の意見を聞けないのかを考えてみたいと思います。

 

人の意見を聞けない4つのタイプ

①自己保身の思いが強いタイプ

こういう人は大抵、頭のいい人でセルフィッシュな人です。先ほどの財前医師タイプです。また、会議などで会社の方針に総論的には賛成しても自分からは何もしない、いわゆる「面従腹背型」の人もいます。そういう人も聞く耳を持たないでしょう。皆さんとても頭がいいのですが、頭のよさを全体の貢献のために使わずに、自己保身や自己保存のために使う傾向性があります。できない言い訳をするため、責任から逃げるため、責任を取らないための理屈付けをすることが仕事の大半になっている人もいます。役所や大企業の管理職に多いように思います。

②職人肌で「自分が最高」と思っているタイプ

マニアックな技術者や職人さんに多く見られます。小さな世界で頂点を極めたと思っているような人で、本当に最高かと突き詰めると、客観性がない場合も多いのではないかと思います。

③プライドが高く、傷つくのが怖いタイプ

これは、自分に本当の意味での自信がなくて、人の意見を聞くと、今まで苦労して積み重ねてきたものが壊れてしまうような気がするような人です。創業経営者に、よくいらっしゃいます。典型的なのは、嫁の意見が聞けないお姑さんでしょうか。何かコンプレックスがあり、本当の自尊心を持てない方です。

④言葉尻をつかまえて切り返すタイプ

いわゆる口のたつ人で、自己主張ばかりして全く話がかみ合わない方がいます。ああ言えばこう言うタイプで、すべて議論で切り返すことで生き抜いてきたような人に、多いように思います。すべてに対して批判しかしない政治家のような感じでしょうか。批判や否定はするが、代案や建設的な意見は言わないし、言えないような方です。

以上、人の意見を聞けない人の傾向性を、4つのタイプに分類してみました。自分の思いや発言を振り返るときの、参考にしていただければと思います。

 

グラッドストンとディズレーリ

グラッドストンとディズレーリは、全盛期のイギリスの政治家で、次のような面白いエピソードがあります。


1874年のロンドン。2人の男が全盛期の大英帝国の指導者の座を争っていました。自由党党首ウィリアム・グラッドストンと保守党党首ベンジャミン・ディズレーリです。政権を獲るのが、自由主義者のグラッドストンか帝国主義者のディズレーリかにより世界情勢は大きく変わります。

そんな世界情勢の中、投票日の一週間前に一人の女性がグラッドストンとディズレーリと会食する機会を得ました。メディアはその女性に両雄の印象を尋ねました。

最初に、グラッドストンと会った時の印象聞かれた女性はこう答えました。

「グラッドストン卿とお話した時は、卿こそが世界で一番賢明な方だという印象を受けました。」

次に、ディズレーリと話した印象を聞かれると、女性はこう答えたいうのです。

「ディズレーリ卿とお話した時は、私が世界で一番賢明な人間だと思えました。」


これは、先ほどの『指導者の条件』自分より優れた人を使えるか、という話とは少し違うかもしれませんが、実に面白いエピソードだと思います。

グラッドストンは、頭のいい人であることを印象付けましたが、ディズレーリは、相手の話をしっかり聞いて、相手に自分は優れていると思わせる力を持っていた、ということになります。相手に、「自分のいいところを発見してくれて嬉しい」「この人とだったら働きたい」「この人の為だったら頑張れる」と思わせる人だったのでしょう。民衆に対して、聞く耳を持っている人の方が良くありませんか。このようなエピソードもあるので、参考にしてみてください。

 

我以外皆我師也(われ以外皆わが師なり)

最後に、冒頭のテーマに戻りたいと思います。これを座右の銘にしていた作家とは吉川英治です。有名な『宮本武蔵』という小説を書いた人です。司馬遼太郎は皆さん知っていると思いますが、司馬遼太郎よりも一世代前の歴史小説の大家中の大家です。この言葉は、宮本武蔵が言っていた言葉だそうです。武蔵のような剣の達人が「自分以外は皆、先生だ」と言っていたのです。吉川英治ほどの大作家が、「自分以外は皆、先生だ」と思って仕事をしていたのです。

自戒の意味も込めて申し上げれば、自分の権力や名声のためではなく、組織の理念実現のために真摯に研鑽を積み、自分の専門領域については努力を続ける、と同時に、それで天狗になってしまわないで、常に「自分以外は皆、先生だ」と思うような気持ちで、他の方々に接していけるといいと思います。皆さんも、色んな技術を学んだりするなかで、いろいろとストレスやトラブルもあると思いますが、自分自身のぶれない軸として「我以外皆師也」というような心構えを持って、生きていければ素晴らしいと思います。